【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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「……イヴさまは昔からかわらないですね」
「そ、うかな……」
「そういうところもかわらない」
「え……」

 どういうこと、と訊こうとしたところでイヴ、と名前を呼ばれた。
 副団長ではない。それは不機嫌そうなジャンだった。
 ごめんなさい、とアンリに一言断ってジャンの横に立つと、これ、とレベッカを指しながら、どこが悪いんだと少し高圧的に訊く。
 おれと話すことが嫌なのか、アンリと話していたことが気に食わないのか。
 どちらもかな。安心していいよ、どちらにも興味ないから。なんて口には出来ないけど。

「胸の辺り……もやもやしてるみたいで」
「どこだよ」
「胸です」
「胸のどこだよ、人間より大きいんだからはっきりとした場所を教えてくれ」
「わからないですよ、おれだってレベッカの言ったことしか」

 やはり不機嫌そうなままかおを逸らしたジャンに、こっちこそ不機嫌になってしまうのを堪えるのに必死だった。
 竜の足じゃ人間みたいにここだよって指せはしない。でもレベッカはまだ小さな方だ、そこら辺りを治してくれたらいいのに、それくらい分の範囲すら魔力を使いたくないのか、おれに当たりたいのか。

「ぐるぐるしてるんでしょ?回ってるってことですよ、いいじゃない、首元からお腹辺りまで治してあげたら」
「アンリ」
「ね、これくらいなら倒れないですよ」

 アンリの甘えたような声に、ジャンは溜息を吐いて、それからおれに離れるように言った。
 そっちが呼んだくせに。
 今度はかおに出してしまっていたのだろう、隠すようにおれの前に立った副団長が頭をぽんぽんと叩いたことで、慌てて表情を作り直した。

 レオンが怪我を治すところは見た。病気とか内側のものはどう治すのだろう。
 ジャン自体に興味がある訳ではないけれど、そういうことには興味がある。
 ゲームでは一枚絵の情報量の少ないものくらいしか知らない。風邪程度で頼るようなものではないから自分が治してもらったことも、その現場を見たこともない。
 今後もないかもしれない。そう思ったら少しの好奇心も湧いてしまうというもの。
 副団長から頭だけを覗かせるようにして、ジャンがレベッカに触れるところを見つめる。

 レベッカは頼りなげにきゅうう、と鳴いたけれどごめんね、離れてろと言われてしまったから。
 ジャンの機嫌を損ねる訳にも邪魔をする訳にもいかない。ここで見てるね。いや、好奇心もだけどちゃんと心配だってしてる。
 そのジャンは眉間に皺が寄ったままだ。レオンだってそんな仕草はするけれど、それとそっくりとはいわない。
 確か母親似だと言っていた。表情がきついだけで、かお自体は綺麗なかおをしてるのだけれど。
 
 こどもの頃からそうだった。
 顰めっ面、ぶっきらぼうでつんつんした、話しにくい男の子。
 レオンには暴言を吐くし、イヴにだって文句が多かった。そのくせ放っておくとひとりぼっちになったようなかおをするから、他に同じくらいのこどもがいなければ声を掛けない訳にはいかなかった。
 ジャンさま、と呼ぶと、力を入れていた肩からほっと力が抜けて、それからむっとしたかおで、さわるな、と言う。
 それにびっくりしたイヴがレオンのところへ行こうとすると、あいつのところに行くなと唸るのだ。
 半分とはいえ血が繋がってるのだし、仲良くしてほしいと思った。
 半分とはいえ血が繋がってるのだから仲が悪いのだと知るのはイヴが少年になった頃だった。

 レオンとは本を読んだり庭を散策したり、お菓子を食べたりお昼寝したりと一緒に遊んだことをよく覚えてる。
 でもジャンとは良い思い出がない。
 すぐに機嫌が悪くなるから気を付けながら食べたケーキは味がしなかった。
 触れそうになるとばっと離れられたり、嫌そうなかおをするから、イヴだって近付くことはこわくなった。
 離れたところで図鑑を広げると暗いと言われる。
 外に出れば鈍臭いと鼻で笑われる。
 追いつけなくて手を伸ばすと、それを跳ね除けられた。

 レオンならその手を掴むし、アルベールなら先に手を伸ばしてくれる。
 ふたりに優しくされることに慣れたイヴは、ジャンの求めることがわからなかった。
 嫌なら自分から離れればいいのに。
 そんなにいやいや我慢なんてしなくたっていいのに。
 国の為に婚約者になんてしなくたって、レオンに張り合うようにしなくたって、イヴに竜を使ってどうにかする度胸なんてありはしないことくらい一緒にいてわからなかったのかな。
 ……わからなかったのか。

 自分でそう結論を見つけておきながら心がしょんぼりしてしまう。
 ジャンと恋仲になりたかった訳じゃあない。
 それでもともだちになれたのであれば、それが良かった。
 アルベールと、レオンと、ジャンと。
 皆で仲良く出来てたら、きっとイヴの生き方も変わっていた。シナリオのあるゲームでそんなこといったって仕方ないけれど。

「綺麗ですねえ」
「え、あ、はい、きれい、です……」

 副団長のぽつりと零した言葉にはっとして、追うように答える。
 レベッカの胸の内から発光するように、内側から灯るように、厚い皮膚越しにあたたかい光が見える。
 それは確かに綺麗で、良かった、と思った。
 ジャンが来てくれて。治してくれて。
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