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このタイミングで、と思わないでもない。
頭を悩ますことは少ない方がいい。
でもそんなことはアンリには関係ないようで、イヴさま、とぱあ、と輝いた笑顔で走り寄ってくる。
団員は噂のアンリの登場で固まっていた。
王太子の新しい婚約者候補、それが言い方は悪いが寝取られた筈のイヴに笑顔で寄っていく。
不気味な光景だったと思う。何があったのかと。
当の本人のおれも今の状態がよくわかってないのだもの。当然だ。おれが助けてほしい。
「今日はユーゴもいるんだね」
「あ、ああ……ジャンさまは?」
「んー、今日はなんだったかなあ、なんか……覚えてないや、誰かの治癒に行ったよ~」
「へえ……」
ユーゴすら回答に困ってる。
副団長を見れば頭を抱えていた。
遊びに来られると困ると伝えたが、実際に王太子から許可が降りれば仕方ない。
アンリは良い意味で捉えれば天真爛漫、悪く捉えれば空気が読めない。いや、読まないのか。
にこにこしたまま、おれの腕を取って、ね、案内して下さい、と首を傾げた。
向こうでアルベールが動いたのがわかったので、来ないように首を振った。絶対来ないで。
この場でアンリに近付いていいのは能力が効きにくいという副団長くらいだ。
団員やアルベールがアンリに好意を持ってしまったら最悪。王太子と恋敵になってしまう。
ユーゴも出来るなら近寄ってほしくない。これ以上ジャンに睨まれたくないでしょ。
おれが相手をするだけで済むならそれがきっと最適解なのだ。
この場にずっといて誰かに囲まれても困る、少しかお、引き攣ってないかな、なんて思いつつ、いいですよ、案内します、と答えた。
やったあ、と無邪気に笑うアンリに悪意は感じない。
色々と困ることは多いし呆れたりもするが、最終的に嫌ってしまうことは出来ない。
かわいらしい表情も、仕草も、こどものような笑顔も。
「竜もいっぱいいますねっ」
「まあ……竜舎からこっちに皆来てるので」
「かっこいい」
「こわくはないです?」
「……?だってイヴさまがいれば大丈夫でしょ?」
またこてんと首を傾げる。主人公じゃないと許されないぞ、その仕草。
それにしても、と思う。
仲良くしたいとは言うが、何故だろう。理由が思いつかない。
別に学生時に大喧嘩をした訳でも、何かあった訳でもない。特にふたりのイベントもなかったかと思う。婚約者を取られたくらい。それは十分やばいことではあるけど。
……気に食わないとか?まだまだもっと不幸にしてやるとか?そんな悪意は感じないけど、演技力が高いとか?
だってイヴとアンリが仲良くしたってメリットはない。
今のように周りが騷つくだけだ。
友人関係にメリットデメリットを考える方がおかしいとわかるけれど、特にイヴとアンリには気になるところでもある。
ジャンの表情からいって、この状況は好ましいものではない筈だ。でも惚れた弱みか会うことを禁止もしない。
イヴやレオンには散々文句言っていたのにな。本命には弱いタイプだったのかな。
「ここに来る前、もしかしたらあっちにいるかなって竜舎の方に行ってみたんです」
「……」
「王家の馬車がありました」
「……はあ、」
あ、でもジャンさまたちが乗るものではなく、と首を振る。
多分立派な馬車ではなく、従者が荷物を運んだりするやつだろうな、と思った。
レオンが果物でも贈ってくれたのだろう。
竜騎士団員には名誉以外に当然給与も報奨金もあるけれど、竜に金銭は必要ない。ご褒美がそれのようなものだ。
定期的に国から貰えると助かる。たかが果物であってもあの量は気軽に出せる値段ではないだろうから。
「ジャンさまからじゃないのはわかります。レオンさまがよく来られてるんですか?」
「……よく、ではないですけど」
隠す必要はないし、あんな目立つひとが出入りしているのだ、どこから漏れていても不思議ではない。
正直に頷くと仲が良いんですね、と微笑む。
……仲が良いでいいのだろうか。
「昔からジャンさまよりレオンさまとの方が仲が良いんだとか」
もしかして探りを入れられてるのかな、と訝しむ。
アンリの笑顔じゃわかりづらい。
「あの……別にもう、ジャンさまとどうこうなろうと思わないですよ、先日、その、婚約破棄は正式に決まったの、ご存知ですよね」
「はい」
「……なら大丈夫ですよ、おれはジャンさまともレオンさまともどうこうなるつもりもなれるとも思ってないし、ほら、ジャンさまはおれのこと……好いてないのご存知でしょう?レオンさまは小さな頃から遊んで下さってるだけの兄のようなもので」
「それは本気でおっしゃってるんですか?」
「え」
じい、とまん丸の、ビー玉のような綺麗な澄んだ瞳が刺す。
それがふと細められて、前から思ってたんですけど、と小さな唇が動いた。
「イヴさまって結構鈍いですよね」
「……すみません……?」
「謝ってほしいんじゃないですよ、かわいいなって思っただけ」
ぼく、かわいいひとがだいすきなんです、と言ったアンリに、頭の中が疑問符で埋まってしまった。
悪意がある方がまだわかりやすい。
「だからイヴさまもだいすき。仲良くなりたいんです」
……おれはなりたくないです。
「……ジャンさまと婚約されるおつもりでしょう?」
「それとこれとは別です」
その答えに、アルベールやレオンのように拗れることはなさそうだ、と思ったけれど、それなら尚更わからない。
恋敵と仲良くしたいだなんて、優越感を得られる以外に何かある?
