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泣きそうになってるおれに気付いているのかいないのか、杏さんは笑顔を崩さない。
でも確かに、近くに居てくれたら、本人が元気で笑ってくれていたら、それでいいかな、それでもいいかな、と思うのもわかる。
おれにとっては母さまがそう。
もう会えないと思っていたひとがそこにいるだけで奇跡みたいなものだ。
そうわかるけれど、やっぱり胸は痛い。
だってアンリはジャンを好いていた訳だし。そんなひとが自分を忘れているって辛くないかな。
婚約までした相手が自分のことを忘れて、もし他のひとを愛してしまったら。
そう考えるだけで胸と胃が痛くなる。
おれだったらいやだもの。
アルベールとレオンがしあわせだったら嬉しいけれど、おれを忘れたふたりが、自分以外の誰かの傍で自分以外の誰かに愛しい視線を向けていたら、きっと嫉妬とか羨望とか、怒りすら湧いてしまうかもしれない。
数年経ってしまったから、想いが変わってしまった?
そんなものなのかな?
でもきっと何十年もかけてあんなに辛い思いをしてきて、それが数年で変わってしまうようなものなのかな。
そんなことをぐるぐる考えていたことが伝わったんだろうな、杏さんは大丈夫だよ、と笑った。
「僕結構満足してるんだ、楽しいよ、今の関係も」
戻ってきた頃にはもう会社は潰れていたという。
それでもジャンとは連絡を取っていて、今でも付き合いはあると。だから別に自分は気にしてないと。
寧ろ燃えると言うのは強がりなのか本音なのか。
そんな深いところまでは、他人にはわからない。
「考えることとか、感じることとか、きっと色々あるけどさ、ほら、会えただけで凄いことじゃない。気長にやるよ」
気が長いのが取り柄なんだよね、とやっぱり笑う杏さんに、そういうものなのかな、と言いたいことを呑み込んでしまう。
おれだったら無理だなあ、悔しくてかなしくてさみしくなる。
おれのこと忘れないでなんて、自分のことしか考えられなかった奴だし。
「まあそれは置いといて~、今はね、フリーで仕事してるよ、あのゲームが前より多少売れても、他が業績悪かったら焼け石に水だったみたい」
「そっか……」
「と言いたいんだけど」
「……?」
「なんと続編が出ます!」
「えっ」
近々発表予定だからまだ内緒だよ、と前置きをして、それからごめんねと謝った。
なんで謝罪、と思ったら、いやあ、と視線を逸らしながら主人公が……と呟く。
「主人公が……?」
「……想像ついてると思うんですけどイヴです」
「……十八禁の?」
「いや、それはもうないけど」
「何でそんなに気まずそうにしてるんですか」
「やー……なんというか……僕が発端というか……でも伊吹くんが帰ってくるのが遅いのも悪いというか……だってこんなに時期がずれてると思ってなかったし」
もごもごとはっきりしない杏さんに、ちゃんと話してくれなきゃわかんないと言うと、年下に怒られた、と苦笑しながら渋々口を開いてくれた。
この世界に戻ってきて、ゲームのことや会社のこと、ジャンのことなんかを考えつつも、おれのことを気にしていてくれたらしい。
自分が死んだと思ってたのに生きていたように、伊吹も同じく戻ってくるかもしれない。
自分の素性も話している、連絡があるかもしれないと思いつつ数年、伊吹からの連絡はない。
不安になりながらも、SNSに昔のゲームの絵を上げることは止めなかった。
少しでも誰かの目に止まるために。伊吹に気付いてもらう可能性を増やす為に。
誕生日だとか、何とかの日ですねとか、描きたい気分だったとか、色々な理由をつけてはゲームのキャラクターをアップし続けた。
先に釣れたのは伊吹ではなく、続編を希望するファンだった。
一度はなくなった続編の話だ、作れるなら作りたいですねと返していると、ある会社から声が掛かる。
当時のシナリオ担当やスタッフを数人揃え、また再開しないかという声に飛び乗った。
それは伊吹を探す為でもあり、単純に仕事を貰えたこと、認められたような気持ちもあって、断る必要はなかった。
「尖ったゲームじゃなくて万人受けするような内容になったのが良かったんだろうね」
「ゲーム内容、まだ調べてしかないけど好評でした、前に比べると」
「どんだけ酷いシナリオだったのか逆に興味ある」
でも結局無駄になったな、ゲームの発表する前に伊吹くんから連絡あったし、とまた笑う。仕事になったのなら無駄ではないと思うんだけど。
「あの、そのゲームって、主人公がイヴなら、その……」
もしかして、と期待をしながら確認をする。
そうであってほしい。
「そうだよ、アルベールとレオンも出てきます」
「……!」
「今日一の笑顔」
苦笑しながら、嬉しい?と杏さんが訊く。それに何度も頷いてしまった。
嬉しい。
嬉しい!
前作にふたりが出てこないことにがっかりしていたから。
ゲームを開けばふたりが出てくるんでしょ?
