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 この高さ、普通のひとなら死んでしまうかもしれないわね、と苦笑した母さまの声を思い出す。
 死ぬ。
 この高さから落ちたら、普通は死ぬのだ。

 やり直しだ、やり直し、やり直し、こんなの、やり直しだ、やり直させて、母さまが落ちる前に、今すぐやり直させて。
 母さまが死ぬところを、イヴに見せないで。

「母さ……」

 喉が詰まって言葉が出ない。
 おれも追い掛けたら、母さまの手を掴めるだろうか。

「お前は降りるな!」

 怒鳴り声がする。レオンの声だ。
 そんなことを言ったって。でも、母さまが、

 ぶわ、と熱気を感じた。
 竜が倒れる音、風、熱。母さまも火の海に、と頭が真っ白になった瞬間、何かが視界を遮った。
 竜。
 まるで餌を横取りするかのように掠め取っていったのは竜だった。

「レベッカ……」

 ひとがひとり乗ることが精々の小柄な竜は、背中でひとを受け止めることが出来ずに、がっしりと爪先で掴み、飛ぶ。
 その背中は見覚えがあった。
 うちの竜だ、レベッカ。
 新人のユーゴは今回参加してないが、レベッカは扱いやすいタイプの竜だった、他にも共有してる先輩団員がいる。
 好奇心旺盛でやんちゃ盛り。けれどまあ素直な子だった。
 彼女はそのままくるりと半径を描いてこちらへ戻ってくる。

「母さま!」

 しっかりと掴まれたその爪を、おれの傍でゆっくりと開く。
 マリアたちほど攻撃力が高い訳ではないが、竜のしっかりした爪だ、母さまのドレスは所々傷や破れがあったし、擦り傷のようなものも幾つか。
 それでも落ちて全身を打ってしまうより、よっぽど良かった。

「母さま……」

 細く柔らかい躰をぎゅうと抱き締める。
 良かった、最悪のことにならなくて。母さまがおれを助けて命を落とすなんて、そんなことにならなくて。

 母さまは最初から、自分の能力を使うつもりでついてきたのだろう。
 魔力さえあれば、いちばん頼りになる力だ。
 魔力がそうないと把握しているからこそ抑えていた。ここ、というところを見極めていた。
 あの一瞬なら、と母さまは考えたのだと思う。事実下の方ではもう竜は暴れていない。
 きっと義弟を捉えることが出来たのだろう。騒ぎは時期に収束する。
 魔力の回復は眠ることがいちばんだ。母さまにまた自分の上着を掛けた。

 ありがとう、と飛び出してきたレベッカを撫でる。
 きゅう、と嬉しそうに鳴いた彼女は、間に合ってよかった、と言った。

「……アル兄さまと一緒だった?」

 どの竜が国境付近に隠れていたのかわからない、レベッカくらいの大きさなら、アルベールたちと一緒にいてもおかしくはない、隠れることの出来る大きさだ、と思う。

「アル兄さま……」

 レオンたちを降ろした、崖側の道。
 そこには見慣れた制服の男たちがずらりと並んでいて、その中でも目立つ銀髪のレオンの横、紅くなった服を着たアルベールがこちらを見て膝を着いた。

 無事だった。
 怪我の度合いはこちらからは距離があってわからないけれど、生きている。
 アルベールも、母さまも。
 一度で成功した。おれの力と言うわけではない。
 周りに助けられて、漸くだったけれど。
 でもおれは、イヴにかなしい想いをさせなくて済んだということ。

 これでちゃんと、イヴに返すことが出来る。


「アル兄さま!」
「イヴ……!」

 下の方が落ち着いたのを見計らい、マリアはアルベールの元へおれたちを連れていく。
 レオンとジャンは大忙しで、下の方なんかよりずっとわあわあ騒いでいる。
 大怪我をした者はそういないと言うけれど、血のにおいがすごい。
 母さまを受け取ったアルベールが、ぎゅうとその躰を抱き締めて、無茶をするんだから、と小さく零した。
 その声が少年のように聞こえて、それなのにほっと安堵してしまった。

「お前もだよ、イヴ」
「え、おれも……おれ、なにも」
「イヴがいるだけではらはらする」
「何それ」
「母さまの予知が間に合って良かった、けど。イヴのは見えないんだから……危ないこと、しないで」

 伸ばされた腕がおれを寄せる。
 血のにおいと土のにおい、それから一緒に抱えられてる母さまの柔らかい花の香り。
 少し冷たい体温が、会えて良かった、とおれの耳元を擽った。


 それからはばたばたして、話なんてものは後回しだった。
 用意していた荷台から毛布や食事を配り、レオンに頼む程ではない怪我は消毒と包帯を手渡す。
 下の方へ行き、無事に義弟が捕まえられた話を聞き、詳しいことはまた今後。お互い怪我人や道の確保が先だった。

 土砂崩れのようになった道をどうにか通れるようにし、おれはまたマリアの背に乗り国境付近へ隠れる竜たちの元へ向かう。
 流石に小鳥たちが教えてくれた場所でぎゅうぎゅうと丸くなっていた竜たちに終わったことを伝え、一緒にこちらへ向かう騎士団を出迎えた。

 アルベールたちの場所まで案内し、比較的元気な者を馬車に詰め、また帰らせる。
 負傷者と起きそうにない母さまはマリアに乗せ、おれは他の竜を引き連れ、城を、竜舎を、屋敷を目指す。
 半日にも満たない慌ただしい旅は母さまと皆の力であっさりと終わった。
 面倒なのは、後処理。
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