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マリアと相性は悪いようではないわねえ、と母さまが言う。
まさか戦わせるのかと焦ったが、そんなことはないけれど、と少し濁した。
マリアも漫画の竜のように火を吹いたりはしない。大きな翼で風を起こすことが得意だ。火竜とは相性が悪いのはその通り。
「まずは何処にいるか調べましょう、竜騎士団の居場所もわかるといいわね」
「こちらの場所もばれてしまいます」
「私たちがばれてしまうのは不味いですが、そちらであれば構わないのでは」
第一王子たちはそちらはそちらで探してほしい、こちらもこちらで母さまの能力で探りを入れる、ということらしい。
レオンもジャンも、自分の身を守れる程度の武術や剣術は会得している、けれど竜相手にどうこう出来る魔法は持たない。
色々な意味で出来るだけ隣国だけで処理してもらいたい。おれたちはあくまでも、竜騎士団員を迎えに来ただけなのだ。
穏便に終わらせられたらそれに越したことはない。
まあ、実際にされたことを考えると、もうそんな段階ではないのだが。
母さまが鳥を呼び、飛び立たせる。第一王子も配下に命を出した。
それから、ここで待つ訳にもいかない、もう少し国境に、竜騎士団員が作業をしていた付近に向かいましょうかとどちらともなく口にした。
第一王子とそのついでのお付きの者を一緒にマリアの背に乗せるのは、言ってみれば保険、人質の意味もあるのだろう。
義弟へのものではなく、国に対しての。
当然のように母さまと挟むようおれの隣に座ったレオンが自然に腰を抱こうとするものだから、思わずその手を叩き落とした。
母さまの前でそれを平気で許す感覚は生憎持ち合わせていない。
残念、と少しいたずらっぽく笑う彼に、アル兄さまがいないとだめ、と小声で言うと瞳を丸くした。あ、待って、そういう意味のつもりではなかったけど。
……でもまあそうか、そういう意味か。
アルベールが無事に戻ってきたら、ふたりに愛してもらいたい。
そう恥ずかしげもなく考えられるのは、アンリが消えてしまったから。
もしおれも消えてしまうのなら、その可能性があるのなら、最後にもう一回。
イヴに返す前に、愛されるという幸福な時間を、もう一回だけでいいから、自分のものにしたい。
勿論そうならなければいいと思うし、でも愛莉にも会いたいとも思うし、だからといって愛莉の元へ帰れるかもわからないし、全部おれの意思でどうにかなることじゃないのはわかってるけど。
そう考えることで、自分を鼓舞させてるだけ。
おれは結局、自分のことしか考えられないから。
自分にご褒美を用意して、逃げ道を塞いでいるだけ。
「母さま体調は大丈夫ですか」
ぴったりとくっついたレオンの膝を少しおいやり、母さまの方を向く。
母さまもイヴと同じで魔力はそう多くないのだけど、話をするだけであまり魔力を使わないイヴと違い、強制力を持って生き物を使役する母さまの魔力消費量は多い。
普段もあまり使わないようにしている母さまが今回は多くの鳥たちを使役しているのだ、アルベールを想う親心だとわかっても心配になる。
「大丈夫よ、これくらい。母さま本気出したら結構頑張るんだから」
「……」
「本当よ、イヴもいるから頑張れるわ、心強いもの」
母さまではわからない小鳥たちの声も教えてくれるもの、助かるわ、と細い腕を見せながら笑う母さまは、先程までの凛とした母親ではなく、いつものふわふわとした母さまだ。
それはイヴの前だからそうあろうと努めてくれているのだろう。
「多少の無理はしてもいいの。倒れても、暫く寝込んでしまったって。それでアルベールが無事に帰ってきてくれるなら安いものだわ」
それはおれだってそうだ。
アルベールが、レオンが、母さまたちが、そして愛莉が無事でいてくれるなら、おれが死んだっていい。やり直したっていい、あの世界に戻ったって、愛莉に会えなくたって。もう皆に会えなくたって。
皆が生きてくれるなら、それにかえられるものはない。
「母さまのことはおれが守ります」
死んでも、やり直しても、そうでなくても。
母さまが愛してくれたイヴのことを絶対忘れない。
「母さまも貴方のしあわせをずっと願っていますからね」
その言い方は少しフラグを立ててるようだからちょっと、と思ったけれど、頬を撫で、愛おしそうに瞳を細める母親に、自分の中の小さな伊吹が泣きそうになるのを感じて頷いた。
母さんに愛されなくても、父さんに振り向いて貰えなくても、愛莉がいれば良かった。
特別辛い環境な訳ではない、暴力といった痛いこともなかったし、住む家も、学校に行ける環境もあった。
もっと大変なひとはいる、おれにはゲームに逃げることも、自室に閉じこもることも出来るし、食事に風呂に着る服だってある、十分恵まれている。ただ目の前で愛される妹と弟を見て、嫉妬も不公平感も持ってはいけなかっただけ。
かわいそうじゃない、辛くない、おれは大丈夫だ。
そう強がるしかなかった小さな伊吹が、この世界でやっと得られた家族の愛だった。
それから離れてしまうかもしれない辛さはある。
知らなければ良かったと思うこともあるのだろう。
でもおれは知れてよかったと思った。
家族とレオンとアルベールの想いは、おれの中でずっと宝物になるのだろう。
