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 腹は減ったか、と訊かれ、首を横に振った。
 ジャンのお陰で胸のぐるぐるは治まったけれど、ふたりのせいでまたもやもやしてしまう。
 裸足で外に出てしまったのは悪かったけど、足くらい自分で綺麗に出来るし、そしたら部屋までひとりで歩けた。抱っこをせがむ、エディーのような幼いこどもじゃない。
 そもそもふたりしていなくなってしまったことが出て行った原因なのだし。

「夕食は部屋に用意しようと思ってな」
「ひとが揃ったところは少し……嫌でしょう」

 簡単なものしか用意をしてないが、とワゴンを指す。……良いにおいがする。
 アンリが言っていた通り。ジャンとの件で好奇の視線が集まらないよう、別室にとわざわざ用意してくれたのだ。
 ……おれとアルベールは家に帰ればいい話だと思うんだけど。

「少しでいいから食べようか」
「食べたら帰っていい……?」
「そんなに帰りたいと言われると堪えるんだが」
「……だって」

 だってここにいるともっとおかしくなってしまいそう。

「まあいい、先に食事だ、俺は腹が減った」
「イヴも無理をしない程度でいいから食べようか」

 おいで、と手を引かれて、テーブルに着く。
 簡単なもの、と出されたものは焼いた肉と魚、サラダにスープにパンとカットされた果物。
 確かにコースのように使用人が横に立つようなものよりは簡単なものだけれど。
 ちら、と周りを見ても、使用人はいない。アルベールとレオンしかこの部屋にはいなかった。
 皿を並べる準備くらいしに来そうだけど、とそう考えていたのがわかったのか、払ってるだけだ、とレオンがなんでもないように口にした。
 その言葉の足りない様子に、アルベールが苦笑する。

「気疲れしないようにね。僕たちしかいないから、ゆっくり食べなさい」
「うん……」

 暫くは食器の音と、咀嚼する音が響くだけだった。
 ふたりとも静かなものだ。昼間はもうちょっと楽しげだったのに。
 フォークの止まったおれに、もういいの、とアルベールが声を掛け、それに頷く。
 やっぱりなんだか胸がいっぱいで食べられない。吐き気とかはもうないのだけど。
 ふたりは気にせず食べてと伝え、水を喉に流し込む。

 ぼんやりした頭の中ではアンリの言葉がぐるぐるしていた。
 さっきの言葉はどういう意味だろう。
 失敗出来ない、最後、強引でも。
 能力を使っていた。それはおれに、という意味だろうか。
 魔力詰まりの原因がアンリだと認めるのなら、それはおれに、ということであってるのだろう。
 何故?
 理由は内緒。
 おれがアンリのことをすきになったって、きっとアンリはジャンと婚約するだろう。ジャンのことがすきだとはっきり言った。イヴよりもしあわせにすると。
 そこにおれが割って入ったら面倒なことになるのではないか。ジャンは嫌がるだろう。

 ……いや、違う、もしかして、その好意を持つ相手はアンリではない?

 アンリへの想いではなくて、アルベールとレオンへのもの。
 そのふたりを想定しているのかはわからないけれど、確かにおれはおかしくなっている。
 魔力詰まりが起きる前、ふたりのことを考えていた。
 触れてほしい、気持ちよかった、なんて、そんなことを。

 アンリへの恋心ではない、アルベールとレオンへの想いを増幅させられている。
 何故かはわからない。アンリは自分に向けさせようとしたのに、おれにアンリへの恋心が生まれなかっただけかもしれない。
 単にいつも通り、誰かに向かう筈だった恋心がたまたまアルベールとレオンだっただけかもしれない。
 何故そのふたり?
 そうアンリが狙ったのか、それとも誰でもよかったのか。

 アンリの能力は、多少であっても、元となる気持ちが存在しなければ発動しない。
 勝手に気持ちを作ることは出来ない。
 つまりジャンは本当にアンリのことがすきになったからイヴではなくアンリを選んだし、これまでのイヴはアンリに惹かれなかったし、ジャンのことも誰のこともすきになったことはなかった。
 そういうところが、イヴよりアンリの方がジャンをしあわせに出来るという根拠なのかもしれない。
 ジャンがアンリを選んだのは、イヴが悪いのかもしれない。
 婚約者への気持ちがなかったから見限られて当然だったのかもしれない。

 じゃあ、今のおれは?
 恋なんてしない筈だった。現に誰にもそんな兆候はなかった。
 なんで今、急に?
 この短期間でレオンとアルベールに?

 確かにふたりとも、妙に積極的だった。
 触られたことも、キスをされたことも強引だった。
 でもどちらも一回のこと。それ以外は穏やかなもので、その、話をしても、触れられても、どきどきしても、急激に恋をする、なんてことはなくて。

 諦めないと、あの日から接する度に、意識する毎に、その短期間とはいえじわじわとすきになっていったということなのだろうか。
 優しくされて、あの瞳に見つめられて、触れられて、愛されることを実感して、落とされてしまったということなのだろうか。

 ふたりのことを考えると安心する。胸があつくなる。頭がふわふわする。触ってほしくなる。
 それがすきだということなら、そうさせられてしまったのだ。
 だめだとわかっていても、嫌だと思っていても、それでもふたりのことが気になってしまって、慣らされて、意識して、すきだと気付いてしまった。
 どちらか一方でもなく、ふたりともだなんて我儘で最低で最悪で、少し、安心した。
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