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結果イヴさまには迷惑掛けちゃったんですけど、とおれの手を握ったまま、その甲で頬を撫でる。手を離す気はないらしい。
そういえば、竜舎で会った時も気にしていたな、と思い出す。
頬の痛みなんかより、思い出すのはあの時の羞恥心、惨めさ。
あんなところで、皆の前で。そう思っていたけれど。
「皆の前で婚約破棄をさせることが重要だったんです。後戻り出来ないって思うでしょう?今更元に戻るなんて言えなくなるでしょう?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「ぼくの能力も限界がありますからね、卑怯だろうが狡いと言われようがこっちはそんなこと気にしてられませんから」
何しろ命が掛かっている。
飄々と生きているように見えていた。そのアンリは華奢な背中に随分と重いものを背負ってしまってるようだ。
にこにこしながら話すことは、さらりと流しながらのせいで聴き逃してしまいそうだけど、とんでもないことばかりだ。
「そうはわかってるんですけど、あの時の泣きそうなくらい不安そうで小さくなったイヴさまを考えると、酷いことをしたなあって思うんです」
「……そりゃあ、まあ、あの時は……」
「ちょっと、その、かわいいとは思っちゃったんですけど」
「……またそういうことを」
「だってイヴさま、あの頃はもうずっと諦めたようなかおしかしてくれなくて……まあそれもぼくたちの……ぼくのせいなんですけどね」
卒業前は確かにもうイヴは諦めていた。
アンリに勝てないとわかっていた。でも卒業したら、学園を出たら、アンリと皆なかなか会えなくなる、そうなったらまた、ジャンと、ユーゴと、他のひとたちと関わることも、また。
……そうしたら婚約者として、友人として、少しくらい話を、なんてちょっとした期待もあった。
けれど婚約破棄を言い渡された時、そんな期待は全部崩れてしまった。
ジャンの冷たい声、周りの冷たい視線、誰ひとりイヴを庇うどころか、話しかけも心配もしてくれなかった。
思い出すとまだ胸がばくばくする。
もうあんな経験はしたくない。
けれどアンリはもっと酷い体験をしてるのだと知ってしまうと、文句なんて言えなくなってしまった。
イヴを殺させない為に、ジャンを死なせない為に。
その為に自分が何度も死ぬなんて。
……それはそれで狂気だとも思うけど。
「でもお陰で今のところめちゃくちゃ順調です」
「順調……」
「死ぬ気配がなくて助かる」
「死ぬ気配」
何だかアンリだけ別のゲームしてない?
恋愛ゲームじゃなくない?
そう心の中で突っ込んでいると、あれ、と気付いてしまう。
「……ゲームの内容が違うのって、アンリが前世を変えたからってことになるのかな」
「そうかもしれませんね、主人公がイヴさまじゃなくてぼくになってるのは笑っちゃうけど」
でも、と視線をあわせて、瞳を細めた。
アンリが柔らかく笑うかおはゲームと同じ、まるで美少女のよう。
「あのゲームだとイヴさまが心配だから、普通の恋愛ゲームになってよかったかも。……まあその感じだと、当て馬ってとこだからその、そういう意味では結構傷付けたかもしれないけど」
でも本当にあのゲームよりましだから!多分!ね、頑張ったんですからね!と念を押すアンリに笑ってしまう。
安心させたいんだか、内心気まずいと思ってるのだか、褒めてほしいんだか。
多分全部そうなのだと思う。
前の世界では年上でも、こっちで何度もやり直していても。
多分このひとは、そういうところは純粋で、だからアンリをやってこれたのかもしれない。
心が壊れなかったのは、折れなかったのはすごいと思うけど。
「でももうおれも知っちゃったし」
「うん?」
「これからはおれも、その、おれが死なないように、頑張ります」
「そーしてくれると助かるー」
アンリが守ろうとしたのは、イヴとジャンの命、それから自分の恋心。
やってることも言ってることもとんでもないのに、ジャンの為に瞳をきらきらと輝かせるアンリは、間違いなく主人公だと思った。
イヴが主人公だったという事実にもやっぱりなと納得したのだけど、でもそれを超えるくらいのことをしている。
次はおれが彼を支える番なんだろう。
「まあこれで話の流れはわかりましたね!」
「流れっていうか」
「ぼくももやもやしてたからイヴさまとお話出来てすっきりしました!かわいいし!」
「かわいいは関係ないんじゃ」
「超重要です、やる気に関わる」
「はあ……」
ここが前世であること、生まれ変わった世界でイヴが主人公のゲームに関わったアンリがまた前世に戻り、イヴとジャンを救うことでゲームの内容が変わり、そのゲームをプレイした伊吹が前世のイヴに戻り、今に至るということ。
ややこしいなあ、とアンリは笑う。
でも待って、アンリには役目があった。イヴとジャンを救いたいという想いから。
伊吹は何故イヴに戻ったのか。
前世に戻る意味があったのか。イヴはイヴのままではだめだったのか。
そう考えるおれに、アンリはイヴさまにはしてもらわなきゃいけないことがあります、と口を開く。
またしても、とんでもないことを。
