【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 ◇◇◇

 ふたりがじゃあまた明日、と手を振って帰ってから、ずっと落ち着かなかった。
 看護師の話もよく耳に入らないくらい、そわそわして、どきどきして、現実なのか夢なのかまだわからないくらいふわふわした気分。

 ものすごく久し振りに愛莉に会ったようだった。
 いや、実際数年振りではあったのだけれど。まだ成長期はきていないのかな、身長は少し伸びたくらいで、幼い顔つきはそう変わってなかった気がする。
 制服もまだぶかぶかで、触れた手は壊れそうなくらい小さかった。最近触れられていた手が大きなものばかりだったから、余計そう思ってしまうのかな。
 あまり泣かない子だったのに、今日だけで一生分の涙を見たかもしれない。
 逆に安心した。まだこどもの彼女がこどものように泣いたって、悪いことなんてひとつもない。
 女の子は成長が早いというけれど、あの子の場合はきっと内面が先だった。そうしないと自分を守れなかったのだろう。
 今彼女が甘えられる環境にいるのならそれでいい。
 これからの成長を近くで見られると思うと、色々な意味で諦めていた分、泣きそうになるくらい嬉しかった。

「母さま……」

 ぽつりと口に出した言葉は、この世界では少し気恥しい。
 でも少し心が落ち着いた。あのひとが愛莉の傍にいてくれるのだと思うと。
 驚く程に母さまと似ていた。もしかして、なんて期待をしてしまう程に。それはきっと間違ってないと思う。
 でも伯母の対応はどこにも不自然なものはなくて、単純におれと愛莉を受け入れてくれた優しいひとというだけ。そこに何か裏や思惑があるようには見えなかった。

 伯母の前世が母さまなのじゃないか。
 そう考える度に胸が鳴った。
 もう二度と会えないと思っていたから。純粋に嬉しい。前世の息子に気付かなくても、そもそも前世なんて知らなくても、思い出さなくても。
 それでもおれにとっては二重にも三重にも嬉しいことだった。
 あのあたたかいひとの傍にいられるなら、そんなことは些細なことだ、元々おれはイヴのものを横取りしてしまったような気持ちもあったし、親戚くらいの距離感でも、それでもそれは伊吹のものであることは間違いない。

「……寝れないかも」

 躰は怠くていつでも体力は切れてしまいそうなのに、どうしても興奮が消えない。不安が多少解消されたと思ったらこれだ。
 そういえばさっき鞄を漁った時に、あれがあった。
 消灯された暗い部屋の中、外から入る灯りを頼りに鞄に手を突っ込む。
 充電コードを差して、布団の中に潜り込んだ。

 ゲームだ。前世を元にされたBLゲーム。
 このゲームを開くと、いつでも彼等がいる。
 とは言っても、アンリやジャン、ユーゴは出ずっぱりだけど、アルベールやレオン、母さまと父さま、エディーにマリアといったおれの周りのひとたちは存在を匂わす程度しか出てこない。
 それでも少し、期待した。
 アンリがあの世界で頑張ることで変わったゲーム内容。前世で頑張っても今世が変わることはないけれど、でももしかしたら、またゲーム内容は変わってるかもしれない。
 だってこのゲームは前世を元に作られてるのだから。

 スタートボタンを押して、保存データからではなく、初めから。
 始まりは変わらない。アンリが学園に入学したところから始まる。
 ジャンやユーゴといった攻略キャラクター、そしてイヴ。
 そこで手が止まった。イヴにかおが、表情がある。
 元々はイヴが主人公だったという、散々な目にあう……十八禁ゲームだと言っていた。
 その名残か他のキャラクターや主人公のアンリにもきっちりとかおや設定があるのに、イヴだけふんわりとした設定に、かおは描かれることはなく、目印のように黒子があるだけの、輪郭しかないキャラクターだった。そのイヴにかおがある。
 二次元と一緒にするものではないが、特徴はまさに自分と一緒で照れくさくなった。
 キャラクター紹介のページにもイヴの情報がずらり。身長好物、家族構成、能力の説明からマリアのことまで。
 どうやらイヴも攻略キャラクターになってるらしい。
 あと何だかパズルが多くなった気がする。

「……」

 この手のゲームは時間が掛かる。
 じっくりと進めたい気もするけれど、今は我慢が出来ない。
 こういう時やっぱり便利だよな、と枕元に置いた充電済のスマホに手を伸ばす。
 音を消していたから気付かなかった。
 伯母さんのスマホからだろう、愛莉からおやすみと連絡が来ていた。それに返信を送り、ネットで検索をするのはこのゲームのあらすじ……というよりはもうネタバレそのものだ。

 正直以前のレビューは散々だった。
 面白くない、キャラクターが性格悪い、すきになれない。パズルは面白い、絵も綺麗、でもやっぱり面白くない。
 主人公からゲームの方向性から何まで変わったゲームなのだからそれはそうなのかもしれない。
 絵柄から想像するほのぼのとしたBLゲームが、蓋を開ければアンリ曰く元陵辱十八禁ゲームのキャラクターが恋愛してる話になったのだもの、違和感の方が強かったのだろう。

 今回のレビューも、基本的に褒められているのはパズル要素とイラストだ。
 そして驚いたことに、それ程悪いレビューがなかった。
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