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「ちゃんとイヴさまが、ふたりのこと……どちらでもいいけど、すきになってくれなきゃ」
「そんなの、……アンリに関係ないじゃないですか」
「そうだけど!関係あるの!」
関係ないけど関係あるとは。
いい加減ここまで濁されるともやもやどころでは済まなくなってくる。
だっておれに関係することなんでしょ、自分がどうすべきかわからないのに、誰かに操縦されているような……そんな気持ちの悪いことがずっと続いてるような。
そのもやもや苛々と同時に浮かぶのは、もしかして、という疑問。
おれ自身が、今まさに不思議な体験をしている最中だ。
他の誰もがそうでないとは言いきれない。
もしかして、アンリも、と言いかけてしまった口を噤んだ。
……おれから言うのはなしだ。
「もうここまで来たら話してもらわないと。……失敗、出来ない、最後だって、言ってたよね」
「言いましたぁ……」
「そんなに言い辛いですか、いや、そりゃあおれには……その、言い辛いとは思うけど」
仲が良かった訳じゃない、寧ろ恋敵のようなもので、敵対する役目だった。
イヴは婚約者や友人を取られた立場で、アンリはかわいそうな王子や友人を助けた立場。
お互いきらいでも、憎しみあっててもおかしくない。
でもアンリはイヴのことがすきだ、仲良くなりたいと言った。
おれはゲームのことを知っていたから、アンリのことをきらいになんてなれなかった。悪気がある訳じゃないと知ってる。
何も知らない筈のアンリがおれをすきだと言う方がきっと、おかしいのだ。
「なんでおれに、能力を使うの」
「……イヴさまには、その、レオンさまかアルベールさまがお似合いかと」
「お似合いとか、そういう話じゃないですよね、無理矢理能力使ってそういうことさせるのって、おかしくないですか」
「……」
「おれとジャンさまが婚約していたらだめな理由があるんじゃないですか」
おれが知らないことをアンリは知っている。
そしてゲームをプレイしてないと知らないようなこと、そのゲームをしていたおれでも知らないこと。
アンリはおれよりずっと、この世界のことを知っているのだ。
「じゃあぼくも確認しますよ」
「な、なにを」
「……貴方は誰ですか」
おれの質問に戸惑っていたアンリが息を吸う。
その小さな唇がら出た鋭い声に、空気が凍った。
風の音、葉の擦れる音、鳥の飛ぶ音、遠くから微かに聞こえるひとの声。それらが聞こえるくらいに。心臓がきゅっとなる。
アンリは知っている。
イヴがイヴでなくなったことを。
いや、伊吹であり、イヴでもある。ちゃんとイヴだ、消えてない。だってそうじゃなきゃ、幼少期からのイヴの記憶を持っている筈がない。
おれが、イヴで、伊吹なのだ、そうでなきゃ、どちらの記憶も感情も、容姿だって共有してる意味がわからない。
「誰って……」
イヴだよ、と言おうとして、アルベールに何か混ざっているような、と言われたことを思い出した。
何かを知ってるようだし、まさかアンリもアルベールと同じ予知能力があって、何か見えてるのだろうか。でも主人公とはいえ、アンリにだけ複数の能力があるものだろうか。
「……濁されるの、いやです」
「ぼくからしたら濁してるのはイヴさまもですよ」
「だって……」
濁してるんじゃない、知らないだけだ。ゲームの世界に来たようだと、それだけ。
おれの知ってるゲームの内容は学園生活で終わり。それ以降は何の知識もないまま、ただ普通に、流されるまま生きているだけ。
こうしたらいい、ああしたらいい、なんて知らない。
アンリのように、これが最後だとか、そんなことは何も。
「別にイヴさまのこと、偽物だなんて思ってないですよ」
でも、イヴさまだけじゃないですよね、そう言われて、ああ、もう話していいのかな、アンリには、と思ってしまった。
知ってるのなら隠しても意味がない。
それならおれがここにいる意味だとか、前の世界のことだとか、知りたいことは多々ある。
頭がおかしいと思われるに決まってると思ってた。
ゲームの世界の人間に、ここはゲームの世界ですよね、なんて訊いて、そうですよ、と答えが返ってくるとは思ってない。皆にとっては現実の世界なのだから。
だから誰にもそんなことは話してない。
いいのかな、アンリには訊いても、話しても。
いいよね、絶対何か知ってる感じだもんね、これでゲームオーバーになんてなったりしないよね。急に真っ暗になんか、ならないよね?
アルベールもレオンも、両親もエディーもマリアたちも、消えたりなんか、しないよね?
ごくりと唾を呑み込んだ。
そうだ、何も知らないから。
この先の失敗を恐れてしまうのだ。
「……アンリはもう、わかっててそんなこと、言うんだよね」
こくん、と小さな頭が頷いた。
うん、と呟いた声は躊躇いがなかった。
「ここが、ゲームの中だって」
「これは、前世だって」
「……は?」
「ゲーム?」
お互いの被った声に間を置いて、ふたりとも間の抜けたような声を出してしまった。
アンリはなんて言った?前世?こんな、魔法だとか竜がいるような世界で前世?聞き間違いかな?