「レオンさまかアルベールさま、或いは両方と、さっさとヤっちゃいましょうか!」
そういえば、竜舎で会った時も気にしていたな、と思い出す。
頬の痛みなんかより、思い出すのはあの時の羞恥心、惨めさ。
あんなところで、皆の前で。そう思っていたけれど。
「皆の前で婚約破棄をさせることが重要だったんです。後戻り出来ないって思うでしょう?今更元に戻るなんて言えなくなるでしょう?」
「……それは、そうかもしれないけど」
「ぼくの能力も限界がありますからね、卑怯だろうが狡いと言われようがこっちはそんなこと気にしてられませんから」
何しろ命が掛かっている。
飄々と生きているように見えていた。そのアンリは華奢な背中に随分と重いものを背負ってしまってるようだ。
にこにこしながら話すことは、さらりと流しながらのせいで聴き逃してしまいそうだけど、とんでもないことばかりだ。
「そうはわかってるんですけど、あの時の泣きそうなくらい不安そうで小さくなったイヴさまを考えると、酷いことをしたなあって思うんです」
「……そりゃあ、まあ、あの時は……」
「ちょっと、その、かわいいとは思っちゃったんですけど」
「……またそういうことを」
「だってイヴさま、あの頃はもうずっと諦めたようなかおしかしてくれなくて……まあそれもぼくたちの……ぼくのせいなんですけどね」
卒業前は確かにもうイヴは諦めていた。
アンリに勝てないとわかっていた。でも卒業したら、学園を出たら、アンリと皆なかなか会えなくなる、そうなったらまた、ジャンと、ユーゴと、他のひとたちと関わることも、また。
……そうしたら婚約者として、友人として、少しくらい話を、なんてちょっとした期待もあった。
けれど婚約破棄を言い渡された時、そんな期待は全部崩れてしまった。
ジャンの冷たい声、周りの冷たい視線、誰ひとりイヴを庇うどころか、話しかけも心配もしてくれなかった。
思い出すとまだ胸がばくばくする。
もうあんな経験はしたくない。
けれどアンリはもっと酷い体験をしてるのだと知ってしまうと、文句なんて言えなくなってしまった。
イヴを殺させない為に、ジャンを死なせない為に。
その為に自分が何度も死ぬなんて。
……それはそれで狂気だとも思うけど。
「でもお陰で今のところめちゃくちゃ順調です」
「順調……」
「死ぬ気配がなくて助かる」
「死ぬ気配」
何だかアンリだけ別のゲームしてない?
恋愛ゲームじゃなくない?
そう心の中で突っ込んでいると、あれ、と気付いてしまう。
「……ゲームの内容が違うのって、アンリが前世を変えたからってことになるのかな」
「そうかもしれませんね、主人公がイヴさまじゃなくてぼくになってるのは笑っちゃうけど」
でも、と視線をあわせて、瞳を細めた。
アンリが柔らかく笑うかおはゲームと同じ、まるで美少女のよう。
「あのゲームだとイヴさまが心配だから、普通の恋愛ゲームになってよかったかも。……まあその感じだと、当て馬ってとこだからその、そういう意味では結構傷付けたかもしれないけど」
でも本当にあのゲームよりましだから!多分!ね、頑張ったんですからね!と念を押すアンリに笑ってしまう。
安心させたいんだか、内心気まずいと思ってるのだか、褒めてほしいんだか。
多分全部そうなのだと思う。
前の世界では年上でも、こっちで何度もやり直していても。
多分このひとは、そういうところは純粋で、だからアンリをやってこれたのかもしれない。
心が壊れなかったのは、折れなかったのはすごいと思うけど。
「でももうおれも知っちゃったし」
「うん?」
「これからはおれも、その、おれが死なないように、頑張ります」
「そーしてくれると助かるー」
アンリが守ろうとしたのは、イヴとジャンの命、それから自分の恋心。
やってることも言ってることもとんでもないのに、ジャンの為に瞳をきらきらと輝かせるアンリは、間違いなく主人公だと思った。
イヴが主人公だったという事実にもやっぱりなと納得したのだけど、でもそれを超えるくらいのことをしている。
次はおれが彼を支える番なんだろう。
「まあこれで話の流れはわかりましたね!」
「流れっていうか」
「ぼくももやもやしてたからイヴさまとお話出来てすっきりしました!かわいいし!」
「かわいいは関係ないんじゃ」
「超重要です、やる気に関わる」
「はあ……」
ここが前世であること、生まれ変わった世界でイヴが主人公のゲームに関わったアンリがまた前世に戻り、イヴとジャンを救うことでゲームの内容が変わり、そのゲームをプレイした伊吹が前世のイヴに戻り、今に至るということ。
ややこしいなあ、とアンリは笑う。
でも待って、アンリには役目があった。イヴとジャンを救いたいという想いから。
伊吹は何故イヴに戻ったのか。
前世に戻る意味があったのか。イヴはイヴのままではだめだったのか。
そう考えるおれに、アンリはイヴさまにはしてもらわなきゃいけないことがあります、と口を開く。
またしても、とんでもないことを。
「レオンさまかアルベールさま、或いは両方と、さっさとヤっちゃいましょうか!」
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