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 ◇◇◇

 竜騎士団員が遠征に行って三日目。
 今日も先に演習場に行き、昼食を留守番組で一緒に済ませ、片付けまでしてから竜舎へと向かった。
 正直竜舎に行ってすることといえば三つ子の世話くらいだ。
 他の竜は演習場で一緒に頑張ってくれるくらいにはやる気を取り戻してくれたし、元々そこまで乗り気ではない歳を取った竜はいつも通り静かに寝ている。
 最初から戦闘要員として数えられてない三つ子だけがいつもと変わらず元気だ。自分たちは役に立たないんだー、なんて拗ねも責めも当然しないし、なんならいつもよりおやつの分け前が多い、やったーと喜んでるくらい。
 構ってくれる先輩竜たちがいないことだけはさみしいようだけど、普段からいないことも多いからそれはまあ慣れたといえば慣れたものだ。
 寧ろおれが普段より遊んでくれるから嬉しいと言う。
 ……そんなに遊んでやる気はなかったけれど、そう言われたら竜舎はあまり行かなくてもいいかな、とは思えなくなったじゃないか。

 人間の子よりも竜の方が素直で嘘も吐かない。
 それがわかってる上でイヴ、イヴ、と名前を呼ばれると大抵のことは許してしまう気になるのだ。
 今日も元気に竜舎の周りを走り、転がり、抱っこと強請り、一頻り騒いだ後で日向ぼっこ!ときゅいきゅい鳴く。
 今日の日向ぼっこスポットは木陰の下だった。日向ぼっこではなくお昼寝スポットだろう、そこは。
 こっちこっちと連れていかれ腰掛けると、まあ休むにはいい場所だ、と思った。
 ここから竜舎がすぐ見えるし、演習場の方から声出しも少し聞こえる。そよ風が気持ちよくて、微かに果物のにおいもするような。

 んん、と伸びをすると、そんなおれの膝の上に竜が一匹、両側にぎゅうぎゅうと二匹。猫のような子たちだ。
 撫でてと強請られるまま小さな額を、喉の下を撫でてやる。
 三匹もいたら偏らないよう撫でるのも大変だ。
 食事後の運動、その後の急に穏やかな時間。気持ちの良い風、猫のような竜。
 ついうとうとしてしまうのは仕方のない背景だと思う。


 ◇◇◇

「んん……」

 自分の唸り声で瞳が覚めた。なんだか違和感があった。
 膝の上には無理矢理乗った竜が二匹、肩口には少し幼い綺麗なかお。
 それに気付いてびく、と肩を揺らしてしまうと、その綺麗なかおも、小さな口からううん、と息を漏らす。
 アンリだった。
 その内会うだろうと思ってた相手だけど、別に彼の傾向からしてここに来るのも不思議ではなかったけれど、会う時はいつもびっくりしてるような気がする。

「ンー……おはよお、ぼくまだ寝たばっか、だったのに……」
「ちょ、この状態でまた寝るとか」
「起きるからちょっと待ってえ……」

 ぎゅううとおれの腕にしがみついて、寝起き特有のぽやぽやした声で甘える。
 そんな甘え方、他の攻略キャラクターたちは許してもおれは……
 ……かわいいとは、思うけど。

「イヴさまいいにおいする……おひさまのにおい……」
「……寝る前までこの子たちと走り回ってたから、」
「んふふ、皆イヴさまのことだいすきなんだねえ……」

 アンリの膝にも一匹丸くなって寝ている竜がいる。
 右手でその小さな頭を撫でて、まだ回ってない頭でそんなことを言う。
 特にイヴが竜たちに愛される行為をしている訳じゃない。
 誰だって自分の話をわかってくれるひとに懐いてしまうだけ。
 敵かもしれないと思っていたアンリが、向こうの世界でもイヴのことを考えていてくれたと知って、アンリへの恐怖がなくなったおれのように。

 陽に透ける柔らかな猫っ毛と、伏せた長い睫毛、小さなぷるぷるとした唇。主人公としても、正しい恋敵だとしても納得出来るビジュアルだ。素直にかわいらしい。
 細い首は白くて、この位置からは上着を脱いで首元を緩めたシャツから胸元も覗けるような……

「あ」
「なーに……」
「なっ、なんに、も!」

 紅い痕が見えて、慌てて視線を逸らした。
 一瞬、何の痕だろうと考えてしまったけれど、そういう痕だと気付いてしまった。
 気まずい。知人のそういう事情は知りたくないと思うタイプなのだ。そうだろうな、とわかっていても、生々しいことは知りたくなかった。
 相手までわかっているのだから、尚更。勿論ジャンとのことに、嫉妬している訳ではない。

「んもー……イヴさまが動くから眠気どっか行っちゃった」

 ぐう、と伸びをして、もう一度おはよう、とアンリが瞳を細めた。
 改めて上からではなく正面……いや、横から見ると、胸元の釦を開けすぎだろうと思った。
 慌ててシャツを閉じてやると、別に誰かいる訳じゃないんだからいいのに、と唇を尖らせる。

「イヴさまはこんな姿見ても別にぼくのことすきになんないでしょ」
「別に、そんなんじゃ……」
「……ああ、これか。イヴさまのむっつり。えっち」
「なんで!」

 自分で胸元を確認したアンリは、にんまりと笑って釦を留めた。
 それから、ふと思いついたように幾つだっけ、とおれに訊く。
 同い歳なのに、と首を傾げると、イヴじゃないよ、イヴになる前。ここに来る前は幾つだったの、と重ねての質問に、同じですよ、同じ十八、高校卒業の手前、と答えると彼は頭を抱え、唸りだした。
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