「前世って……」
そう零した声はアンリには届かなかったようだ。
どこまで知ってるの、と食い気味に頭を寄せて来た。
「そんなの、……アンリに関係ないじゃないですか」
「そうだけど!関係あるの!」
関係ないけど関係あるとは。
いい加減ここまで濁されるともやもやどころでは済まなくなってくる。
だっておれに関係することなんでしょ、自分がどうすべきかわからないのに、誰かに操縦されているような……そんな気持ちの悪いことがずっと続いてるような。
そのもやもや苛々と同時に浮かぶのは、もしかして、という疑問。
おれ自身が、今まさに不思議な体験をしている最中だ。
他の誰もがそうでないとは言いきれない。
もしかして、アンリも、と言いかけてしまった口を噤んだ。
……おれから言うのはなしだ。
「もうここまで来たら話してもらわないと。……失敗、出来ない、最後だって、言ってたよね」
「言いましたぁ……」
「そんなに言い辛いですか、いや、そりゃあおれには……その、言い辛いとは思うけど」
仲が良かった訳じゃない、寧ろ恋敵のようなもので、敵対する役目だった。
イヴは婚約者や友人を取られた立場で、アンリはかわいそうな王子や友人を助けた立場。
お互いきらいでも、憎しみあっててもおかしくない。
でもアンリはイヴのことがすきだ、仲良くなりたいと言った。
おれはゲームのことを知っていたから、アンリのことをきらいになんてなれなかった。悪気がある訳じゃないと知ってる。
何も知らない筈のアンリがおれをすきだと言う方がきっと、おかしいのだ。
「なんでおれに、能力を使うの」
「……イヴさまには、その、レオンさまかアルベールさまがお似合いかと」
「お似合いとか、そういう話じゃないですよね、無理矢理能力使ってそういうことさせるのって、おかしくないですか」
「……」
「おれとジャンさまが婚約していたらだめな理由があるんじゃないですか」
おれが知らないことをアンリは知っている。
そしてゲームをプレイしてないと知らないようなこと、そのゲームをしていたおれでも知らないこと。
アンリはおれよりずっと、この世界のことを知っているのだ。
「じゃあぼくも確認しますよ」
「な、なにを」
「……貴方は誰ですか」
おれの質問に戸惑っていたアンリが息を吸う。
その小さな唇がら出た鋭い声に、空気が凍った。
風の音、葉の擦れる音、鳥の飛ぶ音、遠くから微かに聞こえるひとの声。それらが聞こえるくらいに。心臓がきゅっとなる。
アンリは知っている。
イヴがイヴでなくなったことを。
いや、伊吹であり、イヴでもある。ちゃんとイヴだ、消えてない。だってそうじゃなきゃ、幼少期からのイヴの記憶を持っている筈がない。
おれが、イヴで、伊吹なのだ、そうでなきゃ、どちらの記憶も感情も、容姿だって共有してる意味がわからない。
「誰って……」
イヴだよ、と言おうとして、アルベールに何か混ざっているような、と言われたことを思い出した。
何かを知ってるようだし、まさかアンリもアルベールと同じ予知能力があって、何か見えてるのだろうか。でも主人公とはいえ、アンリにだけ複数の能力があるものだろうか。
「……濁されるの、いやです」
「ぼくからしたら濁してるのはイヴさまもですよ」
「だって……」
濁してるんじゃない、知らないだけだ。ゲームの世界に来たようだと、それだけ。
おれの知ってるゲームの内容は学園生活で終わり。それ以降は何の知識もないまま、ただ普通に、流されるまま生きているだけ。
こうしたらいい、ああしたらいい、なんて知らない。
アンリのように、これが最後だとか、そんなことは何も。
「別にイヴさまのこと、偽物だなんて思ってないですよ」
でも、イヴさまだけじゃないですよね、そう言われて、ああ、もう話していいのかな、アンリには、と思ってしまった。
知ってるのなら隠しても意味がない。
それならおれがここにいる意味だとか、前の世界のことだとか、知りたいことは多々ある。
頭がおかしいと思われるに決まってると思ってた。
ゲームの世界の人間に、ここはゲームの世界ですよね、なんて訊いて、そうですよ、と答えが返ってくるとは思ってない。皆にとっては現実の世界なのだから。
だから誰にもそんなことは話してない。
いいのかな、アンリには訊いても、話しても。
いいよね、絶対何か知ってる感じだもんね、これでゲームオーバーになんてなったりしないよね。急に真っ暗になんか、ならないよね?
アルベールもレオンも、両親もエディーもマリアたちも、消えたりなんか、しないよね?
ごくりと唾を呑み込んだ。
そうだ、何も知らないから。
この先の失敗を恐れてしまうのだ。
「……アンリはもう、わかっててそんなこと、言うんだよね」
こくん、と小さな頭が頷いた。
うん、と呟いた声は躊躇いがなかった。
「ここが、ゲームの中だって」
「これは、前世だって」
「……は?」
「ゲーム?」
お互いの被った声に間を置いて、ふたりとも間の抜けたような声を出してしまった。
アンリはなんて言った?前世?こんな、魔法だとか竜がいるような世界で前世?聞き間違いかな?
「前世って……」
そう零した声はアンリには届かなかったようだ。
どこまで知ってるの、と食い気味に頭を寄せて来た。
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