上 下
54 / 192
5

53

しおりを挟む
 思わず出してしまった表情を隠すように頬を抓った。
 兄の上司……正しくは上司じゃないけど似たようなものだ、そのひとの前でするかおじゃない。
 あまりにもこども過ぎる。アルベールに甘やかされて我儘になってしまった。

「アルベールはイヴさまのことがかわいいんですねえ」
「えっ」
「普段から団員と話してることもそうなんですけど。あいつはあまりひとを頼らないんですよ」
「……」

 頼らなくても自分でどうにか出来てしまう器用さも、甘えることが苦手な不器用さもあった。
 他人に弱味を見せることが出来ない。
 そんな彼がはっきりと見せる弱味が家族で、とりわけイヴに対する想いが強い。

「普段なら私にこんなことを頼んだりしないですよ、けれどイヴさまのことを考えたら私が適任だと判断したんでしょうね、素直に頭を下げてきた」
「すみません……」
「イヴさまが謝る必要はない、私も嬉しいんですよ、あの頑固な奴が甘えられる先があって」

 副団長に甘えてるのでは?と考えてしまったのがまたかおに出ていたのだろう、甘えてるのはイヴさまにですよ、と返された。
 アルベールの話がもっと聞きたい。
 他の話だって面白いけれど、アルベール抜きでこうやって話せることってそうない気がして。
 アルベールがおれに甘えてるなんて思ったことなかった。
 いつも頼れる兄だったから。

 伊吹だって、そりゃあ頼れる兄ではなかったけれど、愛莉に甘えていた。
 それは凭れ掛かるという意味ではなくて、信頼してるということ。
 それと同じなのだろう。

『いゔ~』
『おうまさんきたあ』
『きたよ~』

 足元で、外でと、まだ転がって遊んでいた三つ子がまた戻ってきてぴいぴい騒ぎ出した。
 おうまさん。
 ジャンたちを乗せた馬車が着いたのだろう。
 早かったな、と呟いてしまった。
 ユーゴが相当頑張ったのか、タイミングの問題か。それともやはり、ゲームの世界はそういうものなのか。

 息を呑んで背筋を伸ばしたおれの肩に、副団長がそっと手を乗せた。
 手まで大きい。肩がすっぽり隠れてしまう。

「私が対応しましょう」
「でも」
「いいんですよ、うちの竜の話ですからね、私が出張ってもおかしくはないでしょう」

 イヴさまはレベッカの代弁をして下さればいいですからね、なんならイヴさまが外で待っててもいいんですよと微笑んだ副団長に、これは婚約破棄のことを知ってるやつだな、と気付いた。
 首を横に振って、レベッカの傍にいますと言うと、くしゃりと頭を撫で、副団長は頷いた。

 外から話し声と足音がして、最初に入ってきたのはジャンだった。
 次いでアンリにユーゴ。
 卒業以来のジャンは相変わらずふてぶてしいかおをしているなと思った。

「イヴさま、お久しぶりです」
「あ……はい、お久しぶりです……」

 いちばんに口を開いたのはアンリ。ゆるゆるとした口調に拍子抜けしてしまう。
 ジャンに挨拶の間もなく、近付いたアンリはおれの頬に触れた。
 びく、と肩が揺れて、すぐ後ろに立っていた副団長によろけたところを支えられる。

「あの時はごめんなさい」
「……え」
「頬を叩いてしまって」

 綺麗なかおに爪痕が残らなくてよかった、とアンリは眉を下げた。
 あれはこどもが叩いたかのような、大して痛みはないものだった。爪痕もつかなければ、頬の紅みすらすぐに消えたくらいの。
 平民のアンリが貴族のイヴを皆の前で平手を打ち、その後にジャンが婚約破棄を宣言した。
 その内王太子の新しい婚約者となるかもしれないけれど、それでも上の立場のひとへ暴力を奮ったことに間違いはない。
 そこで萎縮せずにこうやってまた素直に謝れたり寄ってこれるのは彼の良い所であり、鼻につく所でもある。
 こうやって触れるから。
 勘違いするひとも多いのだ。

「……勝手に躰と口が動いてしまって。だめですよね、先に考えないといけないってわかってる筈なんですけど」
「別におれは……」

 気にしてない、とジャンの前で言っていいものか。
 腹は立ったが婚約破棄自体は別にどうでも良いと。
 そんなことを言ったら癇に障るか。プライドが傷付くか。
 そんなことまで気にしなくていいだろうと思う反面、恨まれても今後が面倒だなと思う。
 当たり障りなく終わらせてしまいたいのだけど。

 ちらりとジャンを窺うと、不機嫌そうなかおでこちらを見ていた。
 婚約破棄した相手と愛しい子が並んでるのだ、面白くないのだろう。
 そっちこそ少しは申し訳ないかおをしろよ、と思いつつ、頬に触れるアンリの華奢な手を離させた。

 どう口を開こうかとしたところで、副団長が前へ出る。
 まだ眉を寄せているジャンへ頭を下げ、御足労おかけし、とレベッカの元へと誘導した。
 ほっと息を吐いて、ふたりの背中を見ていると、服の裾を引かれる。
 振り返ると、すぐ近くにかわいらしいかおがある。アンリだ。
 頬や唇が触れそうな距離でぎくりとした。
 遠くから見ても整っていると思っていたけれど、近くで見ると流石に主人公だなあと思ってしまう。
 丸い瞳はきらきらしているし、薄く小さな唇はぷるぷるしていて、肌はまるで発光しているかのようにぴかぴかだ。
 これは皆が落ちる距離である。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます

はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。 睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。 驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった! そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・ フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

食堂の大聖女様〜転生大聖女は実家の食堂を手伝ってただけなのに、なぜか常連客たちが鬼神のような集団になってるんですが?〜

にゃん小春
ファンタジー
魔獣の影響で陸の孤島と化した村に住む少女、ティリスティアーナ・フリューネス。父は左遷された錬金術師で村の治療薬を作り、母は唯一の食堂を営んでいた。代わり映えのしない毎日だが、いずれこの寒村は終わりを迎えるだろう。そんな危機的状況の中、十五歳になったばかりのティリスティアーナはある不思議な夢を見る。それは、前世の記憶とも思える大聖女の処刑の場面だった。夢を見た後、村に奇跡的な現象が起き始める。ティリスティアーナが作る料理を食べた村の老人たちは若返り、強靭な肉体を取り戻していたのだ。 そして、鬼神のごとく強くなってしまった村人たちは狩られるものから狩るものへと代わり危機的状況を脱して行くことに!? 滅びかけた村は復活の兆しを見せ、ティリスティアーナも自らの正体を少しずつ思い出していく。 しかし、村で始まった異変はやがて自称常識人である今世は静かに暮らしたいと宣うティリスティアーナによって世界全体を巻き込む大きな波となって広がっていくのであった。 2025/1/25(土)HOTランキング1位ありがとうございます!

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...