74 / 192
6
73
しおりを挟む
腹は減ったか、と訊かれ、首を横に振った。
ジャンのお陰で胸のぐるぐるは治まったけれど、ふたりのせいでまたもやもやしてしまう。
裸足で外に出てしまったのは悪かったけど、足くらい自分で綺麗に出来るし、そしたら部屋までひとりで歩けた。抱っこをせがむ、エディーのような幼いこどもじゃない。
そもそもふたりしていなくなってしまったことが出て行った原因なのだし。
「夕食は部屋に用意しようと思ってな」
「ひとが揃ったところは少し……嫌でしょう」
簡単なものしか用意をしてないが、とワゴンを指す。……良いにおいがする。
アンリが言っていた通り。ジャンとの件で好奇の視線が集まらないよう、別室にとわざわざ用意してくれたのだ。
……おれとアルベールは家に帰ればいい話だと思うんだけど。
「少しでいいから食べようか」
「食べたら帰っていい……?」
「そんなに帰りたいと言われると堪えるんだが」
「……だって」
だってここにいるともっとおかしくなってしまいそう。
「まあいい、先に食事だ、俺は腹が減った」
「イヴも無理をしない程度でいいから食べようか」
おいで、と手を引かれて、テーブルに着く。
簡単なもの、と出されたものは焼いた肉と魚、サラダにスープにパンとカットされた果物。
確かにコースのように使用人が横に立つようなものよりは簡単なものだけれど。
ちら、と周りを見ても、使用人はいない。アルベールとレオンしかこの部屋にはいなかった。
皿を並べる準備くらいしに来そうだけど、とそう考えていたのがわかったのか、払ってるだけだ、とレオンがなんでもないように口にした。
その言葉の足りない様子に、アルベールが苦笑する。
「気疲れしないようにね。僕たちしかいないから、ゆっくり食べなさい」
「うん……」
暫くは食器の音と、咀嚼する音が響くだけだった。
ふたりとも静かなものだ。昼間はもうちょっと楽しげだったのに。
フォークの止まったおれに、もういいの、とアルベールが声を掛け、それに頷く。
やっぱりなんだか胸がいっぱいで食べられない。吐き気とかはもうないのだけど。
ふたりは気にせず食べてと伝え、水を喉に流し込む。
ぼんやりした頭の中ではアンリの言葉がぐるぐるしていた。
さっきの言葉はどういう意味だろう。
失敗出来ない、最後、強引でも。
能力を使っていた。それはおれに、という意味だろうか。
魔力詰まりの原因がアンリだと認めるのなら、それはおれに、ということであってるのだろう。
何故?
理由は内緒。
おれがアンリのことをすきになったって、きっとアンリはジャンと婚約するだろう。ジャンのことがすきだとはっきり言った。イヴよりもしあわせにすると。
そこにおれが割って入ったら面倒なことになるのではないか。ジャンは嫌がるだろう。
……いや、違う、もしかして、その好意を持つ相手はアンリではない?
アンリへの想いではなくて、アルベールとレオンへのもの。
そのふたりを想定しているのかはわからないけれど、確かにおれはおかしくなっている。
魔力詰まりが起きる前、ふたりのことを考えていた。
触れてほしい、気持ちよかった、なんて、そんなことを。
アンリへの恋心ではない、アルベールとレオンへの想いを増幅させられている。
何故かはわからない。アンリは自分に向けさせようとしたのに、おれにアンリへの恋心が生まれなかっただけかもしれない。
単にいつも通り、誰かに向かう筈だった恋心がたまたまアルベールとレオンだっただけかもしれない。
何故そのふたり?
そうアンリが狙ったのか、それとも誰でもよかったのか。
アンリの能力は、多少であっても、元となる気持ちが存在しなければ発動しない。
勝手に気持ちを作ることは出来ない。
つまりジャンは本当にアンリのことがすきになったからイヴではなくアンリを選んだし、これまでのイヴはアンリに惹かれなかったし、ジャンのことも誰のこともすきになったことはなかった。
そういうところが、イヴよりアンリの方がジャンをしあわせに出来るという根拠なのかもしれない。
ジャンがアンリを選んだのは、イヴが悪いのかもしれない。
婚約者への気持ちがなかったから見限られて当然だったのかもしれない。
じゃあ、今のおれは?
恋なんてしない筈だった。現に誰にもそんな兆候はなかった。
なんで今、急に?
この短期間でレオンとアルベールに?
