上 下
62 / 192
6

61

しおりを挟む


 ◇◇◇

 その言葉通り、アンリは翌日以降も何度か来た。レオンよりも高い頻度で。
 逃げるように今日は竜舎に行こう、とすると同じように竜舎にも現れる。
 竜騎士団に入団したとはいえ、おれは正式な団員ではないのだから毎日通う必要はない。毎日来たって邪魔だろうし。
 だからといって休むと、演習場と竜舎をうろうろするアンリがレオンと鉢合わせしたらどうしよう、アルベールや団員に近付いたらどうしよう、なんて考えてしまい、簡単に休むなんていう選択肢も選べなかった。
 前の世界のように電話とか、簡単に連絡をする手段もないから、今日そっちいる?ううん今日は休もっかな、なんてやり取りが出来ないから、余計に気を遣ってしまう。

 アルベールもレオンも、自分たちがどうにかしようか、なんて言うけれど、なんかそれはちょっと引っかかってしまい断った。
 婚約破棄の件で十分迷惑は掛けたし。

「今日はどうする?顔色も良くないし休んだらどうかな」
「んー……だいじょぶ、行く……行かない方が心配」
「何をそんなに心配するの、イヴは毎日来る必要ないでしょう」

 アルベールがおれの頬を撫でながら心配そうに覗き込む。
 そういうところは頑固だね、と言うが、そういうところはアルベールに似たのだと思う。

 アンリが来ること自体が心配。
 団員の誰かがアンリの能力にかかってしまったら。折角築いた場所がアンリに崩されてしまうのもいやだし、自分のせいで誰かの人生が狂ってしまうのもいや。アンリの考えはわからないけれど、話しぶりではおれが目当てのようだし。
 おれが皆からアンリを引き離さねば。

 演習場に行く理由のもうひとつは遠征が間近だからというのもある。
 いつもより訓練に熱が入り、竜との相談もまた増えた。
 遠征先で何をするのかはおれにはわからないけれど、皆が怪我をしないように、竜も無事で帰って来られるように、コミュニケーションの取り方とか、それぞれに注意をしたりとそれなりに忙しい。
 それとは別に、アルベールが暫く家を空けてしまうのはやっぱりさみしい。
 だから家でも外でも気にかけてしまう。

 今回の遠征はそんなに長いものじゃない、一週間から十日程じゃないかなとアルベールは言ったが、一週間は結構長い。
 エディーが泣くくらい長い。
 まあエディーは三日空けると言うだけでも毎回泣くけれど。

「今遠征に行くのは僕だって心配だけど」
「……でも仕事だし仕方ないでしょ」
「そうだねえ、調整出来るものじゃないからね」

 微笑んで、おれの耳元を撫でる。
 擽ったさに瞳を細めると、アルベールも同じように瞳を細めてちゅっと額に唇を落とす。
 この流れにも慣れてしまった。

 あの日、竜舎でレオンとアルベールにキスをされてから、その後レオンからもう一度、ふたりともおれを諦める気はないと聞いてから、それからふたりからの接触はこれくらいの、まあ外国の挨拶ならこんなものかな、というようなものくらい。
 前の世界だとこういうこと、挨拶ではなく愛情が強いひとにしかやらないから……されたことないし、慣れたとはいってもまだ緊張はするし、躰がびくっと固まってしまったりもするけれど。

 アルベールに関わらず、皆スキンシップは多めだった。
 両親はすぐに抱き締めるし、エディーも抱き着いてくる、抱っこを強請る。
 団員も気軽に背を叩いたり腕に触れたりするし、副団長も頭を撫でるし、……アンリもすぐに抱き着いたり腕を抱えたりする。
 レオンも腰を抱いたり油断をすると頬にキスをする。
 それに一々反応するのはどうかと思ってしまうのだけど、どうにも……されることはわかっていても、少し身構えてしまう。

 そのくせ、自分も彼等に触れることに慣れてしまった。
 最初は気持ち悪いだろうなと思っていたのだけれど、心を読めるのは間違った情報なのでしょうと周りのひとたちがわかってくれてると知って、腕に触れたり、背に触れたりすることくらいなら大丈夫だとわかった。
 アルベールには躰を預けてしまうし、それをレオンにからかわれたりもした。
 ……何でだろう、危機感がなくなったんじゃないか、ふたりはイヴを愛してると言い、それを止めてくれと思ってる筈なのに、そんなことをしてたら満更でもないと思われるんじゃないか。

「やっぱり顔色が良くない、今日は引き返さない?」
「もう演習場見えてるよ」
「……最近のイヴは無理してる様に見えるのだけど」
「……?」

 心配そうなアルベールに、そんなことはないけれど、と思ってしまう。
 アルベールたち団員の方がよっぽど無理してる。あんなトレーニングや演習、自分なら何回か死んでる。
 それに比べたらおれなんて、皆の相談を聞いたり雑談したり、竜たちとおやつを食べたり話を聞いてるだけののんびりした時間しか過ごしてない。
 いちばん緊張してるのがアンリといる時間、次いで何かしでかさないかと気を張ってるレオンとの時間くらいなもんだ。

 でも真似事のように隅でしていたトレーニングの成果か、アンリに貧相扱いされた腕は少しだけ筋肉がついたような気がしないでもない。
 アルベールにどうだと腕を見せつけると、そうかな、と首を傾げられてしまったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...