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誰だってまずは自分のことが先になる。
心配、こわい、どうしよう、そんなことばかり。
目の前で真っ青なかおでぶつぶつ呟いているアンリは、ここに来て少しずつ整理出来たおれと違い、急に昨日色々と知ってしまい、混乱している十八歳だ。
元々アンリは平民の出だ。
平民では中々出ない能力持ちで、学園に入学することになり、そこで色々なひとと出会っていく……というのはゲームのストーリーだけれど、まあ間違ってはいない。
少なくともおれの知ってるゲームのアンリはおとなしい少年で、擦れてないところも貴族には魅力的だったのだと思う。
素直で、真っ直ぐで、優しい少年。朗らかで、牧歌的で。
最近のアンリはおれに素を見せてくれていたからか、思い出すと確かに初々しさとか、足りないものがいっぱいあるな、と思った。
いや、今は目の前にいるアンリだ。
彼は先程、処刑されてもおかしくない、と言った。
確かにアンリとイヴでは家柄から何から違い過ぎる。おまけに相手は王太子ときた。
王太子が惚れてるのだから問題ないと思える程楽観的な子ではないようだ。
……処刑なんてゲームでは話も出なかった気がするけど。
「あの」
「ひゃい!」
声を掛けると、ひっくり返りそうなアンリがまだ蒼褪めたまま返事をした。
見た目も声も同じなものだから、なんだか調子が狂うなあ……
「……処刑とか、その、ないんで。そんなにがちがちにならないでいいよ」
「で、でも……」
「ひとつ確認しておきたいんだけど」
「はい……」
「アンリはジャンさまのこと、すき?」
「へ……」
そんなに想像していないような問いだっただろうか。
アンリは大きな瞳をぱちぱちさせ、それから考えるように視線を逸らし、ええと、とかおを伏せた。
その質問に彼を責める意図はない。だってやっぱりおれはジャンが苦手だし、アルベールとレオンがいる。
おれの知るアンリは、ジャンのことをかわいいと言っていた。
それは弟のようにかわいげがあるとか、そういうものよりもっと深いものだと思う。
でも今のアンリは?
気がついたら王太子と婚約していて、式の日取りも決まっていて、もう逃げられないと思ったんじゃないだろうか。
自分は婚約した時のアンリじゃないなんて言えやしないだろう。
もしアンリにジャンへの恋心がなかったら?寧ろ苦手だったら?地獄じゃないだろうか。おまけに元の婚約者からの略奪愛ときた。
「もし……その、今のアンリが違うって言うなら」
「……あの、」
「あ、言いにくいよね?大丈夫、すきでもきらいでもおれはどっちでも!あの、本当に処刑とかないし……」
「……ええと、その……あの、……す、すきです……!」
「えっ」
一瞬自分が告白されたのかと思った。
馬鹿。そんな訳はない。
ええとええと、とまだ視線を泳がせながら、その、実際に自分が経験したものではないのですが、と頬を紅くした。
「全部、その、自分じゃなくて、自分の中にいたもうひとりのアンリに向けてだとわかってるんです。でも、記憶の中のジャンさまはぼくに笑ってくれて、優しくしてくれて、その……いいんでしょうか、ぼくがジャンさまをすきだと言っても」
一気に流れ込んできた情報で、圧倒的に多いのはジャンとのことなのだろう。
色々なひととのパターンを試したという前のアンリがすきになった相手だ、さぞおれには想像も出来ない程色々とあったことだろう。
そこでふと思い出して、アンリの胸元をぐいと引いた。
何をするんですか、と慌てる彼の声を無視して、硬い釦をふたつみっつ外し、胸元を確認する。
そこにはもう大分薄くなった痕が残っていた。
その痕を確認されたとわかったアンリは焦ったようにまた釦を閉じると、能力は使ってませんから、と言い訳のように呟くから笑ってしまう。
おれには使ったのに、ジャンには使ってないだなんて。
あんなにひとを煽っておいて。
いいと思う、褒められた能力じゃないもの、相手を発情させるだなんて。
すきなひとに、能力を使わずに愛されたいと思うなんて、純粋でかわいらしいじゃないかと思う。あのアンリが。
「いやじゃなかった?」
「……その、まだ……記憶しかないです、けど……いやだとか、は、思わなかった、です……」
「じゃあ良かった」
「よかっ……?」
「もし婚約に困ってたらどうしようかと思って」
でも、とまだ納得いかない様子のアンリに、覚えてるでしょう、と遮る。
前のアンリとの会話も全て覚えているのならわかる筈だ、アルベールとレオンのことを。
身を引かれたって困る。
アンリがいやじゃないのなら、ジャンとしあわせになってくれた方がありがたい。
「困って……というか……その、余りにも身分が、」
「認められたから婚約発表されたんでしょう」
「そう……なの、でしょうか……」
「そうだよ、でもアンリがいやなら婚約破棄、手伝ってあげようか」
「……え」
紅くなっていた頬がまた色を失った。
あ、今の、意地悪に聞こえたかな。そんなつもりはなかったんだけど。
でもそうか、やり返したみたいだ。アンリにはそのつもりなかったし、前のアンリだっておれを助ける為にあんな人前で婚約破棄をさせたと言っていたけれど、結果恥をかかされたことにかわりはない。
