【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
111 / 192
8

110

しおりを挟む
「イヴさまが婚約破棄をしたくない、ってジャンさまとめちゃくちゃ仲良くなったら、今ここにぼくはいないかもしれない。イヴさまも竜舎じゃなくてお城にいるかもしれない。それが未来を変えるっていうことですよ」
「うん、それはわかる、けど」

 どうしよう、おれは頭が良くない。
 難しいことは理解出来ないかも。
 そう考えていたことがわかったのかもしれない。そんなに構えないで、とアンリは笑顔を見せた。

 それからまたううん、と首を傾げて、イヴさまの前の世界の名前を訊いてもいいですか?と確認をする。
 そんなこと、別に隠すようなものでもない。
 間違えて呼ばれても誤魔化せる程度には似た名前だ。
 素直に伊吹だと答えると、アンリは満足そうにまた微笑んだ。

「伊吹くんの前世はイヴさまです、それはもうわかりますよね」
「うん……」
「ここは前世であって、過去……過去といえば過去だけど、伊吹くんの過去じゃない」
「うん……?」
「伊吹くんが伊吹くんの未来を変えたいのなら、伊吹くんの過去に行かなきゃならないんだと思う」
「……?」
「イヴさまの過去を変えても、伊吹くんの未来には関係ないってこと」

 わかるような、わからないような。
 首を傾げるおれに、アンリは少し楽しそうだ。

「伊吹くんが例えば競馬の結果を知っていて過去に戻ってその馬券を当てると未来は変わりますよね?」
「うん?えーっと、おれはお金を手に入れることが出来る、から」
「そう。そのお金で豪遊して太った結果こいびとに振られるかもしれない。借金を返せるかもしれない。行けなかった筈の旅行に行けるかも、指輪を買ってプロポーズ出来るかも、病気で入院してる家族の治療費を払えるかも、払えなかった学費が払えるかも、貯金してたら必要な時に使えるかも、本当は足りない筈だったのに。ひとつ過去を変えるだけで未来は変わるんです」
「うん……」
「変わるのは伊吹くんの未来だけじゃない、配当金の割合が変わったことで、もしかしたら借金を返せなくなったひとがいるかもしれないし、伊吹くんの予想を聞いてこんな男の子が当てられる筈ないって敢えて外れるひともいるかもしれない」
「こわい」
「そう、過去を変えるのはこわいことなんです」

 でも今ぼくたちがいるのは、伊吹くんの過去じゃなくて伊吹くんの前世なんです、とおれの膝の上の竜を撫でながら言う。
 きゅう、と寝ぼけたような声に、慌てておれもそっと撫でた。まだ起きてほしくない、この子たちが起きるとまた会話どころではなくなってしまう。

「仮に……例えばジャンさまが死んでも」
「だからなんでそんなことばっかり」
「わかりやすいでしょう?そう、王太子さまが死んでも、この国が戦争に敗れて滅んでも、伊吹くんの世界に影響はないんですよ」
「なんで?イヴが死んだら伊吹も生まれないとかあるんじゃないの」
「イヴさまは伊吹くんの前世であって、ご先祖さまではないんですよ」
「あ」

 漸くわかってきた気がする。
 成程、前世であって過去ではない、先祖じゃない。
 だからおれがイヴとしてどれだけ頑張ったって、逆に全く頑張らなくたって、伊吹の世界は何も変わらない。
 両親は伊吹を愛さないし、離婚は止められないし、愛莉と離れたまま。
 それどころか伊吹は死んで、こっちの世界に来てしまった。
 愛莉を置いてきてしまったまま。
 夢の中の愛莉が泣いているのは、置いてかないでと言うのは、その通り、おれが愛莉を置いて死んでしまったから。
 もう二度と愛莉とは会えなくて、それでいて愛莉の為に何かしてあげることも出来ない。ただ若くに兄を亡くしてしまったという事実だけ。

「ゲームは前世を元に作られてるから、だからぼくが前世を変えてしまったことでゲームの内容もその通りに変わっただけで、ゲーム自体を作ることに変更はなくて……イヴさま?」

 驚いたような声がして、それからすぐにぎゅうと抱き締められた。
 ごめんなさい、泣かせるつもりはなかったんです、と慌てたアンリが何度も謝る。
 アンリのせいじゃない。ただかなしいだけ。
 なんでおれ、死んじゃったんだろう。唯一のだいじな妹を置いて。

 アルベールやレオンに会えたことはとても嬉しい。愛されるということを教えてもらった。あんなにあたたかくて満たされて、でももっと欲しくて、気持ちよくて、しあわせだと思えることってあるんだと知った。
 他のひとにしかないと思ってた優しい両親、愛されて育った素直な弟、格好良くてかわいい竜たち、笑顔で世話をしてくれる屋敷の使用人、受け入れてくれた竜騎士団員。

 おれはだいじなものをたくさん貰えたのに、愛莉には兄を失わせただけ。
 その妹に、何も出来ない。
 何も。
 伊吹の人生は、愛莉から奪う為のものだったのだろうか。
 なんでおれはここに来たのだろう。
 どうせなら伊吹の人生をやり直したかった。
 いちばん笑顔にしたい子を泣かせる人生になんてしたくなかった。
 おれは、愛莉がしあわせだったら、しあわせになってくれたら、それでよかったのに。
 伊吹が望んだことは何も叶わないのだろうか。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

処理中です...