【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 マリアを置いていけない、と広場に残る選択をしたおれに、母さまも一緒に残ると言う。
 王子ふたりと、その婚約者のアンリが王へ挨拶に訪問というと一見よくある話ではあるが、その王子たちは国境の関所も通さず、竜を使っての密入国者の身である。付き人もいないのは中々異様だ。警備員も困るだろう。
 レオンたちは警備に囲まれ王の元へ向かい、おれと母さまは警備と街のひとの好奇の視線に晒され広場に残る。
 恐らく今回のことに国王自体は関係ないでしょうねと母さまは漏らすけれど、本当に王子だけで行かせて大丈夫なのか。
 確かにアンリの能力は対人間であればそこそこの力を発揮するが、ここは結局ゲームの世界じゃないらしいのに、強制的に発情させることで相手の戦力を削ぐというのは世界観的に許されるのだろうか。

「直ぐに話が済むといいのだけれど」
「……アル兄さまたちが心配です」

 いつからこんなことになってるのかわからない。
 ちゃんと食事を摂れてるといいのだけどと心配する母さまに頷く。
 マリアの首に掛けたままの荷台から林檎を取り出して、それをマリアの口元に放ってやる。
 荷台にはぎっしりと、毛布や簡単な治療器具、水、果物、そしてすぐに食べられるよう簡単な食事が詰められていた。
 母親になるとね、心配になるのよ、と母さまは零した。

「アルベールがうちの子になった時は本当に……棒のように細くてね、ふくふくとした貴方と比べると見てられなかった」
「……」
「覚えてるかしら、最初はあまり食べてくれない子だったの。でも貴方が自分のものを食べさせようとするから、出されたものはちゃんと食べてくれるようになったのよ、イヴのものを取る訳にはいかないって。ふふ、私たちと親子になるより先に、イヴとは兄弟になったのよねえ」

 あの子が選択をする時はいつもイヴが基準だった、と笑う。
 こっちの方がイヴがすきだと思う、これはイヴが美味しいって言ってた、あれは良くないってイヴが、こうしたら嬉しいってイヴが、竜騎士になってイヴを守りたいんだ、

「勿論私たちもエディーもたいせつにしてくれるのは痛い程わかるわ、でもあの子のいちばんはなんでも、いつも貴方なのよねえ……」

 そう小さく呟いて、母さまはおれの頬を撫でた。
 柔らかくていつも優しくあたたかい指先は、今はとても冷たくて、アルベールの手を思い出す。
 血が繋がってなくても、容姿は似てなくても、性格や笑顔、触り方はアルベールがいちばん受け継いでる。
 おれが欲しかったものをたくさんくれる。

 もし、死んでも、やり直しても、アンリのように、何回繰り返すことになっても。
 死ぬことは痛いし苦しいしこわいけれど、やり直すことの我慢はきっと出来る、このひとたちの為だというのなら。
 でもこれもまた、アンリのようにイヴにこの躰を返すことになっても。
 もう二度はない宝物として、全部綺麗に仕舞って持っていきたい。

「貴方ももう大きくなったのもわかっているのだけど」
「……卒業しましたしね」
「貴方もアルベールもエディーも、かわいい私の子よ、お母さまが貴方たちのこと、守ってあげる」

 貴方たちをずっと、これから先も、何年何十年、何百年経っても、ずうっと。

 そう言って頬にキスをした。
 母さまは魔法使いでも神さまでもない。
 そんなことはわかっているけれど。
 ただの言葉であるとわかっているけれど。
 その約束を無条件に信じてしまうのは、こどもというのは、どんな状況下でも親を信じてしまうのだ。


 レオンたちが消えて数十分、一時間も経ってない頃、城の方から従者らしきひとが走って来た。
 どうやらおれと母さまも城へ、ということらしいが、母さまはそれをきっぱりと断る。
 この国の者を信用してない訳ではないが、マリアを置いていけないと。
 王子に従いますのでどうぞ彼等だけでお決めになって、と動かない母さまに、従者は頭を抱えるようにしてまた城に戻って行った。
 おれとジャンの婚約破棄の件の時もこうやって従者を追い返したのだろうか。
 普段あまり見ることのない態度に少しどきどきする。アルベールもこういうところ、ある。

 そうしてまた少しした頃、周囲が騒つき、その先にはレオンたちがこっちに向かっているのが見えた。
 あら、中で解決しなかったのかしら、と母さまが少しとぼけたように言う。

 後ろに数人、知らないひとがいる。
 年齢からいってレオンと同年代に見える、国王がこんなに簡単に出てくるとも思えないし、と考えていると第一王子だと紹介された。
 思わず背筋をぴんと伸ばし姿勢を整える。おれはきっとレオンとジャンに慣れてしまったのだろう、本来なら気軽に会える相手ではない。

「話はつきましたか?」
「まあ……ある程度は」

 言いにくそうにかおを伏せたアンリに、ジャンははっきりと彼の義弟が謀ったようだと口にした。

「そう言い切れるのは前兆があったのかしら、それとも」
「いいえ、愚弟の勝手な判断にございます」

 こちらもきっぱりとそう第一王子が言い切った。
 義弟の配下以外は何も知らない、ただ、伺った能力からして義弟で間違いないと思う、と彼が頭を下げた。
 けしていいことではない、国を巻き込んでの事件は確実に面倒なことになる。
 けれどはっきりと相手がわかったことで、アルベールたちを助け出すのに役に立つだろう。母さまの思惑通り、こちらが有利になる訳だ。
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