心配、こわい、どうしよう、そんなことばかり。
目の前で真っ青なかおでぶつぶつ呟いているアンリは、ここに来て少しずつ整理出来たおれと違い、急に昨日色々と知ってしまい、混乱している十八歳だ。
元々アンリは平民の出だ。
平民では中々出ない能力持ちで、学園に入学することになり、そこで色々なひとと出会っていく……というのはゲームのストーリーだけれど、まあ間違ってはいない。
少なくともおれの知ってるゲームのアンリはおとなしい少年で、擦れてないところも貴族には魅力的だったのだと思う。
素直で、真っ直ぐで、優しい少年。朗らかで、牧歌的で。
最近のアンリはおれに素を見せてくれていたからか、思い出すと確かに初々しさとか、足りないものがいっぱいあるな、と思った。
いや、今は目の前にいるアンリだ。
彼は先程、処刑されてもおかしくない、と言った。
確かにアンリとイヴでは家柄から何から違い過ぎる。おまけに相手は王太子ときた。
王太子が惚れてるのだから問題ないと思える程楽観的な子ではないようだ。
……処刑なんてゲームでは話も出なかった気がするけど。
「あの」
「ひゃい!」
声を掛けると、ひっくり返りそうなアンリがまだ蒼褪めたまま返事をした。
見た目も声も同じなものだから、なんだか調子が狂うなあ……
「……処刑とか、その、ないんで。そんなにがちがちにならないでいいよ」
「で、でも……」
「ひとつ確認しておきたいんだけど」
「はい……」
「アンリはジャンさまのこと、すき?」
「へ……」
そんなに想像していないような問いだっただろうか。
アンリは大きな瞳をぱちぱちさせ、それから考えるように視線を逸らし、ええと、とかおを伏せた。
その質問に彼を責める意図はない。だってやっぱりおれはジャンが苦手だし、アルベールとレオンがいる。
おれの知るアンリは、ジャンのことをかわいいと言っていた。
それは弟のようにかわいげがあるとか、そういうものよりもっと深いものだと思う。
でも今のアンリは?
気がついたら王太子と婚約していて、式の日取りも決まっていて、もう逃げられないと思ったんじゃないだろうか。
自分は婚約した時のアンリじゃないなんて言えやしないだろう。
もしアンリにジャンへの恋心がなかったら?寧ろ苦手だったら?地獄じゃないだろうか。おまけに元の婚約者からの略奪愛ときた。
「もし……その、今のアンリが違うって言うなら」
「……あの、」
「あ、言いにくいよね?大丈夫、すきでもきらいでもおれはどっちでも!あの、本当に処刑とかないし……」
「……ええと、その……あの、……す、すきです……!」
「えっ」
一瞬自分が告白されたのかと思った。
馬鹿。そんな訳はない。
ええとええと、とまだ視線を泳がせながら、その、実際に自分が経験したものではないのですが、と頬を紅くした。
「全部、その、自分じゃなくて、自分の中にいたもうひとりのアンリに向けてだとわかってるんです。でも、記憶の中のジャンさまはぼくに笑ってくれて、優しくしてくれて、その……いいんでしょうか、ぼくがジャンさまをすきだと言っても」
一気に流れ込んできた情報で、圧倒的に多いのはジャンとのことなのだろう。
色々なひととのパターンを試したという前のアンリがすきになった相手だ、さぞおれには想像も出来ない程色々とあったことだろう。
そこでふと思い出して、アンリの胸元をぐいと引いた。
何をするんですか、と慌てる彼の声を無視して、硬い釦をふたつみっつ外し、胸元を確認する。
そこにはもう大分薄くなった痕が残っていた。
その痕を確認されたとわかったアンリは焦ったようにまた釦を閉じると、能力は使ってませんから、と言い訳のように呟くから笑ってしまう。
おれには使ったのに、ジャンには使ってないだなんて。
あんなにひとを煽っておいて。
いいと思う、褒められた能力じゃないもの、相手を発情させるだなんて。
すきなひとに、能力を使わずに愛されたいと思うなんて、純粋でかわいらしいじゃないかと思う。あのアンリが。
「いやじゃなかった?」
「……その、まだ……記憶しかないです、けど……いやだとか、は、思わなかった、です……」
「じゃあ良かった」
「よかっ……?」
「もし婚約に困ってたらどうしようかと思って」
でも、とまだ納得いかない様子のアンリに、覚えてるでしょう、と遮る。
前のアンリとの会話も全て覚えているのならわかる筈だ、アルベールとレオンのことを。
身を引かれたって困る。
アンリがいやじゃないのなら、ジャンとしあわせになってくれた方がありがたい。
「困って……というか……その、余りにも身分が、」
「認められたから婚約発表されたんでしょう」
「そう……なの、でしょうか……」
「そうだよ、でもアンリがいやなら婚約破棄、手伝ってあげようか」
「……え」
紅くなっていた頬がまた色を失った。
あ、今の、意地悪に聞こえたかな。そんなつもりはなかったんだけど。
でもそうか、やり返したみたいだ。アンリにはそのつもりなかったし、前のアンリだっておれを助ける為にあんな人前で婚約破棄をさせたと言っていたけれど、結果恥をかかされたことにかわりはない。
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