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 ◇◇◇

 隣国へ残ったのは騎士団長だった。
 竜騎士団長と副団長の代わりだ。数名の騎士団を残し、竜騎士団とおれたちと竜は自国へと戻される。
 軽傷の者は今日は休めと自宅へ帰され、そこそこの重症者はレオンひとりで間に合うものではないので病院へ。
 母さまは魔力を使い切ったことによって気を失ってるだけなので自宅療養。
 怪我を治癒されたアルベールと副団長は国王への報告。
 竜たちもマリア程酷い怪我のものはいなかった、念の為ジャンが様子を診て、恐らく操られたことでの問題はないだろうと竜舎に戻された。

 母さまがおとなしくさせた竜は、もし良ければ引き取って貰えないかと向こうの第一王子に打診された。
 義弟が操っていただけなので竜に問題はない、でも隣国で竜を扱える者は他にいないからと。
 竜というのはその国にとって盾にも矛にもなる。だから竜を得ようとする国は多い。けれどそれは竜とのコミュニケーションが取れる人物がいないと難しい話でもある。
 隣国としては扱えないという事実の他、お詫びだとか以外に、竜を渡せる程の友好的な国であるということを示したいのだろう。小さな国だ、出来るだけ敵は作りたくない筈。

 うちに来るかと訊くと、マリアや皆に攻撃したことを心配しているような子だった。
 お前は悪くないよ、うちに来たらもうこわいひとはいないからね、と首元を撫でるとぎゅうぎゅうと鳴いてついてきてくれた。上手いこと竜騎士団員と仲良くなってくれるといいのだけれど。
 皆を落ち着かせて、ご褒美の果物を配り、また来るからねと竜舎を後にする。
 処理に追われ駆けずり回るおとなたち程忙しくはない、それでももう日が暮れてしまった、先に帰った母さまが心配だ。

 そのおれの後ろを着いてくるのはアンリだ。
 ジャンの邪魔になるから、と彼にはついていかなかった。でもひとり先に帰るのも気が引けたのだろう、アンリは俺についてきた。
 呼んでもらっていた馬車に乗り、まだ暗いかおのアンリの細い指を取る。

「……あの、ぼく、ついてったはいいけど全然役に立たなくて」
「それを言うならおれだって」
「いえ……」

 確かにおれもアンリも今回の件で役に立ったりなんてしなかったかもしれない。
 でもおれは、アンリがジャンと一緒にいるところが見られて良かったと思う。

 前のアンリの暴走じゃなくて、今のアンリだってちゃんとジャンのことがすきで一緒にいて、ジャンだってアンリをちゃんとそう、見ているのだとわかった。
 例えジャンがイヴを気に入っていたとして、それは昔の話。
 今はきっと、ジャンを見もしなかったイヴより、慕うアンリの方がずっと愛しいと思っている筈だ。

「……気になるのです」
「何を?」
「何だか……イヴさまの表情が、その、……さっぱりしていらして」
「そうかな」
「……」

 アンリの指先が、少し震えた。
 アンリはアンリがいなくなるのを経験しているから。
 イヴの中にいるおれを知ってしまっているから。
 だから察してしまったのだろう。
 イヴさまもいなくなってしまわれるのですか、と消えそうな声で呟いた。

「んー……多分、そうだと……思う。そんな気がしてるだけだから、絶対とかじゃないけど」
「そんな……」
「大丈夫だよ、アンリと一緒だ、イヴがいなくなる訳じゃなくて、おれが消えるだけ」

 でも、と口を開こうとしたアンリを止めた。
 アンリにはイヴを助けてあげてほしい。
 先日のアンリのように混乱するイヴに、大丈夫だよと伝えてほしい。
 おれも前のアンリも、君たちを、前世の自分をしあわせにする為に来たんだと。
 だからしあわせになってくれなきゃ困る。

 アンリも言っていた、この世界を変えることで、おれたちの世界が変わることはないと。それについて納得もした。
 でもおれたちが変えたことで、イヴとアンリの世界は変わる。
 おれたちは自分の魂を守ったのだ。

「本当に消えるのかもわからない。また次に会う時はおれかもしれないし、本物のイヴかもしれない。……ね、助けてくれる?」

 アンリは泣きそうなかおをして、でも涙を零さずに頷いた。

「はい、ぼくもイヴさまと仲良くなりたかったんです……」

 それは、以前前のアンリが言った言葉だった。
 その涙を溜めた笑顔は、おれの知ってる主人公のアンリだ。


 ◇◇◇

 イヴ、と屋敷に戻ってすぐに出迎えたのは父さまだった。
 肩を抱いて、よくやったという言葉と、危ないことをするな、と反する言葉にアルベールのようだとつい笑ってしまう。
 父さまからしたら仕事に出ている間に家族が大変な目にあっていたんだ、自分も呼んでほしかったというのが本音だろう。
 父さまだってアルベールを助けたかったし、妻と息子を危ないところに送り出したくなんてない。
 それと同時に、アルベールが無事で戻ってきたこと、妻と息子がやり遂げたことに安心している。

 父さまに自分が知っている範囲での説明をしながら寝室へ向かうと、エディーが大声で泣いていた。
 あれでは母さまも休まらない、そう苦笑すると、少し前に意識は戻ったと父さまは言う。
 まだ動けはしないけれど、話は出来るぞと。

 寝室を覗くと、まだかおいろの悪い母さまが、わんわん泣くエディーを抱き締めて、それからおれの名前を呼んだ。
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