恥ずかしいより先に、嬉しいが出てしまう。
イヴが主人公なら家族も……母さまや父さま、エディーやマリアも出てくるかも、と思うと、少しさみしさが紛らわせるようで。
それともうひとつ、どうしても期待してしまう。
杏さんがゲームでおれを釣ろうとしたように、レオンやアルベールもおれに気付いてくれないだろうか、なんて。
でも確かに、近くに居てくれたら、本人が元気で笑ってくれていたら、それでいいかな、それでもいいかな、と思うのもわかる。
おれにとっては母さまがそう。
もう会えないと思っていたひとがそこにいるだけで奇跡みたいなものだ。
そうわかるけれど、やっぱり胸は痛い。
だってアンリはジャンを好いていた訳だし。そんなひとが自分を忘れているって辛くないかな。
婚約までした相手が自分のことを忘れて、もし他のひとを愛してしまったら。
そう考えるだけで胸と胃が痛くなる。
おれだったらいやだもの。
アルベールとレオンがしあわせだったら嬉しいけれど、おれを忘れたふたりが、自分以外の誰かの傍で自分以外の誰かに愛しい視線を向けていたら、きっと嫉妬とか羨望とか、怒りすら湧いてしまうかもしれない。
数年経ってしまったから、想いが変わってしまった?
そんなものなのかな?
でもきっと何十年もかけてあんなに辛い思いをしてきて、それが数年で変わってしまうようなものなのかな。
そんなことをぐるぐる考えていたことが伝わったんだろうな、杏さんは大丈夫だよ、と笑った。
「僕結構満足してるんだ、楽しいよ、今の関係も」
戻ってきた頃にはもう会社は潰れていたという。
それでもジャンとは連絡を取っていて、今でも付き合いはあると。だから別に自分は気にしてないと。
寧ろ燃えると言うのは強がりなのか本音なのか。
そんな深いところまでは、他人にはわからない。
「考えることとか、感じることとか、きっと色々あるけどさ、ほら、会えただけで凄いことじゃない。気長にやるよ」
気が長いのが取り柄なんだよね、とやっぱり笑う杏さんに、そういうものなのかな、と言いたいことを呑み込んでしまう。
おれだったら無理だなあ、悔しくてかなしくてさみしくなる。
おれのこと忘れないでなんて、自分のことしか考えられなかった奴だし。
「まあそれは置いといて~、今はね、フリーで仕事してるよ、あのゲームが前より多少売れても、他が業績悪かったら焼け石に水だったみたい」
「そっか……」
「と言いたいんだけど」
「……?」
「なんと続編が出ます!」
「えっ」
近々発表予定だからまだ内緒だよ、と前置きをして、それからごめんねと謝った。
なんで謝罪、と思ったら、いやあ、と視線を逸らしながら主人公が……と呟く。
「主人公が……?」
「……想像ついてると思うんですけどイヴです」
「……十八禁の?」
「いや、それはもうないけど」
「何でそんなに気まずそうにしてるんですか」
「やー……なんというか……僕が発端というか……でも伊吹くんが帰ってくるのが遅いのも悪いというか……だってこんなに時期がずれてると思ってなかったし」
もごもごとはっきりしない杏さんに、ちゃんと話してくれなきゃわかんないと言うと、年下に怒られた、と苦笑しながら渋々口を開いてくれた。
この世界に戻ってきて、ゲームのことや会社のこと、ジャンのことなんかを考えつつも、おれのことを気にしていてくれたらしい。
自分が死んだと思ってたのに生きていたように、伊吹も同じく戻ってくるかもしれない。
自分の素性も話している、連絡があるかもしれないと思いつつ数年、伊吹からの連絡はない。
不安になりながらも、SNSに昔のゲームの絵を上げることは止めなかった。
少しでも誰かの目に止まるために。伊吹に気付いてもらう可能性を増やす為に。
誕生日だとか、何とかの日ですねとか、描きたい気分だったとか、色々な理由をつけてはゲームのキャラクターをアップし続けた。
先に釣れたのは伊吹ではなく、続編を希望するファンだった。
一度はなくなった続編の話だ、作れるなら作りたいですねと返していると、ある会社から声が掛かる。
当時のシナリオ担当やスタッフを数人揃え、また再開しないかという声に飛び乗った。
それは伊吹を探す為でもあり、単純に仕事を貰えたこと、認められたような気持ちもあって、断る必要はなかった。
「尖ったゲームじゃなくて万人受けするような内容になったのが良かったんだろうね」
「ゲーム内容、まだ調べてしかないけど好評でした、前に比べると」
「どんだけ酷いシナリオだったのか逆に興味ある」
でも結局無駄になったな、ゲームの発表する前に伊吹くんから連絡あったし、とまた笑う。仕事になったのなら無駄ではないと思うんだけど。
「あの、そのゲームって、主人公がイヴなら、その……」
もしかして、と期待をしながら確認をする。
そうであってほしい。
「そうだよ、アルベールとレオンも出てきます」
「……!」
「今日一の笑顔」
苦笑しながら、嬉しい?と杏さんが訊く。それに何度も頷いてしまった。
嬉しい。
嬉しい!
前作にふたりが出てこないことにがっかりしていたから。
ゲームを開けばふたりが出てくるんでしょ?
恥ずかしいより先に、嬉しいが出てしまう。
イヴが主人公なら家族も……母さまや父さま、エディーやマリアも出てくるかも、と思うと、少しさみしさが紛らわせるようで。
それともうひとつ、どうしても期待してしまう。
杏さんがゲームでおれを釣ろうとしたように、レオンやアルベールもおれに気付いてくれないだろうか、なんて。
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