上 下
147 / 192
9

146

しおりを挟む


 ◇◇◇

 ふたりがじゃあまた明日、と手を振って帰ってから、ずっと落ち着かなかった。
 看護師の話もよく耳に入らないくらい、そわそわして、どきどきして、現実なのか夢なのかまだわからないくらいふわふわした気分。

 ものすごく久し振りに愛莉に会ったようだった。
 いや、実際数年振りではあったのだけれど。まだ成長期はきていないのかな、身長は少し伸びたくらいで、幼い顔つきはそう変わってなかった気がする。
 制服もまだぶかぶかで、触れた手は壊れそうなくらい小さかった。最近触れられていた手が大きなものばかりだったから、余計そう思ってしまうのかな。
 あまり泣かない子だったのに、今日だけで一生分の涙を見たかもしれない。
 逆に安心した。まだこどもの彼女がこどものように泣いたって、悪いことなんてひとつもない。
 女の子は成長が早いというけれど、あの子の場合はきっと内面が先だった。そうしないと自分を守れなかったのだろう。
 今彼女が甘えられる環境にいるのならそれでいい。
 これからの成長を近くで見られると思うと、色々な意味で諦めていた分、泣きそうになるくらい嬉しかった。

「母さま……」

 ぽつりと口に出した言葉は、この世界では少し気恥しい。
 でも少し心が落ち着いた。あのひとが愛莉の傍にいてくれるのだと思うと。
 驚く程に母さまと似ていた。もしかして、なんて期待をしてしまう程に。それはきっと間違ってないと思う。
 でも伯母の対応はどこにも不自然なものはなくて、単純におれと愛莉を受け入れてくれた優しいひとというだけ。そこに何か裏や思惑があるようには見えなかった。

 伯母の前世が母さまなのじゃないか。
 そう考える度に胸が鳴った。
 もう二度と会えないと思っていたから。純粋に嬉しい。前世の息子に気付かなくても、そもそも前世なんて知らなくても、思い出さなくても。
 それでもおれにとっては二重にも三重にも嬉しいことだった。
 あのあたたかいひとの傍にいられるなら、そんなことは些細なことだ、元々おれはイヴのものを横取りしてしまったような気持ちもあったし、親戚くらいの距離感でも、それでもそれは伊吹のものであることは間違いない。

「……寝れないかも」

 躰は怠くていつでも体力は切れてしまいそうなのに、どうしても興奮が消えない。不安が多少解消されたと思ったらこれだ。
 そういえばさっき鞄を漁った時に、あれがあった。
 消灯された暗い部屋の中、外から入る灯りを頼りに鞄に手を突っ込む。
 充電コードを差して、布団の中に潜り込んだ。

 ゲームだ。前世を元にされたBLゲーム。
 このゲームを開くと、いつでも彼等がいる。
 とは言っても、アンリやジャン、ユーゴは出ずっぱりだけど、アルベールやレオン、母さまと父さま、エディーにマリアといったおれの周りのひとたちは存在を匂わす程度しか出てこない。
 それでも少し、期待した。
 アンリがあの世界で頑張ることで変わったゲーム内容。前世で頑張っても今世が変わることはないけれど、でももしかしたら、またゲーム内容は変わってるかもしれない。
 だってこのゲームは前世を元に作られてるのだから。

 スタートボタンを押して、保存データからではなく、初めから。
 始まりは変わらない。アンリが学園に入学したところから始まる。
 ジャンやユーゴといった攻略キャラクター、そしてイヴ。
 そこで手が止まった。イヴにかおが、表情がある。
 元々はイヴが主人公だったという、散々な目にあう……十八禁ゲームだと言っていた。
 その名残か他のキャラクターや主人公のアンリにもきっちりとかおや設定があるのに、イヴだけふんわりとした設定に、かおは描かれることはなく、目印のように黒子があるだけの、輪郭しかないキャラクターだった。そのイヴにかおがある。
 二次元と一緒にするものではないが、特徴はまさに自分と一緒で照れくさくなった。
 キャラクター紹介のページにもイヴの情報がずらり。身長好物、家族構成、能力の説明からマリアのことまで。
 どうやらイヴも攻略キャラクターになってるらしい。
 あと何だかパズルが多くなった気がする。

「……」

 この手のゲームは時間が掛かる。
 じっくりと進めたい気もするけれど、今は我慢が出来ない。
 こういう時やっぱり便利だよな、と枕元に置いた充電済のスマホに手を伸ばす。
 音を消していたから気付かなかった。
 伯母さんのスマホからだろう、愛莉からおやすみと連絡が来ていた。それに返信を送り、ネットで検索をするのはこのゲームのあらすじ……というよりはもうネタバレそのものだ。

 正直以前のレビューは散々だった。
 面白くない、キャラクターが性格悪い、すきになれない。パズルは面白い、絵も綺麗、でもやっぱり面白くない。
 主人公からゲームの方向性から何まで変わったゲームなのだからそれはそうなのかもしれない。
 絵柄から想像するほのぼのとしたBLゲームが、蓋を開ければアンリ曰く元陵辱十八禁ゲームのキャラクターが恋愛してる話になったのだもの、違和感の方が強かったのだろう。

 今回のレビューも、基本的に褒められているのはパズル要素とイラストだ。
 そして驚いたことに、それ程悪いレビューがなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...