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「えっ、まじでイヴじゃん、すご、変わんないねえ、かわい……あっこれ今の時代犯罪になる?」
病院内ではお静かに、と看護師に注意をされ、あ、すみませーん、と明るく染めた頭を下げた男がおれに紙袋と小さな紙を渡した。
恐らくお見舞いのお菓子と、小さな紙は生まれて初めて貰った名刺だ。
「杏、さん……」
「はあい」
名刺を読み上げたおれにふわふわとした声で返事をすると、がた、と椅子を引っ張り出してベッドの近くに座る。
ちょっと頭が混乱した。
先日、SNSを検索して見つけたのが杏さんだった。
慌てて勢いのまま記載のアドレスにメールを送ったところ、すぐに返信が来た。
イヴ?本当に?今どこ?病院?大丈夫?会いに行っていい?
とんとん拍子というか、あっさりと、拍子抜けといってもいいくらい簡単にことが進んでしまい、今に至る。
平日の午前中、フリーだから時間の自由がきくんだよね、と学生の愛莉や仕事中の伯母が来れない時間を狙って来てくれた。
ふたりの前で前世なんて話してたら頭の心配をされてしまうだろうから。
アンリ……杏さんはにこにことした表情がアンリの面影のある、……でもおれよりも歳上だとわかる男性だった。あの無邪気な幼さはない。
よく考えたらそうだ、ゲームを作っていた時点である程度の年齢で、更に発売されてから数年経っているのだから、十八のアンリではないのだ。
変わんないねえ、と驚いたように言ったのは、おれがイヴそのものの容姿だったからだろう。
「そっかあ、そう……そうくるかあ」
「……?」
「同じ世界ではあったけど、時間がずれてたんだな、通りで連絡遅かった筈だあ」
「……杏さんは帰ってきたばかりではない、ということですか」
「そう」
瞳を細めて、おかえり、と言う。
会ってまだ五分も経ってない。それなのになんだかもう、既に懐かしい。
杏さんが話すには、戻ってきたのは今から五、六年くらい前だという。
死んだと思ってたんだけどさー、生きてたみたい!とけらけら笑う。
同じ体験の真っ最中のおれとしては笑えないけど。
焦って知ってることを全部口にしようとするおれに、まずは順番通り話しようか、と微笑んだ。
不本意にも時間はたくさんある。頷くと、伊吹くんは良い子だ、とまたアンリとの差で混乱してしまう程落ち着いた笑顔で頭を撫でた。
アンリもそうだったけど、もっと明確にこども扱いだ。
でも今はそれが心地好い。あんなにおとなになりたかった筈なのに、いざとなると未来がこわい。
買ってきたペットボトルのお茶をぺこぺこと潰しながら、戻ってきた時に確認したのはゲームの内容だと杏さんが言う。同じことをしたおれも黙って頷いた。
杏さんは初期の十八禁のゲーム内容しか知らない。その後の全年齢になったゲーム内容はおれから聞いただけ。
でもそれとも内容が違うんじゃないかと気付いたらしい。
「多分なんだけどさ、ほら、前世を元にしてるからゲーム内容は変わったんじゃないかって話をしたじゃん」
「はい」
「それがまた僕と伊吹くんのせいというかお陰というか、また変わったんだろうね」
「はい……」
「多分ね、これはどうしても思い出せないから憶測なんだけど。前までの、ただ発散したいような、作りたいだけだったものとは違って、人気を出そうと思ったんじゃないかな」
その言葉に、確かに前より内容はまともになっていたし、良い意味では万人受けする内容で纏まっていた、と思った。
いや、前が歪だっただけなんだけど。
続編も考えてたと思うんだよね、ぽしゃったみたいだけど、と苦笑した。
「んー……話しちゃってもいいかな」
「……?何を?」
「アンリはさあ、誰がシナリオを書いたかわからないって話をしたでしょ」
「はい、名前も……知らないひとでした、当然だけど」
「本人と話はしてないんだけど、ジャンだよ、ジャンさま」
多分ね、とペットボトルを傾けた杏さんに、誰であっても驚いたけど、それでもやっぱりびっくりした。
瞳を丸くしたおれに、やっぱりそんな反応するよねえ、と笑う。
ジャンがシナリオライターになってるのもびっくりだけど、おれが驚いてるのはもうひとつ、アンリが本人と話してないということ。
少し胸がちりっとした。
おれが伯母さんに、多分母さまではないかと思っても本人が気付いてないのだろうからと言い出せないように、杏さんもジャンだろうと思いながら、思い出さない相手に数年言い出せずにいるんだろうか。
「そんなに驚く?ジャンさま結構粘着質のコミュニケーション下手だったじゃん、拗らせてあんな話作ったのかー、って僕納得しちゃったよ」
「……」
「それがさ、あんな普通の、ほのぼのしたストーリーに変わってるんだもん、きっとあの後は円満だったんだろうなって思ったよ」
精神面が落ち着いたみたい、とおれ自身も思っていたことを口にする。
良かったよね、なんてなんだか他人事のような口振りに、ジャンともう関わりはないのかと訊いてしまった。
会社も潰れている訳だし、杏さんはフリーだと言っていた。
でもそれはあまりにさみしい。
だってアンリはおれよりずっと、何回も何十回も時間と命を掛けてイヴとジャンを救ってきたのだもの。
それが報われてほしいと思うのは、どこかで自分のことも甘く考えているからだろうか。
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