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アンリ自身は悪用してジャンを落とした訳ではないし、アンリが良い子だからジャンは好意を持ち、それが増幅されてしまったのだろうから、ジャンの好意は偽物なんかではない。
アンリが良心を持ってジャンに接し、愛が生まれただけだ。イヴへの想いよりずっと確かなものが。
さみしい思いも辛い思いもしたけれど、婚約破棄のあの瞬間以外でアンリを憎んだことはない。誰にでも優しいアンリはイヴにだって優しかった。
だけどそれとこれとは別。
アンリのことをすきになっちゃいやだ。
レオンだけ見てて。
おれのことも……いや、おれよりアンリを選ばないで。
その優しい視線を、穏やかな声を、柔らかく触れる手をおれたち以外に向けないで。
「アンリに会ってほしくない……」
万が一でも、そんな心配もういらなくても、それでももう取られたくないと不安になってしまう。
アルベールが大丈夫だと言っても、ジャンの目の前で何かする訳がないのをわかってても、アルベールの予知に怪しいとこがなかったとしても。
突然の出会いではなく、ここに来ることがわかってるのなら、わざわざ会わせたくない。
「イヴがそういう我儘を言うのは珍しいね」
「……」
「イヴのお願いは聞いてあげたいけれど、許せない我儘だってあるよ」
「でも……」
「……これは聞いてあげた方がいい我儘かな」
「!」
そうでしょう、と瞳を細めるアルベールに、うんうんうんと必死で頷いた。
わかってくれて嬉しい、そう、これは本気のお願いだから。
「でもひとりには出来ない、わかるね?」
「……竜が」
「苦しんでるレベッカとおこさまたちしかいない状況で安心出来るとでも?」
「うう……」
「すぐにここに誰か連れてくる。僕じゃなければいいんでしょう?」
「……じゃああの、できれば愛妻家がいいと思う」
「……?」
「あの、その、ほら、ええと、何か揉めても面倒、だし……」
これまた万が一、アンリの魅了にかかってすきになってしまったら困る。
ジャンとの三角関係、なんならユーゴを交えて四角関係、元婚約者もその場にいて五角関係なんて笑えないもの。呼んだ手前、そんなことになったら申し訳ない。相手からしたらとばっちりもいいとこだ。
愛妻家ならアンリの能力に掛かっても、アンリじゃなく家族に向くだろうから。
「まあ……うん、わかった。ジャンさまたちはまだ来ないと思うけど、すぐ……本当にすぐ帰ってくるから。すぐに」
「うん」
そんなに念を押さなくたって、マリアなら本当に一瞬だとわかってる。
アルベールは長い睫毛を伏せて、こういう時にイヴの予知が見えないのは本当に不便だ、と漏らした。
「この力全部、イヴに使ったって構わないのに」
……流石にそれはリップサービスだと思うけど。
レオンやエディーや仕事の為にも使ってよ、って思うけど。
今はそんな軽口も叩けない程、胸にじんわりと沁みた。
アルベールが味方だったら、イヴはなんだって出来ると思ってた。
だいすきな兄が味方なら、なんだって。
◇◇◇
「……えっ、いいのこれ」
「ご本人が自分が行くとおっしゃるので……」
宣言通り、すぐに演習場まで戻り、竜舎まで連れて来たのは副団長だった。
……団長と副団長が抜けて大丈夫なの?そりゃただ鍛錬してるだけだからふたりが必要って訳じゃないのかもしれないけど。
「アルベールが愛妻家を募ったものでね、私が手を上げない訳にもいかんでしょう」
わははと笑う副団長に、少し声は小さめで……とお願いをした。
一応レベッカは体調不良、まだきゅううと鳴いている。
というか愛妻家を募ったの……急いでたとはいえ、どんなかおでそんな呼び掛けをしたの。
「……ごめん、でもいちばん信用してるのもやっぱり副団長で」
「それはわかるし嫌とかじゃないんだけど……その、連れてきてもらってなんだけど、本当にいいのかなって……仕事抜けてきてもらってるし、その、今から来るの、ジャンさまとアンリだし……」
「ははは、何、別に私なんかいなくてもたかが練習時間、どうもなりゃせんですよ、それより竜やイヴさまの方がだいじですわ」
……比較的小さくしてもらったけど、やっぱり声でかいな。
これ以上は流石に言えないけど。
なんて話してここまで来てくれたんだろう。婚約破棄のことは知ってるのかな?