確かにふたりとも、妙に積極的だった。
触られたことも、キスをされたことも強引だった。
でもどちらも一回のこと。それ以外は穏やかなもので、その、話をしても、触れられても、どきどきしても、急激に恋をする、なんてことはなくて。
諦めないと、あの日から接する度に、意識する毎に、その短期間とはいえじわじわとすきになっていったということなのだろうか。
優しくされて、あの瞳に見つめられて、触れられて、愛されることを実感して、落とされてしまったということなのだろうか。
ふたりのことを考えると安心する。胸があつくなる。頭がふわふわする。触ってほしくなる。
それがすきだということなら、そうさせられてしまったのだ。
だめだとわかっていても、嫌だと思っていても、それでもふたりのことが気になってしまって、慣らされて、意識して、すきだと気付いてしまった。
どちらか一方でもなく、ふたりともだなんて我儘で最低で最悪で、少し、安心した。
ジャンのお陰で胸のぐるぐるは治まったけれど、ふたりのせいでまたもやもやしてしまう。
裸足で外に出てしまったのは悪かったけど、足くらい自分で綺麗に出来るし、そしたら部屋までひとりで歩けた。抱っこをせがむ、エディーのような幼いこどもじゃない。
そもそもふたりしていなくなってしまったことが出て行った原因なのだし。
「夕食は部屋に用意しようと思ってな」
「ひとが揃ったところは少し……嫌でしょう」
簡単なものしか用意をしてないが、とワゴンを指す。……良いにおいがする。
アンリが言っていた通り。ジャンとの件で好奇の視線が集まらないよう、別室にとわざわざ用意してくれたのだ。
……おれとアルベールは家に帰ればいい話だと思うんだけど。
「少しでいいから食べようか」
「食べたら帰っていい……?」
「そんなに帰りたいと言われると堪えるんだが」
「……だって」
だってここにいるともっとおかしくなってしまいそう。
「まあいい、先に食事だ、俺は腹が減った」
「イヴも無理をしない程度でいいから食べようか」
おいで、と手を引かれて、テーブルに着く。
簡単なもの、と出されたものは焼いた肉と魚、サラダにスープにパンとカットされた果物。
確かにコースのように使用人が横に立つようなものよりは簡単なものだけれど。
ちら、と周りを見ても、使用人はいない。アルベールとレオンしかこの部屋にはいなかった。
皿を並べる準備くらいしに来そうだけど、とそう考えていたのがわかったのか、払ってるだけだ、とレオンがなんでもないように口にした。
その言葉の足りない様子に、アルベールが苦笑する。
「気疲れしないようにね。僕たちしかいないから、ゆっくり食べなさい」
「うん……」
暫くは食器の音と、咀嚼する音が響くだけだった。
ふたりとも静かなものだ。昼間はもうちょっと楽しげだったのに。
フォークの止まったおれに、もういいの、とアルベールが声を掛け、それに頷く。
やっぱりなんだか胸がいっぱいで食べられない。吐き気とかはもうないのだけど。
ふたりは気にせず食べてと伝え、水を喉に流し込む。
ぼんやりした頭の中ではアンリの言葉がぐるぐるしていた。
さっきの言葉はどういう意味だろう。
失敗出来ない、最後、強引でも。
能力を使っていた。それはおれに、という意味だろうか。
魔力詰まりの原因がアンリだと認めるのなら、それはおれに、ということであってるのだろう。
何故?
理由は内緒。
おれがアンリのことをすきになったって、きっとアンリはジャンと婚約するだろう。ジャンのことがすきだとはっきり言った。イヴよりもしあわせにすると。
そこにおれが割って入ったら面倒なことになるのではないか。ジャンは嫌がるだろう。
……いや、違う、もしかして、その好意を持つ相手はアンリではない?
アンリへの想いではなくて、アルベールとレオンへのもの。
そのふたりを想定しているのかはわからないけれど、確かにおれはおかしくなっている。
魔力詰まりが起きる前、ふたりのことを考えていた。
触れてほしい、気持ちよかった、なんて、そんなことを。
アンリへの恋心ではない、アルベールとレオンへの想いを増幅させられている。
何故かはわからない。アンリは自分に向けさせようとしたのに、おれにアンリへの恋心が生まれなかっただけかもしれない。
単にいつも通り、誰かに向かう筈だった恋心がたまたまアルベールとレオンだっただけかもしれない。
何故そのふたり?
そうアンリが狙ったのか、それとも誰でもよかったのか。
アンリの能力は、多少であっても、元となる気持ちが存在しなければ発動しない。
勝手に気持ちを作ることは出来ない。
つまりジャンは本当にアンリのことがすきになったからイヴではなくアンリを選んだし、これまでのイヴはアンリに惹かれなかったし、ジャンのことも誰のこともすきになったことはなかった。
そういうところが、イヴよりアンリの方がジャンをしあわせに出来るという根拠なのかもしれない。
ジャンがアンリを選んだのは、イヴが悪いのかもしれない。
婚約者への気持ちがなかったから見限られて当然だったのかもしれない。
じゃあ、今のおれは?
恋なんてしない筈だった。現に誰にもそんな兆候はなかった。
なんで今、急に?
この短期間でレオンとアルベールに?
確かにふたりとも、妙に積極的だった。
触られたことも、キスをされたことも強引だった。
でもどちらも一回のこと。それ以外は穏やかなもので、その、話をしても、触れられても、どきどきしても、急激に恋をする、なんてことはなくて。
諦めないと、あの日から接する度に、意識する毎に、その短期間とはいえじわじわとすきになっていったということなのだろうか。
優しくされて、あの瞳に見つめられて、触れられて、愛されることを実感して、落とされてしまったということなのだろうか。
ふたりのことを考えると安心する。胸があつくなる。頭がふわふわする。触ってほしくなる。
それがすきだということなら、そうさせられてしまったのだ。
だめだとわかっていても、嫌だと思っていても、それでもふたりのことが気になってしまって、慣らされて、意識して、すきだと気付いてしまった。
どちらか一方でもなく、ふたりともだなんて我儘で最低で最悪で、少し、安心した。
198
お気に入りに追加
3,780
あなたにおすすめの小説

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる