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息を吐け、とジャンが言う。
いつの間にか喉のつっかえていたような感じもなくなっていて、呼吸もしやすくなっていた。
ふう、と息を吐いて、大丈夫ですと声を出したおれに、他に悪いところは、と尋ねる。
腕を上げてみた。問題なく動く。横になったままだが、躰が重いとも感じなかった。
胸のぐるぐるしたのもなくなった。
頭の中はもやもやしているけど、これはそういうものじゃないだろう。
もう一度、大丈夫ですと答え、それからありがとうございますとお礼も。
一瞬、だったと思う。
ジャンが安堵したかのように息を吐いた。
小さく、良かった、と零したような気がする。
その意味を問う前に、上げられたかおにはまた眉間に皺が寄っていた。
「ジャンさま、」
「……もう戻る、お前も帰……いや、関係ないか」
「……?」
ジャンの手がおれの肩を押した。
起き上がろうとしていた上半身はそのまままたベッドへ逆戻り。柔らかい枕に頭が沈んでしまう。
もう一度、部屋を出ていくその背にありがとうと伝えるのが精々だった。
会いたかった訳じゃない、なんなら会いたくなかった。
けれど、あの表情を見て、何も思わない程ジャンのことを嫌いになった訳じゃない。
……嫌いじゃない。それはこどもの頃からずっと。
レオンのように構ってくれなくて、その癖文句ばっかりだったジャン。
嫌いじゃなかった。すきという訳でもない。
婚約者になったって、それは変わらなくて、家の為に、国の為に、仕方ないって、そう思っていた。
婚約者がいるのにアンリに優しくしたり、あの場面での婚約破棄に腹が立っても、結局その時だけ。
すきの反対は無関心だと昔、何かで見た。
それだったのかな、と思った。
「イヴ、治った?もう苦しくない?」
駆け寄ってきたアルベールがそっとおれの胸を撫でる。
予想してなかったことに、肩がびく、と跳ねた。
それを見たレオンが今日は泊まっていけ、と溜息を吐く。
なんで?治ったんだから帰ったっていいと思うんだけど。というかここにいる方が落ち着かない。帰りたい。
「その体調とかおで帰せるか、寝ていろ」
「かおって……」
「そうだね、まだ休んでようか」
「まだ外明るい……てかおれ熱ない……」
「頬は紅いぞ、夜に良くなってたら許可しよう」
「寝れないー!」
「子守唄でも歌おうか」
「エディーじゃないよ、おれだよ、わかってる?」
わかってるよ、とアルベールが額に唇を落とす。
それはおやすみ、の合図だ。本当にここで寝させる気らしい。
ジャンに魔力詰まりを治してもらったレベッカは心配するユーゴを他所に、大丈夫だと見せつけるように外を飛んで回っていた。
だから自分も大丈夫だと思ったのだけれど。実際躰も軽いし不調も感じない。
でもそこは竜と人間の差なのか、もしくはふたりが過保護なだけか。まだ休めと強いる。
そのふたりを押し切って帰る体力、というよりも力はおれにはない。
ぶちぶち文句を漏らしながらも、結局はふたりの言うことを聞かされる羽目になるのだ。
◇◇◇
「ふあ」
魔法でも使いました?というくらいに寝てしまった。
窓の外はもう暗い。何時間くらい寝ていたのだろう。
顔色はわからないけれど、体調はやっぱり全然悪くない。寧ろ寝てしまったことで頭が重いかもしれない。
馬鹿みたいに広い寝室の、馬鹿みたいに大きなベッドの上にひとり。
ぽつりとアル兄さま、と呟くが返事はない。まさかおれひとり、置いて帰ったとは考えにくい。
レオンさま、と部屋の主の名を呼んでも同じく返事はなかった。
ここが王宮であることはわかるが、初めて来たところにひとり残されるのは不安がある。
そろりとベッドを降りて、扉に近付いた。ここからジャンが入ってきた。つまりここを開けば廊下の筈。
……廊下に出たらこの広い王宮の中、迷子になったりしないだろうか。
少し考えて、その扉に耳をつけた。なんの音も聞こえない。
別に脱走する訳ではない、誰に見つかっても心配こそされても咎められることはない。
わかっているのに、レオンの圧を思い出してつい言い訳を探してしまう。
きい、と扉を開けて、その先に誰もいないことを確認する。
……誰もいない。却ってこわい。
普通こういうのって見張りとかいるんじゃないの。いや、閉じ込められてる訳でも脱走を警戒されてる訳でもないけど。
おれのこと、心配だったんじゃないの。
「あ……」
そう、少しだけむっとしたことに驚いてしまった。
まるでふたりがおれのことを心配していて……すきでいることが当然のように考えてしまっていた。
おれのことは見ないでいいと、弟でいいと、そう思っていた。
弟に戻れるのか?
一度性的に見た相手に、そう、純粋な関係に戻れるのか?
アルベールの手が気持ちよかった。
レオンにも同じように触れてもらいたいと思った。
一度、一度だけ関係を持てば、それだけを想い出にしていいと思った。
その後に、どういう思いでふたりを見るんだ?
アルベールの手を忘れられない奴が、どうしたらふたりを兄だと慕うことが出来る?
