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帰りたい、と零してしまった。
アンリにはどうすることも出来ないのに。
アンリがこの世界におれを呼んだ訳じゃないのに。
謝ってほしい訳じゃないのに。
「ごめんね、ごめんなさい、ぼくじゃそんな、帰してあげるとか、そんなこと出来ない、けど……」
おれを抱き締めて、何度も謝って、髪を撫でる。
アンリが悪くないとわかっていても、この気持ちをどこにぶつければいいかわからなかった。
ただ愛莉の名前を呼んで、帰りたいと泣くおれに、アンリは付き合ってくれた。
暫くはそうやって、自分の鼻声と、演習場から聞こえる声と、膝の上の重み、少し肌寒くなってきた風の音を感じながらその腕の中にいた。
華奢なその腕はアルベールやレオンのように包み込むようなものではない。
どちらかというと母さまに近い。
頼りないくらいの細い腕、薄い胸、それなのに、じわじわと広がる体温が安心させるような。
「落ち着きました?」
「……ごめんなさい」
泣き止んでもまだすんすん鼻を鳴らすおれに、大丈夫だよお、ごめんね、ショックな話でしたね、とアンリは再度謝罪の言葉を口にする。
だからアンリも悪くないのに。
アンリ自体望んでここに来た訳ではないのに。
「仕方ないですよねえ、ぼくだって最初はわからなかったもの」
「……アンリはもう、帰りたい、とか……」
「どうでしょうねえ。帰りたくないといえば嘘になりますけど」
最初はそりゃあびっくりした、夢かと思った、とアンリは続ける。
自分たちで作っていたゲームの中にいるなんて絶対に夢。
でも夢とはいえ推しのイヴがかわいくて、この子が痛い目に、かわいそうな目にあうのが不憫で。
ゲームではなく実際に見てしまうと、どうにかしてあげたくなる。痛い目やかわいそうな目にあうのはゲームや創作物だからもっとやれ、なんて言えるのであって、助けてと差し出す手を跳ね除ける程その状態を楽しめる性格でも拗らせた性癖でもなかった。
でも助けても助けてもイヴは不憫な目にあうし、ゲームと同じくジャンに殺されてしまう。
自分の無力を感じてる間にあれよあれよと国も滅んでバッドエンド。なんて夢見の悪いゲームを作ってたんだ、と思って瞳を開けると、何故かまた同じ学園にいる。
同じように過ごしていると、同じようなこと、イベントが起きていく。また嫌な光景が繰り広げられるのかと思うとげんなりするし、楽しいものでもない。
「そこで、これは夢かどうかはわからないけど、じゃあ徹底的にやってやろうと思って」
「徹底的……」
「そう」
イヴを助けて、仲良くなって、ジャンにまた殺されて。
ジャンとも仲良くなって、そうすると今度は他の奴がおかしくなる。
じゃあ他のやつとも仲良くなって……
何回も繰り返して、何回も死んで、何回もやり直して。
イヴと自分が仲良くすると、あまり良くないことが起きる。じゃあ、それなら……と次々組み立てていけるのは、元々ゲームをすることがすきだったから。それと自分の死は生々しくなかったから。
その内にこれはゲームじゃなくて前世だと思い出して、伊吹と同じように変えていいものかと悩んだりもしたけれど、ここに飛ばされてこんなにやり直しをさせられるならなんからの意図があるということだ、と構わず今までと同じように自由にすることにした。
変わったのはアンリの意識。
ゲームの中ではない、前世ということは、周りのひとたちにも感情があるということ。
そう気付くと、下手なことは出来ないと思い直せたし、余計に燃えた。
「絶対に推しをしあわせにするんだー!って」
「……はあ、」
「でも途中で気付いたことが二点」
「二点?」
「一点目、推しをしあわせにするのはぼくじゃない」
「……?」
「学園内ではイヴさまとぼくが仲良くすると切れるひとが多くて」
だから自分は直接は関わらない、攻略キャラクターたちとも関わらせない方がいい、でもそのままだとイヴの心が壊れてしまう。
そこで出てくるのがアルベールとレオンだった。
義兄のアルベールはともかく、レオンはジャンの因縁の相手でもある。またジャンが爆発するかもしれない、と思ったけれど、自分と上手くいってからのジャンはおとなしい。
これが正解のルートなのだと思った、とアンリは大雑把だけど今こんなところ、と締めた。
「二点目はジャンさまがかわいいと思っちゃったこと」
「……かわいい」
「これは流石に秘密です、どこがかわいいとか知るのはぼくだけ」
「それは、まあ」
前も同じことを言っていたけど、おれがジャンのかわいいところを知ってもどうしようもないし。
アンリの知ってることを知れただけで良かった。
「だから今は帰りたいかどうかって言われると困っちゃうんですよね」
「困る……」
「仕事も家族も気になるし、やってたゲームも途中、完結を楽しみにしてた漫画もドラマもあるし、公開を待ってる映画もあった。ネットがないのも不便だし、ラーメンも食べたい。けど」
「けど」
「……置いてくのはやっぱりやだなあ」
おれの頬をそっと撫でてそう言うけれど、その相手はおれじゃなくてジャンなんだろう、と思った。
