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思わず出してしまった表情を隠すように頬を抓った。
兄の上司……正しくは上司じゃないけど似たようなものだ、そのひとの前でするかおじゃない。
あまりにもこども過ぎる。アルベールに甘やかされて我儘になってしまった。
「アルベールはイヴさまのことがかわいいんですねえ」
「えっ」
「普段から団員と話してることもそうなんですけど。あいつはあまりひとを頼らないんですよ」
「……」
頼らなくても自分でどうにか出来てしまう器用さも、甘えることが苦手な不器用さもあった。
他人に弱味を見せることが出来ない。
そんな彼がはっきりと見せる弱味が家族で、とりわけイヴに対する想いが強い。
「普段なら私にこんなことを頼んだりしないですよ、けれどイヴさまのことを考えたら私が適任だと判断したんでしょうね、素直に頭を下げてきた」
「すみません……」
「イヴさまが謝る必要はない、私も嬉しいんですよ、あの頑固な奴が甘えられる先があって」
副団長に甘えてるのでは?と考えてしまったのがまたかおに出ていたのだろう、甘えてるのはイヴさまにですよ、と返された。
アルベールの話がもっと聞きたい。
他の話だって面白いけれど、アルベール抜きでこうやって話せることってそうない気がして。
アルベールがおれに甘えてるなんて思ったことなかった。
いつも頼れる兄だったから。
伊吹だって、そりゃあ頼れる兄ではなかったけれど、愛莉に甘えていた。
それは凭れ掛かるという意味ではなくて、信頼してるということ。
それと同じなのだろう。
『いゔ~』
『おうまさんきたあ』
『きたよ~』
足元で、外でと、まだ転がって遊んでいた三つ子がまた戻ってきてぴいぴい騒ぎ出した。
おうまさん。
ジャンたちを乗せた馬車が着いたのだろう。
早かったな、と呟いてしまった。
ユーゴが相当頑張ったのか、タイミングの問題か。それともやはり、ゲームの世界はそういうものなのか。
息を呑んで背筋を伸ばしたおれの肩に、副団長がそっと手を乗せた。
手まで大きい。肩がすっぽり隠れてしまう。
「私が対応しましょう」
「でも」
「いいんですよ、うちの竜の話ですからね、私が出張ってもおかしくはないでしょう」
イヴさまはレベッカの代弁をして下さればいいですからね、なんならイヴさまが外で待っててもいいんですよと微笑んだ副団長に、これは婚約破棄のことを知ってるやつだな、と気付いた。
首を横に振って、レベッカの傍にいますと言うと、くしゃりと頭を撫で、副団長は頷いた。
外から話し声と足音がして、最初に入ってきたのはジャンだった。
次いでアンリにユーゴ。
卒業以来のジャンは相変わらずふてぶてしいかおをしているなと思った。
「イヴさま、お久しぶりです」
「あ……はい、お久しぶりです……」
いちばんに口を開いたのはアンリ。ゆるゆるとした口調に拍子抜けしてしまう。
ジャンに挨拶の間もなく、近付いたアンリはおれの頬に触れた。
びく、と肩が揺れて、すぐ後ろに立っていた副団長によろけたところを支えられる。
「あの時はごめんなさい」
「……え」
「頬を叩いてしまって」
綺麗なかおに爪痕が残らなくてよかった、とアンリは眉を下げた。
あれはこどもが叩いたかのような、大して痛みはないものだった。爪痕もつかなければ、頬の紅みすらすぐに消えたくらいの。
平民のアンリが貴族のイヴを皆の前で平手を打ち、その後にジャンが婚約破棄を宣言した。
その内王太子の新しい婚約者となるかもしれないけれど、それでも上の立場のひとへ暴力を奮ったことに間違いはない。
そこで萎縮せずにこうやってまた素直に謝れたり寄ってこれるのは彼の良い所であり、鼻につく所でもある。
こうやって触れるから。
勘違いするひとも多いのだ。
「……勝手に躰と口が動いてしまって。だめですよね、先に考えないといけないってわかってる筈なんですけど」
「別におれは……」
気にしてない、とジャンの前で言っていいものか。
腹は立ったが婚約破棄自体は別にどうでも良いと。
そんなことを言ったら癇に障るか。プライドが傷付くか。
そんなことまで気にしなくていいだろうと思う反面、恨まれても今後が面倒だなと思う。
当たり障りなく終わらせてしまいたいのだけど。
ちらりとジャンを窺うと、不機嫌そうなかおでこちらを見ていた。
婚約破棄した相手と愛しい子が並んでるのだ、面白くないのだろう。
そっちこそ少しは申し訳ないかおをしろよ、と思いつつ、頬に触れるアンリの華奢な手を離させた。
どう口を開こうかとしたところで、副団長が前へ出る。
まだ眉を寄せているジャンへ頭を下げ、御足労おかけし、とレベッカの元へと誘導した。
ほっと息を吐いて、ふたりの背中を見ていると、服の裾を引かれる。
振り返ると、すぐ近くにかわいらしいかおがある。アンリだ。
頬や唇が触れそうな距離でぎくりとした。
遠くから見ても整っていると思っていたけれど、近くで見ると流石に主人公だなあと思ってしまう。
丸い瞳はきらきらしているし、薄く小さな唇はぷるぷるしていて、肌はまるで発光しているかのようにぴかぴかだ。