……頭が沸いてるのは自分の方だ。
いつの間にか喉のつっかえていたような感じもなくなっていて、呼吸もしやすくなっていた。
ふう、と息を吐いて、大丈夫ですと声を出したおれに、他に悪いところは、と尋ねる。
腕を上げてみた。問題なく動く。横になったままだが、躰が重いとも感じなかった。
胸のぐるぐるしたのもなくなった。
頭の中はもやもやしているけど、これはそういうものじゃないだろう。
もう一度、大丈夫ですと答え、それからありがとうございますとお礼も。
一瞬、だったと思う。
ジャンが安堵したかのように息を吐いた。
小さく、良かった、と零したような気がする。
その意味を問う前に、上げられたかおにはまた眉間に皺が寄っていた。
「ジャンさま、」
「……もう戻る、お前も帰……いや、関係ないか」
「……?」
ジャンの手がおれの肩を押した。
起き上がろうとしていた上半身はそのまままたベッドへ逆戻り。柔らかい枕に頭が沈んでしまう。
もう一度、部屋を出ていくその背にありがとうと伝えるのが精々だった。
会いたかった訳じゃない、なんなら会いたくなかった。
けれど、あの表情を見て、何も思わない程ジャンのことを嫌いになった訳じゃない。
……嫌いじゃない。それはこどもの頃からずっと。
レオンのように構ってくれなくて、その癖文句ばっかりだったジャン。
嫌いじゃなかった。すきという訳でもない。
婚約者になったって、それは変わらなくて、家の為に、国の為に、仕方ないって、そう思っていた。
婚約者がいるのにアンリに優しくしたり、あの場面での婚約破棄に腹が立っても、結局その時だけ。
すきの反対は無関心だと昔、何かで見た。
それだったのかな、と思った。
「イヴ、治った?もう苦しくない?」
駆け寄ってきたアルベールがそっとおれの胸を撫でる。
予想してなかったことに、肩がびく、と跳ねた。
それを見たレオンが今日は泊まっていけ、と溜息を吐く。
なんで?治ったんだから帰ったっていいと思うんだけど。というかここにいる方が落ち着かない。帰りたい。
「その体調とかおで帰せるか、寝ていろ」
「かおって……」
「そうだね、まだ休んでようか」
「まだ外明るい……てかおれ熱ない……」
「頬は紅いぞ、夜に良くなってたら許可しよう」
「寝れないー!」
「子守唄でも歌おうか」
「エディーじゃないよ、おれだよ、わかってる?」
わかってるよ、とアルベールが額に唇を落とす。
それはおやすみ、の合図だ。本当にここで寝させる気らしい。
ジャンに魔力詰まりを治してもらったレベッカは心配するユーゴを他所に、大丈夫だと見せつけるように外を飛んで回っていた。
だから自分も大丈夫だと思ったのだけれど。実際躰も軽いし不調も感じない。
でもそこは竜と人間の差なのか、もしくはふたりが過保護なだけか。まだ休めと強いる。
そのふたりを押し切って帰る体力、というよりも力はおれにはない。
ぶちぶち文句を漏らしながらも、結局はふたりの言うことを聞かされる羽目になるのだ。
◇◇◇
「ふあ」
魔法でも使いました?というくらいに寝てしまった。
窓の外はもう暗い。何時間くらい寝ていたのだろう。
顔色はわからないけれど、体調はやっぱり全然悪くない。寧ろ寝てしまったことで頭が重いかもしれない。
馬鹿みたいに広い寝室の、馬鹿みたいに大きなベッドの上にひとり。
ぽつりとアル兄さま、と呟くが返事はない。まさかおれひとり、置いて帰ったとは考えにくい。
レオンさま、と部屋の主の名を呼んでも同じく返事はなかった。
ここが王宮であることはわかるが、初めて来たところにひとり残されるのは不安がある。
そろりとベッドを降りて、扉に近付いた。ここからジャンが入ってきた。つまりここを開けば廊下の筈。
……廊下に出たらこの広い王宮の中、迷子になったりしないだろうか。
少し考えて、その扉に耳をつけた。なんの音も聞こえない。
別に脱走する訳ではない、誰に見つかっても心配こそされても咎められることはない。
わかっているのに、レオンの圧を思い出してつい言い訳を探してしまう。
きい、と扉を開けて、その先に誰もいないことを確認する。
……誰もいない。却ってこわい。
普通こういうのって見張りとかいるんじゃないの。いや、閉じ込められてる訳でも脱走を警戒されてる訳でもないけど。
おれのこと、心配だったんじゃないの。
「あ……」
そう、少しだけむっとしたことに驚いてしまった。
まるでふたりがおれのことを心配していて……すきでいることが当然のように考えてしまっていた。
おれのことは見ないでいいと、弟でいいと、そう思っていた。
弟に戻れるのか?
一度性的に見た相手に、そう、純粋な関係に戻れるのか?
アルベールの手が気持ちよかった。
レオンにも同じように触れてもらいたいと思った。
一度、一度だけ関係を持てば、それだけを想い出にしていいと思った。
その後に、どういう思いでふたりを見るんだ?
アルベールの手を忘れられない奴が、どうしたらふたりを兄だと慕うことが出来る?
……頭が沸いてるのは自分の方だ。
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