アルベールの立場として話したらいけない話題とかあるのかな。
それらは誰であっても考えることではあったけれど、副団長はなんだか、まあばれてしまってもいいか、広めたり悪用したり馬鹿にしたりなんかしないだろう、という安心感がある。
アルベールが信頼している上司で、こんなに熊みたいに大きいのに、声だって大きくて、怒ったらこわいんだろうなと思うのに、でも先日初めてちゃんと会った時からおれにはにこにこしてくれてるからかな、びっくりはするけど恐怖心とかはない。
良いひとなんだろうな、とわかるし、実際に安心する。
父親のような、そんな包容力がある。
愛妻家、おまけに子煩悩だという。父親のような包容力というのは間違ってなかった。
アンリが良心を持ってジャンに接し、愛が生まれただけだ。イヴへの想いよりずっと確かなものが。
さみしい思いも辛い思いもしたけれど、婚約破棄のあの瞬間以外でアンリを憎んだことはない。誰にでも優しいアンリはイヴにだって優しかった。
だけどそれとこれとは別。
アンリのことをすきになっちゃいやだ。
レオンだけ見てて。
おれのことも……いや、おれよりアンリを選ばないで。
その優しい視線を、穏やかな声を、柔らかく触れる手をおれたち以外に向けないで。
「アンリに会ってほしくない……」
万が一でも、そんな心配もういらなくても、それでももう取られたくないと不安になってしまう。
アルベールが大丈夫だと言っても、ジャンの目の前で何かする訳がないのをわかってても、アルベールの予知に怪しいとこがなかったとしても。
突然の出会いではなく、ここに来ることがわかってるのなら、わざわざ会わせたくない。
「イヴがそういう我儘を言うのは珍しいね」
「……」
「イヴのお願いは聞いてあげたいけれど、許せない我儘だってあるよ」
「でも……」
「……これは聞いてあげた方がいい我儘かな」
「!」
そうでしょう、と瞳を細めるアルベールに、うんうんうんと必死で頷いた。
わかってくれて嬉しい、そう、これは本気のお願いだから。
「でもひとりには出来ない、わかるね?」
「……竜が」
「苦しんでるレベッカとおこさまたちしかいない状況で安心出来るとでも?」
「うう……」
「すぐにここに誰か連れてくる。僕じゃなければいいんでしょう?」
「……じゃああの、できれば愛妻家がいいと思う」
「……?」
「あの、その、ほら、ええと、何か揉めても面倒、だし……」
これまた万が一、アンリの魅了にかかってすきになってしまったら困る。
ジャンとの三角関係、なんならユーゴを交えて四角関係、元婚約者もその場にいて五角関係なんて笑えないもの。呼んだ手前、そんなことになったら申し訳ない。相手からしたらとばっちりもいいとこだ。
愛妻家ならアンリの能力に掛かっても、アンリじゃなく家族に向くだろうから。
「まあ……うん、わかった。ジャンさまたちはまだ来ないと思うけど、すぐ……本当にすぐ帰ってくるから。すぐに」
「うん」
そんなに念を押さなくたって、マリアなら本当に一瞬だとわかってる。
アルベールは長い睫毛を伏せて、こういう時にイヴの予知が見えないのは本当に不便だ、と漏らした。
「この力全部、イヴに使ったって構わないのに」
……流石にそれはリップサービスだと思うけど。
レオンやエディーや仕事の為にも使ってよ、って思うけど。
今はそんな軽口も叩けない程、胸にじんわりと沁みた。
アルベールが味方だったら、イヴはなんだって出来ると思ってた。
だいすきな兄が味方なら、なんだって。
◇◇◇
「……えっ、いいのこれ」
「ご本人が自分が行くとおっしゃるので……」
宣言通り、すぐに演習場まで戻り、竜舎まで連れて来たのは副団長だった。
……団長と副団長が抜けて大丈夫なの?そりゃただ鍛錬してるだけだからふたりが必要って訳じゃないのかもしれないけど。
「アルベールが愛妻家を募ったものでね、私が手を上げない訳にもいかんでしょう」
わははと笑う副団長に、少し声は小さめで……とお願いをした。
一応レベッカは体調不良、まだきゅううと鳴いている。
というか愛妻家を募ったの……急いでたとはいえ、どんなかおでそんな呼び掛けをしたの。
「……ごめん、でもいちばん信用してるのもやっぱり副団長で」
「それはわかるし嫌とかじゃないんだけど……その、連れてきてもらってなんだけど、本当にいいのかなって……仕事抜けてきてもらってるし、その、今から来るの、ジャンさまとアンリだし……」
「ははは、何、別に私なんかいなくてもたかが練習時間、どうもなりゃせんですよ、それより竜やイヴさまの方がだいじですわ」
……比較的小さくしてもらったけど、やっぱり声でかいな。
これ以上は流石に言えないけど。
なんて話してここまで来てくれたんだろう。婚約破棄のことは知ってるのかな?
アルベールの立場として話したらいけない話題とかあるのかな。
それらは誰であっても考えることではあったけれど、副団長はなんだか、まあばれてしまってもいいか、広めたり悪用したり馬鹿にしたりなんかしないだろう、という安心感がある。
アルベールが信頼している上司で、こんなに熊みたいに大きいのに、声だって大きくて、怒ったらこわいんだろうなと思うのに、でも先日初めてちゃんと会った時からおれにはにこにこしてくれてるからかな、びっくりはするけど恐怖心とかはない。
良いひとなんだろうな、とわかるし、実際に安心する。
父親のような、そんな包容力がある。
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