【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
57 / 192
5

56

しおりを挟む
「確かに演習場に来たのは今日が初めてでしたが、私が呼んだんですよ、イヴさまを竜騎士団に迎える話がありましてね」
「えっ」

 副団長の言葉に先に声を上げてしまったのはおれだった。
 慌てて口元を押さえたけれど遅い。アンリがじっと見つめる。いや本当に近い。睫毛長いな……

「後で話そうと思ってたんですよ、ゆっくりと」

 その言葉で、ああこれはただの助け舟で、適当な嘘なんだな、とわかった。
 だって本当ならここに副団長はいる筈なかったんだし。
 一瞬跳ねた心臓を落ち着かせるように、少し間を開けてすうと息を呑んで、後で話あるって言ってたのはそれなんですねー、なんて乗っておく。
 実際そんなことは打診されていやしない。

「イヴさまが竜騎士団って危なくないですか……?」

 見て下さいこの細腕、心配でしょう、とアンリはおれの腕を掴んで副団長に見せつけた。
 それおれを貶してないですか。

「怪我したらどうするんですか!竜騎士って怪我多いですよね、イヴさま、躰を動かすこと苦手なのに!」
「……」

 その通りなんだけど、内容のせいで庇われてる気が一切しない。
 自分だってそう思うけど、他人にそんな心配される程かなあ、鍛えてるユーゴや他の団員と比べたらそりゃあ何も鍛えてない自分は貧相かもしれないけれど。
 いや、隣にこんなに大きな副団長がいるから余計にそう見えるんじゃないか?

「いえ、危ないことはさせませんよ、ただイヴさま程うちに相応しい方もいないでしょう、相談役として特別に入団をお願いしようかと」
「怪我しません?」
「現場には出しません」
「それなら……」

 いつの間にかアンリが許可を出す側になっていて、おれが首を傾げてしまう。

「じゃあそれならぼくも演習場に行って構わないですよね」
「えっ」

 めげないアンリにまた声を出してしまった。
 演習場だぞ、他にひとも竜もいるぞ、正しくの仲良くしたいも、何か思惑があっての「仲良くしたい」も、その通りになんて出来ないだろうに。

「ユーゴもいるし。ね、また仲良くしようね」
「え、あ、ああ……そう、だな」

 話を振られたユーゴが気まずそうにジャンをちらちら見る。
 ジャンの表情は苛つきを隠そうともしていない。昔からそういうの、隠すタイプではなかった。

「イヴさまには仕事として頼むので、遊びに来られるとちょっと」
「でも王太子さまの許可が降りれば大丈夫ですよね」

 アンリはにこっと笑って、良いですよね、ジャンさま、と振り返る。
 苦々しげに、お前は俺の言うことも聞かんだろう、とジャンが呟くと、はい許可が出ました、とまたこちらを向いた。
 アンリはずっとマイペースだ。そんなところが攻略キャラクターには人気だった。
 おれはちょっと苦手。
 色々ちぐはぐで、読めない。そういうのは苦手。だってどこを触れたらだめだとかわからないから。
 そんな、ジャンのような……伊吹の母さんみたいな、ずっと気を遣ってびくびく生活をしないといけないような相手は苦手。
 母さんとアンリでは色々違うとわかっていても。

「約束。またお話しましょうね、楽しみだな、ね、イヴさま」

 ぎゅう、とされた抱擁はあたたかくて柔らかくて甘い香りがした。
 アルベールやレオンのように硬くなくて、エディーのような頼りなさはない。
 頬に触れたふわふわの髪はゲーム内でジャンを落としたもの。抱き締められて、その香りに心強さを感じた場面。
 耳元で、またね、と甘い声。
 ばっと耳元を覆うと、満足そうに笑ったアンリはひらりとおれから離れて、お待たせ、とジャンの腕を取る。
 ジャンが何かを言う前に、振り返って手を振り、竜舎を出るよう彼を促した。

 外からふたりの声が聞こえるけれど、内容までは聞き取れない。
 ……特に何もなかった、でいいのか?
 ジャンはちゃんとレベッカを治してくれたし、機嫌は悪かったけどそれだけだった。
 ユーゴともぶつからなかったし……ここに来るまでに何があったかはわからないけど、多分馬車の中でむすっとしていたくらいだろう。機嫌が悪いと口撃をするより黙りこくるのは昔からだ。

 アンリもイヴを敵視しているかと思いきや仲良くしたいだなんて訳のわからないことを……演習場に来るとか言い出したこと以外は副団長も変わりはなく、心配していた魅了の件も、少しユーゴが誘惑されたくらいか。
 ……いや演習場に来るって?

「……演習場にアンリが来たらやばくないです……?」

 アルベールにユーゴに他の団員たちに。
 アンリの能力を危惧して折角今日はアルベールを遠ざけたというのに。
 ……無駄になっちゃった。

「団長副団長権限で来るのを断ることは……」
「まあ断ったとしても来るでしょうねえ」
「ですよね……」

 竜騎士団も騎士団も、いってみれば国のものだ。
 危ないからと正論を伝えたところで、王の許可が降りてしまえば自由にアンリは来るだろう。
 その自由さ、行動力の高さも主人公の売りだ。

「イヴさまの竜騎士団入りも嘘じゃないですからね」
「え」
「後で帰ってきた時にでも話をしようとは思ってたんですよ。アルベールから聞いてました、することがないと悩んでるようだと」

 イヴさまならうちに適任でしょう、どうです、と微笑む。

「毎日来る必要はないし、非常勤といったところですね、うちからしたら竜の面倒を見てもらえたら助かるし、イヴさまも一々確認を取るのは面倒でしょう」

 アンリさまの件で答えにくくなったでしょうが考えておいて下さいね、と大きな手が揺らすように頭を撫でた。
 その話自体は有難いのだけれど……確かにアンリの件で頷きにくくなってしまった。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

処理中です...