【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 ジャンが竜舎に来た日からアルベールの機嫌がいい。
 覗くだけならともかく、おれの竜騎士入団には反対するかと思いきや、家でのんびりしてくれるか近くにいる方が安心する、一緒に居られるのも嬉しいしね、とのこと。
 そんなにアクティブじゃないんだからいらない心配だと思うのだけど。行くとこなんて他にないし。

 それとは打って変わって機嫌が悪いのはレオンだ。
 俺はそっちにかおを出せないのに、と膨れる割には竜舎に訪れるくせに。
 恋愛ゲームじゃなかったら王子ってのはそんな暇じゃないからな、多分。

 心配していたアンリは、あれから二週間程経つが今のところまだかおを出すことはない。
 社交辞令的な?挨拶?そうだよね、こんなとこに、おれなんかにわざわざ会いに来なくたってアンリにはやることがたくさんある筈だよね。
 つい先日、レオンからおれとジャンの婚約破棄が正式に決まったと報告があった。
 それに伴いすぐにアンリと婚約発表、という訳には勿論いかない。
 アンリとの件は折を見て、とのことだったけれど、既にジャンの横にはイヴではなくアンリがいる訳で、この数日、街ではすごい噂だと団員から聞いた。

 この二週間でその竜騎士団員とも大分打ち解けた、と思う。少なくとも表面上は。
 元々アルベールがイヴの話をよくしていたものだから、団員はおれのことを気持ち悪がらずに普通に接してくれる。
 歳下のおれに気を使うような話し方はむずむずする、ユーゴと同じように接してほしいとお願いした当初は皆困惑していたものの、今となっては慣れたもの。
 イヴが竜との会話をとりなせば、ありがとなと背中を叩き、落としたものを拾えば頭を撫でられ、少しくらいは鍛えたいと隅で見様見真似の筋トレをしているとこうした方がいいぞと教えてくれる。
 イヴに躊躇わずに触れるのは家族とレオン、最近では副団長とアンリくらいだった。それが皆普通に、誰も不快なかおをせずに同じように接してくれるのが嬉しかった。

 一度、意を決して気持ち悪くないか訊いたことがある。
 きょとんとしたかおで、何が気持ち悪いって?と返され、イヴの心を読めるという噂を出すと、それは違うと団長から聞いていたからなあ、とあっさりしたものだった。
 だって実際に読めないでしょう、俺が今何を考えてるかわかります?竜のこと?いいえ正解は今晩の妹の夕飯が楽しみだってことです、そんなものでしょう、見てればわかりますよ、なんて答えに感動した。
 ゲームの呪縛を解かれたような感覚。
 そうだよね、ちょっと話せば、考えればわかるよね、心を読んでるかどうかなんて。
 読めてればもっと上手く生きれた筈だ。

 多分この世界で今がいちばん楽しかった。
 自分の役割がわかって、仕事も出来て、友人とは違うかもしれないけど、話を出来るひとが増えて、家族仲も良く、たくさん笑って、ゆっくり寝て、美味しいものを食べて。
 ジャンとの婚約の件も解消して、アルベールはいつも通り優しいし、たまに来るレオンも何だかんだおれの嫌がることはしない。
 竜たちもエディーもかわいいし、両親はあたたかい。
 問題なんて……まあレオンが頻繁にかおを出して周りが騷ついてしまうことと、アンリが本当に来るのかわからないことくらいかな。
 そんなことを考えていた時だった。
 来月の遠征が決まったという。

「遠征?」
「イヴが入団してからは初めてだね」

 竜騎士団の遠征というとまずは戦争、なんて物騒な考えが湧いてしまう。
 ハディス国は平和な国だ。
 竜を多く所有する国に戦争を仕掛ける国はほぼない。いや、少し前までは竜狙いの戦争が多かったのだが、今となっては仕掛けてくる国がなくなった。竜を上手く扱う国に戦争を仕掛ける馬鹿はいない。
 豊かな国だけあって、こちらからも攻め入ることがないので他の国とは割と友好な方だ。
 竜騎士団は防衛や、万が一の攻撃手段として存在するけれど、戦争なんてほぼほぼなくなった今、遠征といっても必ずや戦いに行く訳ではないという。
 他所の国への偵察、竜の力を求める友好国への協力。そういったことが多い。そうなると場合によっては勿論交戦も多少はあるらしいが。
 今回は協力要請が来たとのことで、竜騎士団員の遠征が決まった。
 その中には団長のアルベールの名前も当然ながらある。
 おれはというと竜騎士に入団したとはいえ非常勤、しかも団員というよりはカウンセラーのようなものだ、ある訳がない。

 アルベールは何度も遠征への経験はある。それに関して不安はない……と言ったら嘘になるが、それが彼の仕事で望んだことなのだからおれが反対することは出来ない。
 ただ、身勝手な話ではあるが、アルベールの遠征中はさみしいな、とか、心配だな、とか、そういうことは考えてしまう。
 学園に行っていた間はともかく、おれがこの世界で覚醒してから長期間離れるのは初めてなんだ。

 遠征ってどれくらいだろう、三日?一週間?まさか数ヶ月?
 心配だから、不安だからといって一緒には行けない。足手まといにしかならないとわかってるから。
 おれには竜たちに団員を頼むねとお願いしかすることは出来ない。
 そしてそんな不安を抱えた時には更に不安が重なったりするものだ。
 翌日にはとうとうアンリが訪れた。流石に今回はジャン抜きであったけれど。
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