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アルベールもマリアもいないとなるとおれの移動手段は馬車のみとなる。
ぼんやりとひとり揺られながら、早速アルベールを恋しく思った。
ひとりで馬車に乗ったことなんて何度もある、もう数え切れないくらいには。
それでもおれはアルベールと移動中すら一緒にいることに慣れてしまっていたみたいだ。
エディーでも連れてくれば良かったかな。でもあの子は泣き疲れて眠っていたし、演習場に連れて行っても面白いことがある訳でもない。竜舎は少しは楽しめるかもしれないけど。
でもアンリがもし来たとしたら、エディーの前で話す内容でないことくらいわかってる。
ちょっとしたさみしさに、あんな小さな子を巻き込むんじゃない。
……会えるかどうかもわからないし、アンリ自体は小さな子の扱いも上手そうだけれど。
◇◇◇
そんな覚悟をしていたのに、その日アンリは竜舎に来なかった。
約束なんてしてないし、そんなものなのかもしれない。
アルベールが遠征に行ってしまった初日、帰り間際に現れたのはレオンだった。
相変わらず王子の癖に暇だな……と思ったけれど、訪れたのは夕方だ、それまでにまた仕事を急いで終わらせて来たのかもしれない。
帰りは同じ馬車に乗せてもらい、ちょっとした雑談と、夕食のお誘い。
屋敷でまだ拗ねているであろうエディーを思い出して断ると、お前はそういうところはアルベールとそっくりだよ、と溜息を吐かれた。
まあお前のかおを見るだけでいいんだよ、とおれの髪を撫でて微笑む。
ちょろいのはお互いさまだ。
おれだってそれだけで嬉しくなってしまうし、安心する。
レオンの肩に頭を載せて、無事に早くアル兄さまが戻ってくるといいね、と言うと、そうだな、と返される。
屋敷に戻ると目元を紅くしたエディーが飛びついてきた。
イヴ兄さまも置いてったと思った、と泣くエディーを慰めながら、その日は一緒に風呂に入り、食事をし、しがみついて離れない彼を抱き締めて眠った。
小さくてかわいいイヴの弟。さみしがり屋で甘えん坊。
ついついアルベールやレオン、両親といるとおれが甘えてしまうのだけど、エディーだけは別だった。
当然だけど、守ってあげなきゃ、と思うのだ。
そして愛莉の泣き顔を思い出す。
一緒に寝なくなったのはいつ頃だったかな。
母さんにばれないようにこっそりとおれの部屋に来て、おにーちゃんと寝る、と潜り込んでくる小さな妹を拒否出来る筈がなく、少し寝相の悪い愛莉を抱き締めて寝た。
腕の中にいるのはエディーだ。泣き疲れては寝てを繰り返していたと母さまに聞いたけど、それでもすとんと眠りにつくエディーに、こどもはよく寝るなあと感動すらする。
自分も寝ようと瞼を閉じるとそこに出てくるのはなんで置いてったの、と泣く愛莉だった。
戻ってきて。愛莉のこと置いてかないで。ひとりにしないでよ、おにーちゃんでしょ、なんで愛莉のこといちばんにしてくれないの、ずるいよ、愛莉のおにーちゃんなのに。
おにーちゃん、おにーちゃん、おにーちゃんがそんな理由で死ぬなんて許さない、死ぬ時は愛莉の為じゃないといやだ!
幾らなんでもそんな我儘な子じゃなかった。
けれどなんだか胸が痛くて、起きてからも泣き喚く愛莉のかおが消えなかった。
夢なのに、夢じゃないような。
すやすやと眠る隣のエディーを見下ろし、そのふくふくとした頬を撫で、それでも思い出すのは愛莉のことだった。
エディーもかわいい。だいじな弟だ。比べるのもおかしな話かもしれない。
この場にいないから。長く一緒にいたから。向こうにひとり、残してきてしまったから。
愛莉のことが、彼女のことだけが心残りだったから。
おれは多分、どちらかの世界を選ばされたら愛莉を選ぶのだと思う。
◇◇◇
先に記しておくと、その日もアンリは来なかった。
一緒に行く、と駄々を捏ねるエディーと竜舎で遊んでおしまい。レオンも来なかった。
電話だとか、連絡する手段もないからな、待つか自分から行動するかしか方法がない。
どうせ自分は飛べないから、弱いからと拗ねる竜に連日、そんなことはないよ、十分強いよ、人間は弱いからね、君たちがいてくれて助かるよ!なんて慰めて盛り上げて、悩みを聞いて、おやつを一緒に食べて。
そんなフォローをしながらエディーの面倒を見るのは、少し幼稚園の先生になった気分だった。
竜は頭もいい、賢い。けれど精神はこどものよう。
永く生きる生物だからだろうか。
「あらっ、あらあらあら、真っ黒」
「……ごめんなさい、おれ、生活魔法そこまで上手くないから服を着たまま綺麗に出来なくて」
三つ子の竜と一緒になってごろごろ転がったりしていたせいで、貴族の子とは思えない程汚れて帰ってきた息子を見て母さまは瞳を丸くした。
食事の前に綺麗にしてらっしゃい、とエディーの背中を押し、イヴに貴方もね、と微笑みかける。
頷いてエディーと一緒にまた入浴をして、食事。
アルベールがいなくても日々は過ぎる。
アルベールがいなくても、皆がいる。
優しい家族がいる。
アルベールは帰ってくる。