アンリにはどうすることも出来ないのに。
アンリがこの世界におれを呼んだ訳じゃないのに。
謝ってほしい訳じゃないのに。
「ごめんね、ごめんなさい、ぼくじゃそんな、帰してあげるとか、そんなこと出来ない、けど……」
おれを抱き締めて、何度も謝って、髪を撫でる。
アンリが悪くないとわかっていても、この気持ちをどこにぶつければいいかわからなかった。
ただ愛莉の名前を呼んで、帰りたいと泣くおれに、アンリは付き合ってくれた。
暫くはそうやって、自分の鼻声と、演習場から聞こえる声と、膝の上の重み、少し肌寒くなってきた風の音を感じながらその腕の中にいた。
華奢なその腕はアルベールやレオンのように包み込むようなものではない。
どちらかというと母さまに近い。
頼りないくらいの細い腕、薄い胸、それなのに、じわじわと広がる体温が安心させるような。
「落ち着きました?」
「……ごめんなさい」
泣き止んでもまだすんすん鼻を鳴らすおれに、大丈夫だよお、ごめんね、ショックな話でしたね、とアンリは再度謝罪の言葉を口にする。
だからアンリも悪くないのに。
アンリ自体望んでここに来た訳ではないのに。
「仕方ないですよねえ、ぼくだって最初はわからなかったもの」
「……アンリはもう、帰りたい、とか……」
「どうでしょうねえ。帰りたくないといえば嘘になりますけど」
最初はそりゃあびっくりした、夢かと思った、とアンリは続ける。
自分たちで作っていたゲームの中にいるなんて絶対に夢。
でも夢とはいえ推しのイヴがかわいくて、この子が痛い目に、かわいそうな目にあうのが不憫で。
ゲームではなく実際に見てしまうと、どうにかしてあげたくなる。痛い目やかわいそうな目にあうのはゲームや創作物だからもっとやれ、なんて言えるのであって、助けてと差し出す手を跳ね除ける程その状態を楽しめる性格でも拗らせた性癖でもなかった。
でも助けても助けてもイヴは不憫な目にあうし、ゲームと同じくジャンに殺されてしまう。
自分の無力を感じてる間にあれよあれよと国も滅んでバッドエンド。なんて夢見の悪いゲームを作ってたんだ、と思って瞳を開けると、何故かまた同じ学園にいる。
同じように過ごしていると、同じようなこと、イベントが起きていく。また嫌な光景が繰り広げられるのかと思うとげんなりするし、楽しいものでもない。
「そこで、これは夢かどうかはわからないけど、じゃあ徹底的にやってやろうと思って」
「徹底的……」
「そう」
イヴを助けて、仲良くなって、ジャンにまた殺されて。
ジャンとも仲良くなって、そうすると今度は他の奴がおかしくなる。
じゃあ他のやつとも仲良くなって……
何回も繰り返して、何回も死んで、何回もやり直して。
イヴと自分が仲良くすると、あまり良くないことが起きる。じゃあ、それなら……と次々組み立てていけるのは、元々ゲームをすることがすきだったから。それと自分の死は生々しくなかったから。
その内にこれはゲームじゃなくて前世だと思い出して、伊吹と同じように変えていいものかと悩んだりもしたけれど、ここに飛ばされてこんなにやり直しをさせられるならなんからの意図があるということだ、と構わず今までと同じように自由にすることにした。
変わったのはアンリの意識。
ゲームの中ではない、前世ということは、周りのひとたちにも感情があるということ。
そう気付くと、下手なことは出来ないと思い直せたし、余計に燃えた。
「絶対に推しをしあわせにするんだー!って」
「……はあ、」
「でも途中で気付いたことが二点」
「二点?」
「一点目、推しをしあわせにするのはぼくじゃない」
「……?」
「学園内ではイヴさまとぼくが仲良くすると切れるひとが多くて」
だから自分は直接は関わらない、攻略キャラクターたちとも関わらせない方がいい、でもそのままだとイヴの心が壊れてしまう。
そこで出てくるのがアルベールとレオンだった。
義兄のアルベールはともかく、レオンはジャンの因縁の相手でもある。またジャンが爆発するかもしれない、と思ったけれど、自分と上手くいってからのジャンはおとなしい。
これが正解のルートなのだと思った、とアンリは大雑把だけど今こんなところ、と締めた。
「二点目はジャンさまがかわいいと思っちゃったこと」
「……かわいい」
「これは流石に秘密です、どこがかわいいとか知るのはぼくだけ」
「それは、まあ」
前も同じことを言っていたけど、おれがジャンのかわいいところを知ってもどうしようもないし。
アンリの知ってることを知れただけで良かった。
「だから今は帰りたいかどうかって言われると困っちゃうんですよね」
「困る……」
「仕事も家族も気になるし、やってたゲームも途中、完結を楽しみにしてた漫画もドラマもあるし、公開を待ってる映画もあった。ネットがないのも不便だし、ラーメンも食べたい。けど」
「けど」
「……置いてくのはやっぱりやだなあ」
おれの頬をそっと撫でてそう言うけれど、その相手はおれじゃなくてジャンなんだろう、と思った。
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