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「イヴさまが婚約破棄をしたくない、ってジャンさまとめちゃくちゃ仲良くなったら、今ここにぼくはいないかもしれない。イヴさまも竜舎じゃなくてお城にいるかもしれない。それが未来を変えるっていうことですよ」
「うん、それはわかる、けど」

 どうしよう、おれは頭が良くない。
 難しいことは理解出来ないかも。
 そう考えていたことがわかったのかもしれない。そんなに構えないで、とアンリは笑顔を見せた。

 それからまたううん、と首を傾げて、イヴさまの前の世界の名前を訊いてもいいですか?と確認をする。
 そんなこと、別に隠すようなものでもない。
 間違えて呼ばれても誤魔化せる程度には似た名前だ。
 素直に伊吹だと答えると、アンリは満足そうにまた微笑んだ。

「伊吹くんの前世はイヴさまです、それはもうわかりますよね」
「うん……」
「ここは前世であって、過去……過去といえば過去だけど、伊吹くんの過去じゃない」
「うん……?」
「伊吹くんが伊吹くんの未来を変えたいのなら、伊吹くんの過去に行かなきゃならないんだと思う」
「……?」
「イヴさまの過去を変えても、伊吹くんの未来には関係ないってこと」

 わかるような、わからないような。
 首を傾げるおれに、アンリは少し楽しそうだ。

「伊吹くんが例えば競馬の結果を知っていて過去に戻ってその馬券を当てると未来は変わりますよね?」
「うん?えーっと、おれはお金を手に入れることが出来る、から」
「そう。そのお金で豪遊して太った結果こいびとに振られるかもしれない。借金を返せるかもしれない。行けなかった筈の旅行に行けるかも、指輪を買ってプロポーズ出来るかも、病気で入院してる家族の治療費を払えるかも、払えなかった学費が払えるかも、貯金してたら必要な時に使えるかも、本当は足りない筈だったのに。ひとつ過去を変えるだけで未来は変わるんです」
「うん……」
「変わるのは伊吹くんの未来だけじゃない、配当金の割合が変わったことで、もしかしたら借金を返せなくなったひとがいるかもしれないし、伊吹くんの予想を聞いてこんな男の子が当てられる筈ないって敢えて外れるひともいるかもしれない」
「こわい」
「そう、過去を変えるのはこわいことなんです」

 でも今ぼくたちがいるのは、伊吹くんの過去じゃなくて伊吹くんの前世なんです、とおれの膝の上の竜を撫でながら言う。
 きゅう、と寝ぼけたような声に、慌てておれもそっと撫でた。まだ起きてほしくない、この子たちが起きるとまた会話どころではなくなってしまう。

「仮に……例えばジャンさまが死んでも」
「だからなんでそんなことばっかり」
「わかりやすいでしょう?そう、王太子さまが死んでも、この国が戦争に敗れて滅んでも、伊吹くんの世界に影響はないんですよ」
「なんで?イヴが死んだら伊吹も生まれないとかあるんじゃないの」
「イヴさまは伊吹くんの前世であって、ご先祖さまではないんですよ」
「あ」

 漸くわかってきた気がする。
 成程、前世であって過去ではない、先祖じゃない。
 だからおれがイヴとしてどれだけ頑張ったって、逆に全く頑張らなくたって、伊吹の世界は何も変わらない。
 両親は伊吹を愛さないし、離婚は止められないし、愛莉と離れたまま。
 それどころか伊吹は死んで、こっちの世界に来てしまった。
 愛莉を置いてきてしまったまま。
 夢の中の愛莉が泣いているのは、置いてかないでと言うのは、その通り、おれが愛莉を置いて死んでしまったから。
 もう二度と愛莉とは会えなくて、それでいて愛莉の為に何かしてあげることも出来ない。ただ若くに兄を亡くしてしまったという事実だけ。

「ゲームは前世を元に作られてるから、だからぼくが前世を変えてしまったことでゲームの内容もその通りに変わっただけで、ゲーム自体を作ることに変更はなくて……イヴさま?」

 驚いたような声がして、それからすぐにぎゅうと抱き締められた。
 ごめんなさい、泣かせるつもりはなかったんです、と慌てたアンリが何度も謝る。
 アンリのせいじゃない。ただかなしいだけ。
 なんでおれ、死んじゃったんだろう。唯一のだいじな妹を置いて。

 アルベールやレオンに会えたことはとても嬉しい。愛されるということを教えてもらった。あんなにあたたかくて満たされて、でももっと欲しくて、気持ちよくて、しあわせだと思えることってあるんだと知った。
 他のひとにしかないと思ってた優しい両親、愛されて育った素直な弟、格好良くてかわいい竜たち、笑顔で世話をしてくれる屋敷の使用人、受け入れてくれた竜騎士団員。

 おれはだいじなものをたくさん貰えたのに、愛莉には兄を失わせただけ。
 その妹に、何も出来ない。
 何も。
 伊吹の人生は、愛莉から奪う為のものだったのだろうか。
 なんでおれはここに来たのだろう。
 どうせなら伊吹の人生をやり直したかった。
 いちばん笑顔にしたい子を泣かせる人生になんてしたくなかった。
 おれは、愛莉がしあわせだったら、しあわせになってくれたら、それでよかったのに。
 伊吹が望んだことは何も叶わないのだろうか。
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