まさか戦わせるのかと焦ったが、そんなことはないけれど、と少し濁した。
マリアも漫画の竜のように火を吹いたりはしない。大きな翼で風を起こすことが得意だ。火竜とは相性が悪いのはその通り。
「まずは何処にいるか調べましょう、竜騎士団の居場所もわかるといいわね」
「こちらの場所もばれてしまいます」
「私たちがばれてしまうのは不味いですが、そちらであれば構わないのでは」
第一王子たちはそちらはそちらで探してほしい、こちらもこちらで母さまの能力で探りを入れる、ということらしい。
レオンもジャンも、自分の身を守れる程度の武術や剣術は会得している、けれど竜相手にどうこう出来る魔法は持たない。
色々な意味で出来るだけ隣国だけで処理してもらいたい。おれたちはあくまでも、竜騎士団員を迎えに来ただけなのだ。
穏便に終わらせられたらそれに越したことはない。
まあ、実際にされたことを考えると、もうそんな段階ではないのだが。
母さまが鳥を呼び、飛び立たせる。第一王子も配下に命を出した。
それから、ここで待つ訳にもいかない、もう少し国境に、竜騎士団員が作業をしていた付近に向かいましょうかとどちらともなく口にした。
第一王子とそのついでのお付きの者を一緒にマリアの背に乗せるのは、言ってみれば保険、人質の意味もあるのだろう。
義弟へのものではなく、国に対しての。
当然のように母さまと挟むようおれの隣に座ったレオンが自然に腰を抱こうとするものだから、思わずその手を叩き落とした。
母さまの前でそれを平気で許す感覚は生憎持ち合わせていない。
残念、と少しいたずらっぽく笑う彼に、アル兄さまがいないとだめ、と小声で言うと瞳を丸くした。あ、待って、そういう意味のつもりではなかったけど。
……でもまあそうか、そういう意味か。
アルベールが無事に戻ってきたら、ふたりに愛してもらいたい。
そう恥ずかしげもなく考えられるのは、アンリが消えてしまったから。
もしおれも消えてしまうのなら、その可能性があるのなら、最後にもう一回。
イヴに返す前に、愛されるという幸福な時間を、もう一回だけでいいから、自分のものにしたい。
勿論そうならなければいいと思うし、でも愛莉にも会いたいとも思うし、だからといって愛莉の元へ帰れるかもわからないし、全部おれの意思でどうにかなることじゃないのはわかってるけど。
そう考えることで、自分を鼓舞させてるだけ。
おれは結局、自分のことしか考えられないから。
自分にご褒美を用意して、逃げ道を塞いでいるだけ。
「母さま体調は大丈夫ですか」
ぴったりとくっついたレオンの膝を少しおいやり、母さまの方を向く。
母さまもイヴと同じで魔力はそう多くないのだけど、話をするだけであまり魔力を使わないイヴと違い、強制力を持って生き物を使役する母さまの魔力消費量は多い。
普段もあまり使わないようにしている母さまが今回は多くの鳥たちを使役しているのだ、アルベールを想う親心だとわかっても心配になる。
「大丈夫よ、これくらい。母さま本気出したら結構頑張るんだから」
「……」
「本当よ、イヴもいるから頑張れるわ、心強いもの」
母さまではわからない小鳥たちの声も教えてくれるもの、助かるわ、と細い腕を見せながら笑う母さまは、先程までの凛とした母親ではなく、いつものふわふわとした母さまだ。
それはイヴの前だからそうあろうと努めてくれているのだろう。
「多少の無理はしてもいいの。倒れても、暫く寝込んでしまったって。それでアルベールが無事に帰ってきてくれるなら安いものだわ」
それはおれだってそうだ。
アルベールが、レオンが、母さまたちが、そして愛莉が無事でいてくれるなら、おれが死んだっていい。やり直したっていい、あの世界に戻ったって、愛莉に会えなくたって。もう皆に会えなくたって。
皆が生きてくれるなら、それにかえられるものはない。
「母さまのことはおれが守ります」
死んでも、やり直しても、そうでなくても。
母さまが愛してくれたイヴのことを絶対忘れない。
「母さまも貴方のしあわせをずっと願っていますからね」
その言い方は少しフラグを立ててるようだからちょっと、と思ったけれど、頬を撫で、愛おしそうに瞳を細める母親に、自分の中の小さな伊吹が泣きそうになるのを感じて頷いた。
母さんに愛されなくても、父さんに振り向いて貰えなくても、愛莉がいれば良かった。
特別辛い環境な訳ではない、暴力といった痛いこともなかったし、住む家も、学校に行ける環境もあった。
もっと大変なひとはいる、おれにはゲームに逃げることも、自室に閉じこもることも出来るし、食事に風呂に着る服だってある、十分恵まれている。ただ目の前で愛される妹と弟を見て、嫉妬も不公平感も持ってはいけなかっただけ。
かわいそうじゃない、辛くない、おれは大丈夫だ。
そう強がるしかなかった小さな伊吹が、この世界でやっと得られた家族の愛だった。
それから離れてしまうかもしれない辛さはある。
知らなければ良かったと思うこともあるのだろう。
でもおれは知れてよかったと思った。
家族とレオンとアルベールの想いは、おれの中でずっと宝物になるのだろう。
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