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「ぼくね、この間も言いましたが、イヴさまのこと、すきなんですよ」
「……は、」

 今そういう流れだったかな、と思うと変な声が出た。
 そういう意味、じゃないということもわかるけど。

「でもね、ジャンさまもすき」
「……」
「イヴさまが出来ない分、ぼくがしあわせにしてあげたいです」

 アンリにはわかってる、おれがジャンのことをそういう対象として見ていないということ。

「……ジャンさまの治癒、気持ちよかったでしょう」
「え、あ、」
「別に怒ってないですよ、まあぼくのせいもありますし」
「あっ、あ!そう!そうだ!」

 アンリの言葉に思い出してしまった。
 何を普通に近付いてるんだ、学習能力のない馬鹿か。
 思わずベンチから立ち上がったおれに、アンリはくすりと笑った。

「自分のせいって、その、」
「イヴさま、魔力多い方じゃないですもんね。そんなに魔力が必要な能力でもないし」
「へ」
「ほら、治してもらったばっかりなんだから座って下さい、気になるならぼくが離れましょうか」
「……なん……え、あの、言ってる意味が……その、よく、わからない」

 立ち上がったアンリがおれの手を引いて、ベンチに戻り、座らせる。
 含んだような言い回しばかりで、何を言いたいのかがよくわからなかった。

「もうそろそろ食事も終わる頃でしょう、ぼくも戻らなきゃ」
「アンリ」
「まだ少しは大丈夫ですよ、こんな気になるところで終わらせたりはしませんよお」

 でも少しですよ、とおれの胸元に触れた。
 ここが苦しかったでしょう、と。

「ぼくね、魔力多い方なんです。最近よく会ってたから。ごめんなさい」
「でも会うだけで……アル兄さまだって魔力量は多い方だし、レオンさまも」
「そのふたりは調整も得意でしょ?ぼく、能力もそうなんですけど、まあ……意識してないとすぐに漏れちゃうみたいで」
「……魔力が?」
「そう、魔力が。普段なら大丈夫なんですけど、……能力の方を使ってたから、イヴさまには魔力も入ってっちゃったみたい」

 ……能力を使っていた?
 それはおれにアンリのことをすきになってもらいたい、ということなのだろうか。
 でもアンリはジャンがすきだと言って……というか、おれのことをすきだというのなら、なんで……

「理由はまだ内緒です、上手くいったらお話しますね」
「待っ……」
「ぼくはもう戻ります、今ならレオンさまのお部屋、案内しますよ」
「……」
「ほら、置いてっちゃいますよ」

 アンリの差し出した手を掴んでいいのかわからなかった。
 ただでさえ警戒していた相手が、能力を使ってましたなんて白状して、それでも尚悪気なく出す手を掴んでいいものか。
 既に頭がふわふわしてきた気がする。
 昼間の、胸が痛く、苦しくなるようなものではない。

「もう絶対、失敗出来ないんです」
「何の話……」
「こっちの話です。これが最後なんです、イヴさまがこっちに戻ってきちゃったから」

 だから多少強引でも許して下さいね、とおれの両手を取って立たせた。
 ついさっきベンチに座らせたばかりの癖に。
 華奢な手は意外と力が強く、あたたかい。女の子の手のようで、違う。まあ母さまや……愛莉くらいしか知らないけれど。

「ああほら、探してる、声がしますもん。部屋まで送ってっちゃったら見つかるかな……ぼくと会ったことは秘密にしましょうか、階段はわかりますよね?そこを上がったらきっと誰かいるので」
「……アンリ」
「続きは成功したら話しましょうね」
「成功、って、何が……」

 今度会いに行きますね、と背中を押される。
 また柔らかな芝生の感触が足の裏にあって、振り返るとアンリが微笑んでいた。そのかおは初めて見る、と思った。
 いつものふわふわした彼とは違う、優しいかお。
 心臓が早くなった。ぎゅうと胸を抑えてしまう。
 待って、これまたおかしくなるやつじゃないの、そう思って伏せたかおを上げると、もうアンリの姿はなかった。

「イヴ!なんで外に……ああ、裸足じゃないか」

 走り寄ったレオンに抱えられ、怪我はしてない?とアルベールが足を確認する。
 大丈夫だと答える間もなかった。

「傷はついてないみたい……どうしてこんなところに」
「……起きたら、誰もいなくて」
「ごめんね、少し席を外していただけで……その間に起きるとは思わなくて」

 取り敢えず部屋に戻ろうか、とアルベールが頬を撫でた。
 そうだな、と頭の上からレオンの声。ふたりとも、心配してるのがわかる声音だった。
 訳もわからず外に突っ立ってたのだ、頭がおかしくなったと思われたって仕方ない。
 実際に今、おかしくなっているよう、だし。

 抱えられたまま階段を上がられるのは思ってたよりこわかった。
 落ちないようにレオンにぎゅっと抱きつくと、息を呑んだ音がする。
 長い廊下を歩き、アルベールは迷わずレオンの寝室の扉を開けた。覚えてるんだ。そうか、何度も来たこと、あるんだよね。

「もう一度足を見せて」
「……自分で出来る」
「見せて」
「……」

 またベッドに下ろされ、有無を言わせず足を差し出す羽目になった。
 濡れたタオルで綺麗にされるのは……手より足の方が恥ずかしい、と知った。
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