【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 ふふ、と笑って、それから少し視線を下げる。長い睫毛が頬に影を落とす。
 その頬が薔薇色のように染まって、まさに絵に描いたような美少年。そんなひとにかわいいと言われても冗談か嫌味のようにしか感じない。

「学園では仲良くしようと思う程遠くなっていくようで」

 ……そりゃあ婚約者も友人も全て取られてしまいましたし。

「話し掛けてもそっけないか泣きそうなかおばかりで」

 だってアンリに冷たくするなと釘を刺されていたし、近くにいると惨めな気持ちになるだけで。

「かわいかったなあって」

 ……?

「ほら、すきなひとのかおって色々見たくなるじゃないですかあ……笑ったかおも、怒ったかおも、泣いたかおも。でもちゃんと笑ったかおだけ見れてないんですよね、愛想笑いじゃないですよ?」

 聞いてます?とまた視線が合う。
 恋愛のすきではないと言う。でも友人としてのものでもない気がする。
 何だか、アンリは違うところを見ているような……

「まあでも笑顔はこれからでも見れますもんね」
「……はあ」
「あっちは何があるんですか?」
「え、あっちは更衣室と休憩室……食堂、とか」
「へえ、休むところもあるんだ」

 竜がいるだけあって広いですね、学園の敷地より広いかもしれない、とまたこどものように瞳を輝かせる。
 不思議な子だ。
 無邪気な表情も、おとなしい表情も、かなしそうな表情も、何かを企むような表情も、色気を含む表情も、全部見せる。隠さない。
 裏表がないのではなく、それを全て相手に見せるものだから、相手が勝手に混乱してくれる。まさに今のおれの状況だ。
 まるで自分が特別になったかのよう。
 だからこそジャンを選んだアンリに、攻略キャラクターたちはびっくりしたり、裏切られたと思うひともいただろうな。
 おれですらちょっと勘違いしそうだもの。

「先日はあんなこと言ってたけど、ほんとは竜舎にもよく行くんでしょう、竜騎士団に入団した後も」
「……」
「イヴさまは嘘が下手ですもんね」

 別に責めてないですよ、棒読みのイヴさまもかわいいです、とまた訳のわからないフォローが入る。
 副団長に助けを求めたくなってきた。おれひとりで太刀打ちできる相手じゃない気がする。
 間違っちゃいない。毎日ここに来る訳じゃない。竜舎に行く日もあるし、アルベールを見送ってエディーと遊ぶだけの日もあるし、かおだけ出してすぐに帰る日もある。
 正式な団員ではないので割と自由にさせてもらっている。

「小さな竜もいましたね、あれはまだこどもなのかな、もっと大きくなる?」
「こどもですけど、ああいう竜なのでそう大きくは……」
「かわいかったな、イヴさまの足元をうろうろしてて懐いてるみたいだった……みたい、じゃないのか、竜は皆イヴさまに懐いてるんですよね」
「……懐いてる、というか」
「ぼくも仲良くなりたいな、あの小さな子たちなら危なくないですよね?」

 脅してる……のではないと思う。
 竜舎、ひと目の少ないところに呼び出そうとしてる?
 多分、アンリは今の状況をわかってると思う。
 おれがひとりでアンリの案内をしていること。
 ユーゴもアルベールも一緒に来させない理由、自分の能力。それを警戒されていること。
 だからこそおれとふたりになるのは容易だ。わざわざ竜舎まで行かなくたって、こうやってふたりになれる。
 いや、まだ皆からおれたちは見えている、会話は聞こえなくたって、遠目にアルベールがこちらを見てるのもわかる。
 でもこのまま、食堂でも、何か建物の裏にでも行ってしまえば「何か」をすることくらいは簡単だ。
 だから何か悪いことを考えてるなんて思いたくないけれど。

「そんなに怪しいですか、ぼく」
「え」
「仲良くなりたいって言ってるだけじゃないですか、疚しいこととか考えてませんよ」
「……」
「怒ってます?」

 怒ってはいない。何度も言うが、もう諦めてる。
 ジャンへの恋心はなかったし、婚約破棄にも文句はない。ただあの場での所謂公開処刑が辛かっただけ。味方がいないことが辛かっただけ。
 学生時から仲良くしたかったというなら何故あんなことをしたのか。泣かせたかったのか?傷付けたかったのか?

「でもイヴさま、ジャンさまのこと、すきじゃなかったですよね?」

 まるで心を読まれたかのようなタイミングにぎくりとする。
 アンリにそんな能力はない筈だから、タイミングの問題か、おれのかおにまた出ていたかだ。

「ぼくはジャンさまだいすきです、かわいいでしょう」
「かわ、……かわいい?」
「うん、かわいい」

 どこが?と思ってしまった。そりゃ幼少期は今思えばかわいらしいところもあったのかもしれないけれど、同じ歳のイヴにそのかわいさとやらはわからなかった。
 アンリは学園でジャンと出会った。ゲーム内で初めて会った筈だ。
 その時には今のジャンが出来上がっていて……そりゃあゲーム内でのジャンはアンリに優しかったよ、主人公を落とす為の恋愛ゲームだもの、当たり前だ。けれどかわいいところがあったかというと……それに惹かれるシーンがあったかというと……やっぱり首を傾げてしまう。
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