愛莉だけが、もう約束をすることすら出来ない。
ぼんやりとひとり揺られながら、早速アルベールを恋しく思った。
ひとりで馬車に乗ったことなんて何度もある、もう数え切れないくらいには。
それでもおれはアルベールと移動中すら一緒にいることに慣れてしまっていたみたいだ。
エディーでも連れてくれば良かったかな。でもあの子は泣き疲れて眠っていたし、演習場に連れて行っても面白いことがある訳でもない。竜舎は少しは楽しめるかもしれないけど。
でもアンリがもし来たとしたら、エディーの前で話す内容でないことくらいわかってる。
ちょっとしたさみしさに、あんな小さな子を巻き込むんじゃない。
……会えるかどうかもわからないし、アンリ自体は小さな子の扱いも上手そうだけれど。
◇◇◇
そんな覚悟をしていたのに、その日アンリは竜舎に来なかった。
約束なんてしてないし、そんなものなのかもしれない。
アルベールが遠征に行ってしまった初日、帰り間際に現れたのはレオンだった。
相変わらず王子の癖に暇だな……と思ったけれど、訪れたのは夕方だ、それまでにまた仕事を急いで終わらせて来たのかもしれない。
帰りは同じ馬車に乗せてもらい、ちょっとした雑談と、夕食のお誘い。
屋敷でまだ拗ねているであろうエディーを思い出して断ると、お前はそういうところはアルベールとそっくりだよ、と溜息を吐かれた。
まあお前のかおを見るだけでいいんだよ、とおれの髪を撫でて微笑む。
ちょろいのはお互いさまだ。
おれだってそれだけで嬉しくなってしまうし、安心する。
レオンの肩に頭を載せて、無事に早くアル兄さまが戻ってくるといいね、と言うと、そうだな、と返される。
屋敷に戻ると目元を紅くしたエディーが飛びついてきた。
イヴ兄さまも置いてったと思った、と泣くエディーを慰めながら、その日は一緒に風呂に入り、食事をし、しがみついて離れない彼を抱き締めて眠った。
小さくてかわいいイヴの弟。さみしがり屋で甘えん坊。
ついついアルベールやレオン、両親といるとおれが甘えてしまうのだけど、エディーだけは別だった。
当然だけど、守ってあげなきゃ、と思うのだ。
そして愛莉の泣き顔を思い出す。
一緒に寝なくなったのはいつ頃だったかな。
母さんにばれないようにこっそりとおれの部屋に来て、おにーちゃんと寝る、と潜り込んでくる小さな妹を拒否出来る筈がなく、少し寝相の悪い愛莉を抱き締めて寝た。
腕の中にいるのはエディーだ。泣き疲れては寝てを繰り返していたと母さまに聞いたけど、それでもすとんと眠りにつくエディーに、こどもはよく寝るなあと感動すらする。
自分も寝ようと瞼を閉じるとそこに出てくるのはなんで置いてったの、と泣く愛莉だった。
戻ってきて。愛莉のこと置いてかないで。ひとりにしないでよ、おにーちゃんでしょ、なんで愛莉のこといちばんにしてくれないの、ずるいよ、愛莉のおにーちゃんなのに。
おにーちゃん、おにーちゃん、おにーちゃんがそんな理由で死ぬなんて許さない、死ぬ時は愛莉の為じゃないといやだ!
幾らなんでもそんな我儘な子じゃなかった。
けれどなんだか胸が痛くて、起きてからも泣き喚く愛莉のかおが消えなかった。
夢なのに、夢じゃないような。
すやすやと眠る隣のエディーを見下ろし、そのふくふくとした頬を撫で、それでも思い出すのは愛莉のことだった。
エディーもかわいい。だいじな弟だ。比べるのもおかしな話かもしれない。
この場にいないから。長く一緒にいたから。向こうにひとり、残してきてしまったから。
愛莉のことが、彼女のことだけが心残りだったから。
おれは多分、どちらかの世界を選ばされたら愛莉を選ぶのだと思う。
◇◇◇
先に記しておくと、その日もアンリは来なかった。
一緒に行く、と駄々を捏ねるエディーと竜舎で遊んでおしまい。レオンも来なかった。
電話だとか、連絡する手段もないからな、待つか自分から行動するかしか方法がない。
どうせ自分は飛べないから、弱いからと拗ねる竜に連日、そんなことはないよ、十分強いよ、人間は弱いからね、君たちがいてくれて助かるよ!なんて慰めて盛り上げて、悩みを聞いて、おやつを一緒に食べて。
そんなフォローをしながらエディーの面倒を見るのは、少し幼稚園の先生になった気分だった。
竜は頭もいい、賢い。けれど精神はこどものよう。
永く生きる生物だからだろうか。
「あらっ、あらあらあら、真っ黒」
「……ごめんなさい、おれ、生活魔法そこまで上手くないから服を着たまま綺麗に出来なくて」
三つ子の竜と一緒になってごろごろ転がったりしていたせいで、貴族の子とは思えない程汚れて帰ってきた息子を見て母さまは瞳を丸くした。
食事の前に綺麗にしてらっしゃい、とエディーの背中を押し、イヴに貴方もね、と微笑みかける。
頷いてエディーと一緒にまた入浴をして、食事。
アルベールがいなくても日々は過ぎる。
アルベールがいなくても、皆がいる。
優しい家族がいる。
アルベールは帰ってくる。
愛莉だけが、もう約束をすることすら出来ない。
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