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そんなことしないで、と呟いた声は、思いの外弱々しかった。情けない、とは思うけれど、こんな状態で強いことを言える元気も力もなかった。
「んふふ、かわいい」
アンリは推しだというイヴの弱気にご満悦だ。
こんなみっともない姿がかわいいだなんて、やっぱり変わってる。
使用人に見られるのが恥ずかしかったら寝てる振りをしてていいですよ、と言われて迷ったけれど、……やっぱりかおを見られたくない。
もやもやしたままアンリの肩に頭を置いた。
甘いにおいがする。
クッキーと花のにおい。
狡い。
この体温も細い首も、華奢な背中も柔らかい髪も、全部アンリのものなのに。
アルベールとレオンに会いたくなるのは、アンリの力のせいだと思いたかったのに。
「レオンさまのお部屋でいいんですよね」
「ん……」
「ひとりで庭にいたってことはレオンさまも出ていらっしゃるんですか?」
「しごと、行った……」
「じゃあノックもいらないっか」
お邪魔しまあす、と遠慮もなく第一王子の寝室に入る心臓は流石だ。真似する気はないが羨ましくもなる。
おれをベッドへ下ろして、靴を脱がし、上着も脱がす。
シャツとズボンは?と訊かれて、脱がないと首を横に振った。
寝巻きは?楽な格好の方がよくないですか、と提案されたけれど、アンリの前で着替えることに抵抗を感じて、こちらも首を横に振る。
アンリに襲われる、だなんて思ってない。
ただの強がりだ。
「レオンさま、まだ帰ってこないかな……」
流石にかおを合わせたくはないんですけど、と苦笑しながら、ひとりで待つのとどっちがいいですか、とおれに確認した。
正直いない方が気が楽だ。
でもまだアンリには訊きたいことがある。
「アンリ、手……」
「風邪でもないのに人肌さみしくなっちゃいました?かわいーな……っていででで」
「逃がさない、ようにだよっ……」
ぎゅうぎゅうとアンリの手を強く握ってやる。これが今の弱ったおれの精一杯の力だった。
この状態でまた、宜しくね!なんて謎を残して置いてったら許さない。
「なんでっ、そんな、に、おれとふたり、を、くっつけたい、の、」
「……」
「おれにもっ……関係、ある、んだから……っはあ、訊く、権利、あるでしょっ……」
アンリに直に触れてるせいだろうか。それともレオンの寝室のベッドの中だからだろうか。
息が上がってきた気がする。会話にも詰まるくらい。
「だって昔から、ふたりのこと、すきでしょう」
「……すき、だけど」
「兄としてなんて逃げはもうだめですよ、そうやって逃げるからジャンさまを傷付けたこと忘れないで」
「……なんか、怒っ、て」
「ないです、呆れてるだけ」
逃げないから手を離して、力を入れてると疲れるでしょう、とそっとおれの指を剥がした。
頭を撫でようとして、その手でシーツ越しに胸元をぽんぽんと叩いたのは、少し考えたからだろう。
「怒ってないです、本当に。でもそれだと困るんです。ちゃんと受け入れてくれなくちゃ」
これが最後だって言いましたよね、失敗出来ないって。
そうアンリは確認するけれど、だから訊きたいんじゃないか。
最後ってなんで?
アンリは何回も繰り返してきたんじゃないの?何回も死を経験してまで。
「イヴさまが戻ってきちゃったから……」
「なんでそれ、わかったの……皆、家族、も、気付かなかった、のに」
「そりゃあそうでしょう、皆ちょっとした違和感はあったとしても、まさか前世に戻ってくるなんて考えもしないですよ。ぼくは自分がそうだから気付けただけ」
「……戻ってきたら、だめ、だった……?」
「だめじゃないです、ぼくはイヴさまのことすきだけど、今のイヴさまだってイヴさまです、根が……魂が一緒だもの、かわいいに違いはないし」
こうやって内緒話が出来るのも嬉しいんですよ、と笑う。
おれのせいで最後になるのなら恨まれたって仕方ないのに。
「最後っていうのは……絶対ではないんです、ただ、そうだろうな、って思ってるだけで」
「……?」
「失敗したら、イヴさまがどこに行ってしまうかわからないし。次はぼくも、どうなるかわからない、し……」
だから最後だと思ってるだけ。言い聞かせてるだけ。これを最後にしないといけないだけ。
自分ひとりの命には無頓着な癖に、おれを巻き込みたくないということ。
このひとはもう。
どれだけジャンとイヴを守りたいんだ、自分こそだいじにすればいいのに。
「だからお願い、イヴさまも素直になろうよ」
「素直、に、って……」
「レオンさまもアルベールさまもだいじでしょ?ずっとすきだったんでしょ?ぼくにふたりをすきにさせる能力なんてないよ、ただイヴさまの躰をあつくさせただけ。イヴさまがふたりを選んだんだよ」
「……あ、」
ふたりに触ってほしいと思ったのは、おれを見てほしいと思ったのは、アンリのせいじゃない。
アンリを言い訳に、自分の本音を漏らしていただけ。
すきになったらだめだと思っていたから。ふたりを邪魔したらだめだと思っていたから。ずっと傍にいられるよう兄でいてほしかったから。
