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 一発引っぱたいてやろうかと思った。
 この人物、やってることはとんでもなくて、ひとの為にそんなこと出来るんだ、とこわいくらい善行……善行でいいのか、これは……出来るのに、口を開くと緊張感がないんだ。
 ……何だろう、死が絡んでる割に、自分だって何度も死んでる割には、あっけらかんとしてるのは、ゲーム内容が酷い十八禁ゲームのようなことをそのまま体験しているからだろうか。
 それにしても心臓が強過ぎる気がする。

「普通はそんな簡単にえっ……ちなこと、やらないんですよ!」
「でもこれは重要なんで!だいじ!」
「えっちなことなんてしなくてもちゃんとレオンさまもアル兄さまもすき……です、し……」
「そういうとこですよ!」
「は」

 迷われると困るんです、とアンリ。
 迷ってなんかない、ちゃんとすきだ、ふたりがいなくなったら困るし、アンリに取られたくなかったから頑張ったんだ。
 それを迷ってると言われると……

「昨晩のこと、さっきは茶化して終わっちゃいましたけど、まぁ結構、そこそこのことはしましたでしょ?」
「ゔっ」
「強引なことしたのはわかってますよ、怒られても仕方ないって。でもそうでもしなきゃ、進まないでしょ、貴方たち」

 やはり能力を使っていたのだろう、あっさりと認めた。
 でもそうでもない、アルベールもおれに手を出したし、キスだって。
 それをアンリに言うのは躊躇ってしまい、言えなかった。
 そういう話を誰かにするなんて経験、なかったから。相談相手なんていなかった。

「あのですねえ、」
「……」
「……イヴさまもそうだったんですけど。あ、貴方がこっちに来る前のね?どっちのイヴさまもふたりのこと、お兄さまだから、なあんて、ずっと線引きしてましたよね」
「そりゃあ事実お兄さまですし」
「アルベールさまは養子だし、レオンさまは全くの他人でしょう」
「アル兄さまは養子でもずっと兄として暮らしてきたんですよ、血が繋がってなくても兄さまだし、レオンさまだって、その兄の婚約者だし、小さな頃は面倒見てもらってたし」

 ずっと同じ言い訳をしてるのもわかってる。多分イヴもそうだったんだろう。
 でも本音でもあるんだ。
 倫理観とか、そういうのが邪魔をするというか、当たり前というか。
 血が繋がってなくたって立派な兄弟だ。アルベールはだいすきな兄だ。
 レオンはその兄の婚約者で、幼馴染とまではいかなくても、弟のようにかわいがってもらってた相手。
 そんなひとたちに恋愛感情を持つことは間違ってる。

「じゃあふたりがぼくのことをすきになってもいいんですか」

 アンリのその言葉も普通なら、何言ってるんだか、と鼻で笑って終わりだ。
 でもアンリの性格も、容姿も、能力も、それをすることは可能だと思うと、冷静でいられない。
 だからアンリとふたりが会うことを避けてきたのに。

「……ジャンさまがいるじゃないですか」
「まだ婚約とかしてませんし」
「ジャンさまのこと、すきって」
「ええすきですよ、でもレオンさまとアルベールさまがぼくのことをすきになるのは関係ないでしょ」
「勝手に気持ちを変えるのはだめだとおも……いや、そこまでの力はない、ですよね?」

 少しでもアンリに気持ちがあれば皆アンリのことを選ぶけれど、その相手が他のひとを想っていれば、その感情が増幅する。
 ふたりがアンリのことをいちばんにするのも、おれをいちばんにするのもどちらもいやだと思っていた。
 おれのことをすきだというふたりが、アンリのことをすきになるなんて、そんな訳ない、と言いたいけれど、それを言う権利はおれにはない。

 アンリは瞳を丸くして、少し考えていた。
 それから、そうか、イヴさまは知らないのか、と呟く。何をだ。

 知らないことがたくさんある。
 アンリから色々話を聞いても尚。
 アンリはまだ知ってることがたくさんある、きっと。
 ごくんと息を呑んで、変えることが出来るのか訊いたおれに、アンリは少し意地悪なかおをして、試してみます?と囁いた。

「……試しちゃだめ」
「何をです?」
「た、試すならおれに試して。ふたりには何にもしないで」
「そんなこと言っちゃっていいんですか?」

 だっておれがアンリをすきになるのは支障はない。
 今だって別にきらいじゃないし、もう婚約者はいない。
 レオンとアルベールは婚約者だから。ややこしいことになるから。だからアンリをすきになっちゃだめ。
 そう。婚約者がいるから。だから。

「この期に及んでまだ言い訳するんだからなあ」
「……言い訳なんかじゃ、」
「良いんですか?ぼくのことすきになっちゃっても。ぼくはジャンさまがすきなんですよ?ひとりぼっちになっちゃいますよ?」
「それは別に……でもイヴのこともすきなんでしょ」
「ん~……まあ意味は違うんですけど。でもやることやれますよ、イヴさまのえっちな絵、ぼくがいっぱい描いたって話、もう忘れましたか?」

 見た目こそ天使のような彼が話すことは少し意地悪だ。
 それでも何でだろう、結局は大丈夫だろう、と思ってしまうのは、口先だけの意地悪だろうと安心してしまうのは、それはアンリの能力のせいじゃなくて、彼のことを知ってしまったからだと思う。おれを、イヴを助けようとしているから。
 ……流石にアルベールとレオンは差し出せないけれど。
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