これは皆が落ちる距離である。
兄の上司……正しくは上司じゃないけど似たようなものだ、そのひとの前でするかおじゃない。
あまりにもこども過ぎる。アルベールに甘やかされて我儘になってしまった。
「アルベールはイヴさまのことがかわいいんですねえ」
「えっ」
「普段から団員と話してることもそうなんですけど。あいつはあまりひとを頼らないんですよ」
「……」
頼らなくても自分でどうにか出来てしまう器用さも、甘えることが苦手な不器用さもあった。
他人に弱味を見せることが出来ない。
そんな彼がはっきりと見せる弱味が家族で、とりわけイヴに対する想いが強い。
「普段なら私にこんなことを頼んだりしないですよ、けれどイヴさまのことを考えたら私が適任だと判断したんでしょうね、素直に頭を下げてきた」
「すみません……」
「イヴさまが謝る必要はない、私も嬉しいんですよ、あの頑固な奴が甘えられる先があって」
副団長に甘えてるのでは?と考えてしまったのがまたかおに出ていたのだろう、甘えてるのはイヴさまにですよ、と返された。
アルベールの話がもっと聞きたい。
他の話だって面白いけれど、アルベール抜きでこうやって話せることってそうない気がして。
アルベールがおれに甘えてるなんて思ったことなかった。
いつも頼れる兄だったから。
伊吹だって、そりゃあ頼れる兄ではなかったけれど、愛莉に甘えていた。
それは凭れ掛かるという意味ではなくて、信頼してるということ。
それと同じなのだろう。
『いゔ~』
『おうまさんきたあ』
『きたよ~』
足元で、外でと、まだ転がって遊んでいた三つ子がまた戻ってきてぴいぴい騒ぎ出した。
おうまさん。
ジャンたちを乗せた馬車が着いたのだろう。
早かったな、と呟いてしまった。
ユーゴが相当頑張ったのか、タイミングの問題か。それともやはり、ゲームの世界はそういうものなのか。
息を呑んで背筋を伸ばしたおれの肩に、副団長がそっと手を乗せた。
手まで大きい。肩がすっぽり隠れてしまう。
「私が対応しましょう」
「でも」
「いいんですよ、うちの竜の話ですからね、私が出張ってもおかしくはないでしょう」
イヴさまはレベッカの代弁をして下さればいいですからね、なんならイヴさまが外で待っててもいいんですよと微笑んだ副団長に、これは婚約破棄のことを知ってるやつだな、と気付いた。
首を横に振って、レベッカの傍にいますと言うと、くしゃりと頭を撫で、副団長は頷いた。
外から話し声と足音がして、最初に入ってきたのはジャンだった。
次いでアンリにユーゴ。
卒業以来のジャンは相変わらずふてぶてしいかおをしているなと思った。
「イヴさま、お久しぶりです」
「あ……はい、お久しぶりです……」
いちばんに口を開いたのはアンリ。ゆるゆるとした口調に拍子抜けしてしまう。
ジャンに挨拶の間もなく、近付いたアンリはおれの頬に触れた。
びく、と肩が揺れて、すぐ後ろに立っていた副団長によろけたところを支えられる。
「あの時はごめんなさい」
「……え」
「頬を叩いてしまって」
綺麗なかおに爪痕が残らなくてよかった、とアンリは眉を下げた。
あれはこどもが叩いたかのような、大して痛みはないものだった。爪痕もつかなければ、頬の紅みすらすぐに消えたくらいの。
平民のアンリが貴族のイヴを皆の前で平手を打ち、その後にジャンが婚約破棄を宣言した。
その内王太子の新しい婚約者となるかもしれないけれど、それでも上の立場のひとへ暴力を奮ったことに間違いはない。
そこで萎縮せずにこうやってまた素直に謝れたり寄ってこれるのは彼の良い所であり、鼻につく所でもある。
こうやって触れるから。
勘違いするひとも多いのだ。
「……勝手に躰と口が動いてしまって。だめですよね、先に考えないといけないってわかってる筈なんですけど」
「別におれは……」
気にしてない、とジャンの前で言っていいものか。
腹は立ったが婚約破棄自体は別にどうでも良いと。
そんなことを言ったら癇に障るか。プライドが傷付くか。
そんなことまで気にしなくていいだろうと思う反面、恨まれても今後が面倒だなと思う。
当たり障りなく終わらせてしまいたいのだけど。
ちらりとジャンを窺うと、不機嫌そうなかおでこちらを見ていた。
婚約破棄した相手と愛しい子が並んでるのだ、面白くないのだろう。
そっちこそ少しは申し訳ないかおをしろよ、と思いつつ、頬に触れるアンリの華奢な手を離させた。
どう口を開こうかとしたところで、副団長が前へ出る。
まだ眉を寄せているジャンへ頭を下げ、御足労おかけし、とレベッカの元へと誘導した。
ほっと息を吐いて、ふたりの背中を見ていると、服の裾を引かれる。
振り返ると、すぐ近くにかわいらしいかおがある。アンリだ。
頬や唇が触れそうな距離でぎくりとした。
遠くから見ても整っていると思っていたけれど、近くで見ると流石に主人公だなあと思ってしまう。
丸い瞳はきらきらしているし、薄く小さな唇はぷるぷるしていて、肌はまるで発光しているかのようにぴかぴかだ。
これは皆が落ちる距離である。
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