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「ぼくのことをすきになってくれるのは嬉しいですけど」
漸くぱっと離された手が、おれの髪を撫でる。母さまの撫で方に似てる、と思った。
嬉しい、ということだ。
アンリのことはやはり、きらいになれない。今回のことで更に好意が先に来てしまう。
「誰にでもそんなこと、言っちゃったらだめですからね」
「誰にでも言う訳……!」
「ふふ、本当はぼくに近付いても危ないんですからね?」
「……何かするの、」
最後の一枚になった、少し欠けたクッキーを割り、片方をおれの口に放り込んだアンリは、ぼくは能力が使えるんですからね、と微笑んだ。
それは知ってる。今更何を、と考えていると、その柔らかい笑みはにんまりと悪戯っぽいものに変わる。
「健全なゲームしかプレイしてないイヴさまは知らないと思うけど、ぼくの本当の能力は多分イヴさまが考えてるものと違うよ」
警戒の仕方が怪しいけど、ぼくにそんなすごい能力がある訳ではないんだよ、ある意味ではすごいけれど、と笑顔のままにじり寄ってくる。
昨晩気づかなかった?と。
「夜……」
「そう。いつもと違ったでしょう?」
「それは、アンリ、の、力のせいで」
「そうだよ、ぼくの力のせい。どうだった?」
昨晩のことは思い出すだけで恥ずかしい。
頭がふわふわして、躰があつくなって。
アルベールとレオンにどうにかしてほしいと、優しくしてほしいと、触ってほしいと思った。
愛されたいと思った。気持ちよくしてもらいたいと、思った。
恥ずかしいくらい、気持ちよかった。
「思い出しちゃった?」
「あ、アンリ、」
「ぼくのこと警戒する割にはすぐに引っかかっちゃうんだよねえ、また油断したでしょ、ぼくはちゃんとこの世界は危ないって教えてあげたのに」
「……っ、」
ふたりの触れた手を、あつい体温を、甘い声を思い出してしまった。
それと同時に、昨晩と同じ、あのふわふわとした感覚。
だってまだ昼間の、こんな、花に囲まれたようなところで、外で、あの話の流れで、アンリがまた能力を使うだなんて思わなかった。
「イヴさまにはその健全なゲームの知識しかないからそれが全てかもしれないけど、元はえっちなゲームが作られるような世界だったんだよ、イヴさまが考えられないような能力もいっぱいあるかもしれませんよ」
「で、も……」
イヴの能力も、アルベールもレオンも家族も、ジャンもユーゴも、能力を知ってるひとたちはおれが知ってるゲームのものと変わりはなかった。
アンリだけ、複雑で、幾つも能力を持っているんじゃないか、そう思っていたけれど。
外れ、と彼は笑った。
「ぼくが持ってるのは単純な能力だけですよ、でもこれが対人間相手だと、まあ都合良く効くんです、結局人間も動物ですねえ」
「ち、ちから、使わ、ないで……」
「試すならイヴさまにって、自分で言ったでしょ」
「まだお昼っ……」
「歩けなくなる前にお部屋まで戻りましょうか」
立てますか、とアンリがまた両手を出す。
素直に掴まるのは癪だと思ったし、危ないとも思ったけれど、この興奮状態で庭園に置いていかれても困る。
その手を掴んで立ち上がるけれど、足に力が上手く入らない。
「抱えていってあげたいけど、流石にそれは無理かなあ」
「……こんなとこでっ……力、使う、からっ」
「ごめんなさい、お部屋に戻ってから使うべきでしたね」
「ちがっ……」
「あ、おんぶしましょうか、おんぶ!はいどうぞ!」
「……!」
華奢な背中を見せて、これでも結構力はある方なんですよ!とおれを急かす。
抱えられるのはお断りだが、おんぶも考えてしまう。目立つだろう。
でもこのままじゃ……レオンたちを待っていたら手遅れだし、何かの間違いでジャンを呼ばれても困る。
庭師が戻ってきて見られるのもいやだし、他の使用人にだって……誰にだって見られたい姿ではない。
アンリへの文句はたくさんあるが、今は受け入れるしかなかった。
「よいしょ、っと……軽いですね、ちゃんと食べてますか」
「誰のせー……でっ、」
「昨日は食べれなかったですか?大丈夫だいじょぶ、毒はないですからね、治まったらまた食欲出てきますから」
「……っ、なんの、能力、つかっ、た、の」
「えー、もうわかるでしょ」
頬にアンリの柔らかい髪が触れる。少し癖っ毛のある細い髪。陽に透けて眩しい。
思わず瞳を閉じた。
おんぶなんていつぶりだっけ、伊吹の小学生の時の体育以来かな。こっちの世界だと、アルベールもレオンもすぐに抱えるから……
ぽかぽかのあたたかい陽射しと、アンリの体温と、ゆっくり歩く振動と、柔らかくて甘い声。女性的ではないのに、どこか落ち着いてしまう。
……落ち着いてる場合じゃないんだけど。
「発情させてるだけですよ」
「はつじょー……」
「そう、発情。ふふ、エロゲ向きの能力でしょ」
「……腹立つ」
「そんなこと言うとレオンさまとアルベールさまにも同じことしちゃいますよお」
アンリの能力は難しいものではない。
単に相手を発情させるだけだから、アンリに好意を持つひとはアンリに夢中になり、他に好意を持つひとはアンリではなくそちらに夢中になるのだ。