頭を悩ますことは少ない方がいい。
でもそんなことはアンリには関係ないようで、イヴさま、とぱあ、と輝いた笑顔で走り寄ってくる。
団員は噂のアンリの登場で固まっていた。
王太子の新しい婚約者候補、それが言い方は悪いが寝取られた筈のイヴに笑顔で寄っていく。
不気味な光景だったと思う。何があったのかと。
当の本人のおれも今の状態がよくわかってないのだもの。当然だ。おれが助けてほしい。
「今日はユーゴもいるんだね」
「あ、ああ……ジャンさまは?」
「んー、今日はなんだったかなあ、なんか……覚えてないや、誰かの治癒に行ったよ~」
「へえ……」
ユーゴすら回答に困ってる。
副団長を見れば頭を抱えていた。
遊びに来られると困ると伝えたが、実際に王太子から許可が降りれば仕方ない。
アンリは良い意味で捉えれば天真爛漫、悪く捉えれば空気が読めない。いや、読まないのか。
にこにこしたまま、おれの腕を取って、ね、案内して下さい、と首を傾げた。
向こうでアルベールが動いたのがわかったので、来ないように首を振った。絶対来ないで。
この場でアンリに近付いていいのは能力が効きにくいという副団長くらいだ。
団員やアルベールがアンリに好意を持ってしまったら最悪。王太子と恋敵になってしまう。
ユーゴも出来るなら近寄ってほしくない。これ以上ジャンに睨まれたくないでしょ。
おれが相手をするだけで済むならそれがきっと最適解なのだ。
この場にずっといて誰かに囲まれても困る、少しかお、引き攣ってないかな、なんて思いつつ、いいですよ、案内します、と答えた。
やったあ、と無邪気に笑うアンリに悪意は感じない。
色々と困ることは多いし呆れたりもするが、最終的に嫌ってしまうことは出来ない。
かわいらしい表情も、仕草も、こどものような笑顔も。
「竜もいっぱいいますねっ」
「まあ……竜舎からこっちに皆来てるので」
「かっこいい」
「こわくはないです?」
「……?だってイヴさまがいれば大丈夫でしょ?」
またこてんと首を傾げる。主人公じゃないと許されないぞ、その仕草。
それにしても、と思う。
仲良くしたいとは言うが、何故だろう。理由が思いつかない。
別に学生時に大喧嘩をした訳でも、何かあった訳でもない。特にふたりのイベントもなかったかと思う。婚約者を取られたくらい。それは十分やばいことではあるけど。
……気に食わないとか?まだまだもっと不幸にしてやるとか?そんな悪意は感じないけど、演技力が高いとか?
だってイヴとアンリが仲良くしたってメリットはない。
今のように周りが騷つくだけだ。
友人関係にメリットデメリットを考える方がおかしいとわかるけれど、特にイヴとアンリには気になるところでもある。
ジャンの表情からいって、この状況は好ましいものではない筈だ。でも惚れた弱みか会うことを禁止もしない。
イヴやレオンには散々文句言っていたのにな。本命には弱いタイプだったのかな。
「ここに来る前、もしかしたらあっちにいるかなって竜舎の方に行ってみたんです」
「……」
「王家の馬車がありました」
「……はあ、」
あ、でもジャンさまたちが乗るものではなく、と首を振る。
多分立派な馬車ではなく、従者が荷物を運んだりするやつだろうな、と思った。
レオンが果物でも贈ってくれたのだろう。
竜騎士団員には名誉以外に当然給与も報奨金もあるけれど、竜に金銭は必要ない。ご褒美がそれのようなものだ。
定期的に国から貰えると助かる。たかが果物であってもあの量は気軽に出せる値段ではないだろうから。
「ジャンさまからじゃないのはわかります。レオンさまがよく来られてるんですか?」
「……よく、ではないですけど」
隠す必要はないし、あんな目立つひとが出入りしているのだ、どこから漏れていても不思議ではない。
正直に頷くと仲が良いんですね、と微笑む。
……仲が良いでいいのだろうか。
「昔からジャンさまよりレオンさまとの方が仲が良いんだとか」
もしかして探りを入れられてるのかな、と訝しむ。
アンリの笑顔じゃわかりづらい。
「あの……別にもう、ジャンさまとどうこうなろうと思わないですよ、先日、その、婚約破棄は正式に決まったの、ご存知ですよね」
「はい」
「……なら大丈夫ですよ、おれはジャンさまともレオンさまともどうこうなるつもりもなれるとも思ってないし、ほら、ジャンさまはおれのこと……好いてないのご存知でしょう?レオンさまは小さな頃から遊んで下さってるだけの兄のようなもので」
「それは本気でおっしゃってるんですか?」
「え」
じい、とまん丸の、ビー玉のような綺麗な澄んだ瞳が刺す。
それがふと細められて、前から思ってたんですけど、と小さな唇が動いた。
「イヴさまって結構鈍いですよね」
「……すみません……?」
「謝ってほしいんじゃないですよ、かわいいなって思っただけ」
ぼく、かわいいひとがだいすきなんです、と言ったアンリに、頭の中が疑問符で埋まってしまった。
悪意がある方がまだわかりやすい。
「だからイヴさまもだいすき。仲良くなりたいんです」
……おれはなりたくないです。
「……ジャンさまと婚約されるおつもりでしょう?」
「それとこれとは別です」
その答えに、アルベールやレオンのように拗れることはなさそうだ、と思ったけれど、それなら尚更わからない。
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