ふたりがいなくなってしまうことがこわかったから。
「んふふ、かわいい」
アンリは推しだというイヴの弱気にご満悦だ。
こんなみっともない姿がかわいいだなんて、やっぱり変わってる。
使用人に見られるのが恥ずかしかったら寝てる振りをしてていいですよ、と言われて迷ったけれど、……やっぱりかおを見られたくない。
もやもやしたままアンリの肩に頭を置いた。
甘いにおいがする。
クッキーと花のにおい。
狡い。
この体温も細い首も、華奢な背中も柔らかい髪も、全部アンリのものなのに。
アルベールとレオンに会いたくなるのは、アンリの力のせいだと思いたかったのに。
「レオンさまのお部屋でいいんですよね」
「ん……」
「ひとりで庭にいたってことはレオンさまも出ていらっしゃるんですか?」
「しごと、行った……」
「じゃあノックもいらないっか」
お邪魔しまあす、と遠慮もなく第一王子の寝室に入る心臓は流石だ。真似する気はないが羨ましくもなる。
おれをベッドへ下ろして、靴を脱がし、上着も脱がす。
シャツとズボンは?と訊かれて、脱がないと首を横に振った。
寝巻きは?楽な格好の方がよくないですか、と提案されたけれど、アンリの前で着替えることに抵抗を感じて、こちらも首を横に振る。
アンリに襲われる、だなんて思ってない。
ただの強がりだ。
「レオンさま、まだ帰ってこないかな……」
流石にかおを合わせたくはないんですけど、と苦笑しながら、ひとりで待つのとどっちがいいですか、とおれに確認した。
正直いない方が気が楽だ。
でもまだアンリには訊きたいことがある。
「アンリ、手……」
「風邪でもないのに人肌さみしくなっちゃいました?かわいーな……っていででで」
「逃がさない、ようにだよっ……」
ぎゅうぎゅうとアンリの手を強く握ってやる。これが今の弱ったおれの精一杯の力だった。
この状態でまた、宜しくね!なんて謎を残して置いてったら許さない。
「なんでっ、そんな、に、おれとふたり、を、くっつけたい、の、」
「……」
「おれにもっ……関係、ある、んだから……っはあ、訊く、権利、あるでしょっ……」
アンリに直に触れてるせいだろうか。それともレオンの寝室のベッドの中だからだろうか。
息が上がってきた気がする。会話にも詰まるくらい。
「だって昔から、ふたりのこと、すきでしょう」
「……すき、だけど」
「兄としてなんて逃げはもうだめですよ、そうやって逃げるからジャンさまを傷付けたこと忘れないで」
「……なんか、怒っ、て」
「ないです、呆れてるだけ」
逃げないから手を離して、力を入れてると疲れるでしょう、とそっとおれの指を剥がした。
頭を撫でようとして、その手でシーツ越しに胸元をぽんぽんと叩いたのは、少し考えたからだろう。
「怒ってないです、本当に。でもそれだと困るんです。ちゃんと受け入れてくれなくちゃ」
これが最後だって言いましたよね、失敗出来ないって。
そうアンリは確認するけれど、だから訊きたいんじゃないか。
最後ってなんで?
アンリは何回も繰り返してきたんじゃないの?何回も死を経験してまで。
「イヴさまが戻ってきちゃったから……」
「なんでそれ、わかったの……皆、家族、も、気付かなかった、のに」
「そりゃあそうでしょう、皆ちょっとした違和感はあったとしても、まさか前世に戻ってくるなんて考えもしないですよ。ぼくは自分がそうだから気付けただけ」
「……戻ってきたら、だめ、だった……?」
「だめじゃないです、ぼくはイヴさまのことすきだけど、今のイヴさまだってイヴさまです、根が……魂が一緒だもの、かわいいに違いはないし」
こうやって内緒話が出来るのも嬉しいんですよ、と笑う。
おれのせいで最後になるのなら恨まれたって仕方ないのに。
「最後っていうのは……絶対ではないんです、ただ、そうだろうな、って思ってるだけで」
「……?」
「失敗したら、イヴさまがどこに行ってしまうかわからないし。次はぼくも、どうなるかわからない、し……」
だから最後だと思ってるだけ。言い聞かせてるだけ。これを最後にしないといけないだけ。
自分ひとりの命には無頓着な癖に、おれを巻き込みたくないということ。
このひとはもう。
どれだけジャンとイヴを守りたいんだ、自分こそだいじにすればいいのに。
「だからお願い、イヴさまも素直になろうよ」
「素直、に、って……」
「レオンさまもアルベールさまもだいじでしょ?ずっとすきだったんでしょ?ぼくにふたりをすきにさせる能力なんてないよ、ただイヴさまの躰をあつくさせただけ。イヴさまがふたりを選んだんだよ」
「……あ、」
ふたりに触ってほしいと思ったのは、おれを見てほしいと思ったのは、アンリのせいじゃない。
アンリを言い訳に、自分の本音を漏らしていただけ。
すきになったらだめだと思っていたから。ふたりを邪魔したらだめだと思っていたから。ずっと傍にいられるよう兄でいてほしかったから。
ふたりがいなくなってしまうことがこわかったから。
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