ややこしく考えさせていたのはゲームのジャンル違いのせいか。
とはいえ厄介な能力であることにかわりはない。
漸くぱっと離された手が、おれの髪を撫でる。母さまの撫で方に似てる、と思った。
嬉しい、ということだ。
アンリのことはやはり、きらいになれない。今回のことで更に好意が先に来てしまう。
「誰にでもそんなこと、言っちゃったらだめですからね」
「誰にでも言う訳……!」
「ふふ、本当はぼくに近付いても危ないんですからね?」
「……何かするの、」
最後の一枚になった、少し欠けたクッキーを割り、片方をおれの口に放り込んだアンリは、ぼくは能力が使えるんですからね、と微笑んだ。
それは知ってる。今更何を、と考えていると、その柔らかい笑みはにんまりと悪戯っぽいものに変わる。
「健全なゲームしかプレイしてないイヴさまは知らないと思うけど、ぼくの本当の能力は多分イヴさまが考えてるものと違うよ」
警戒の仕方が怪しいけど、ぼくにそんなすごい能力がある訳ではないんだよ、ある意味ではすごいけれど、と笑顔のままにじり寄ってくる。
昨晩気づかなかった?と。
「夜……」
「そう。いつもと違ったでしょう?」
「それは、アンリ、の、力のせいで」
「そうだよ、ぼくの力のせい。どうだった?」
昨晩のことは思い出すだけで恥ずかしい。
頭がふわふわして、躰があつくなって。
アルベールとレオンにどうにかしてほしいと、優しくしてほしいと、触ってほしいと思った。
愛されたいと思った。気持ちよくしてもらいたいと、思った。
恥ずかしいくらい、気持ちよかった。
「思い出しちゃった?」
「あ、アンリ、」
「ぼくのこと警戒する割にはすぐに引っかかっちゃうんだよねえ、また油断したでしょ、ぼくはちゃんとこの世界は危ないって教えてあげたのに」
「……っ、」
ふたりの触れた手を、あつい体温を、甘い声を思い出してしまった。
それと同時に、昨晩と同じ、あのふわふわとした感覚。
だってまだ昼間の、こんな、花に囲まれたようなところで、外で、あの話の流れで、アンリがまた能力を使うだなんて思わなかった。
「イヴさまにはその健全なゲームの知識しかないからそれが全てかもしれないけど、元はえっちなゲームが作られるような世界だったんだよ、イヴさまが考えられないような能力もいっぱいあるかもしれませんよ」
「で、も……」
イヴの能力も、アルベールもレオンも家族も、ジャンもユーゴも、能力を知ってるひとたちはおれが知ってるゲームのものと変わりはなかった。
アンリだけ、複雑で、幾つも能力を持っているんじゃないか、そう思っていたけれど。
外れ、と彼は笑った。
「ぼくが持ってるのは単純な能力だけですよ、でもこれが対人間相手だと、まあ都合良く効くんです、結局人間も動物ですねえ」
「ち、ちから、使わ、ないで……」
「試すならイヴさまにって、自分で言ったでしょ」
「まだお昼っ……」
「歩けなくなる前にお部屋まで戻りましょうか」
立てますか、とアンリがまた両手を出す。
素直に掴まるのは癪だと思ったし、危ないとも思ったけれど、この興奮状態で庭園に置いていかれても困る。
その手を掴んで立ち上がるけれど、足に力が上手く入らない。
「抱えていってあげたいけど、流石にそれは無理かなあ」
「……こんなとこでっ……力、使う、からっ」
「ごめんなさい、お部屋に戻ってから使うべきでしたね」
「ちがっ……」
「あ、おんぶしましょうか、おんぶ!はいどうぞ!」
「……!」
華奢な背中を見せて、これでも結構力はある方なんですよ!とおれを急かす。
抱えられるのはお断りだが、おんぶも考えてしまう。目立つだろう。
でもこのままじゃ……レオンたちを待っていたら手遅れだし、何かの間違いでジャンを呼ばれても困る。
庭師が戻ってきて見られるのもいやだし、他の使用人にだって……誰にだって見られたい姿ではない。
アンリへの文句はたくさんあるが、今は受け入れるしかなかった。
「よいしょ、っと……軽いですね、ちゃんと食べてますか」
「誰のせー……でっ、」
「昨日は食べれなかったですか?大丈夫だいじょぶ、毒はないですからね、治まったらまた食欲出てきますから」
「……っ、なんの、能力、つかっ、た、の」
「えー、もうわかるでしょ」
頬にアンリの柔らかい髪が触れる。少し癖っ毛のある細い髪。陽に透けて眩しい。
思わず瞳を閉じた。
おんぶなんていつぶりだっけ、伊吹の小学生の時の体育以来かな。こっちの世界だと、アルベールもレオンもすぐに抱えるから……
ぽかぽかのあたたかい陽射しと、アンリの体温と、ゆっくり歩く振動と、柔らかくて甘い声。女性的ではないのに、どこか落ち着いてしまう。
……落ち着いてる場合じゃないんだけど。
「発情させてるだけですよ」
「はつじょー……」
「そう、発情。ふふ、エロゲ向きの能力でしょ」
「……腹立つ」
「そんなこと言うとレオンさまとアルベールさまにも同じことしちゃいますよお」
アンリの能力は難しいものではない。
単に相手を発情させるだけだから、アンリに好意を持つひとはアンリに夢中になり、他に好意を持つひとはアンリではなくそちらに夢中になるのだ。
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