【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
52 / 192
5

51

しおりを挟む
 アンリ自身は悪用してジャンを落とした訳ではないし、アンリが良い子だからジャンは好意を持ち、それが増幅されてしまったのだろうから、ジャンの好意は偽物なんかではない。
 アンリが良心を持ってジャンに接し、愛が生まれただけだ。イヴへの想いよりずっと確かなものが。
 さみしい思いも辛い思いもしたけれど、婚約破棄のあの瞬間以外でアンリを憎んだことはない。誰にでも優しいアンリはイヴにだって優しかった。

 だけどそれとこれとは別。
 アンリのことをすきになっちゃいやだ。
 レオンだけ見てて。
 おれのことも……いや、おれよりアンリを選ばないで。
 その優しい視線を、穏やかな声を、柔らかく触れる手をおれたち以外に向けないで。

「アンリに会ってほしくない……」

 万が一でも、そんな心配もういらなくても、それでももう取られたくないと不安になってしまう。
 アルベールが大丈夫だと言っても、ジャンの目の前で何かする訳がないのをわかってても、アルベールの予知に怪しいとこがなかったとしても。
 突然の出会いではなく、ここに来ることがわかってるのなら、わざわざ会わせたくない。

「イヴがそういう我儘を言うのは珍しいね」
「……」
「イヴのお願いは聞いてあげたいけれど、許せない我儘だってあるよ」
「でも……」
「……これは聞いてあげた方がいい我儘かな」
「!」

 そうでしょう、と瞳を細めるアルベールに、うんうんうんと必死で頷いた。
 わかってくれて嬉しい、そう、これは本気のお願いだから。

「でもひとりには出来ない、わかるね?」
「……竜が」
「苦しんでるレベッカとおこさまたちしかいない状況で安心出来るとでも?」
「うう……」
「すぐにここに誰か連れてくる。僕じゃなければいいんでしょう?」
「……じゃああの、できれば愛妻家がいいと思う」
「……?」
「あの、その、ほら、ええと、何か揉めても面倒、だし……」

 これまた万が一、アンリの魅了にかかってすきになってしまったら困る。
 ジャンとの三角関係、なんならユーゴを交えて四角関係、元婚約者もその場にいて五角関係なんて笑えないもの。呼んだ手前、そんなことになったら申し訳ない。相手からしたらとばっちりもいいとこだ。
 愛妻家ならアンリの能力に掛かっても、アンリじゃなく家族に向くだろうから。

「まあ……うん、わかった。ジャンさまたちはまだ来ないと思うけど、すぐ……本当にすぐ帰ってくるから。すぐに」
「うん」

 そんなに念を押さなくたって、マリアなら本当に一瞬だとわかってる。
 アルベールは長い睫毛を伏せて、こういう時にイヴの予知が見えないのは本当に不便だ、と漏らした。

「この力全部、イヴに使ったって構わないのに」

 ……流石にそれはリップサービスだと思うけど。
 レオンやエディーや仕事の為にも使ってよ、って思うけど。
 今はそんな軽口も叩けない程、胸にじんわりと沁みた。
 アルベールが味方だったら、イヴはなんだって出来ると思ってた。
 だいすきな兄が味方なら、なんだって。


 ◇◇◇

「……えっ、いいのこれ」
「ご本人が自分が行くとおっしゃるので……」

 宣言通り、すぐに演習場まで戻り、竜舎まで連れて来たのは副団長だった。
 ……団長と副団長が抜けて大丈夫なの?そりゃただ鍛錬してるだけだからふたりが必要って訳じゃないのかもしれないけど。

「アルベールが愛妻家を募ったものでね、私が手を上げない訳にもいかんでしょう」

 わははと笑う副団長に、少し声は小さめで……とお願いをした。
 一応レベッカは体調不良、まだきゅううと鳴いている。
 というか愛妻家を募ったの……急いでたとはいえ、どんなかおでそんな呼び掛けをしたの。

「……ごめん、でもいちばん信用してるのもやっぱり副団長で」
「それはわかるし嫌とかじゃないんだけど……その、連れてきてもらってなんだけど、本当にいいのかなって……仕事抜けてきてもらってるし、その、今から来るの、ジャンさまとアンリだし……」
「ははは、何、別に私なんかいなくてもたかが練習時間、どうもなりゃせんですよ、それより竜やイヴさまの方がだいじですわ」

 ……比較的小さくしてもらったけど、やっぱり声でかいな。
 これ以上は流石に言えないけど。
 なんて話してここまで来てくれたんだろう。婚約破棄のことは知ってるのかな?
 アルベールの立場として話したらいけない話題とかあるのかな。

 それらは誰であっても考えることではあったけれど、副団長はなんだか、まあばれてしまってもいいか、広めたり悪用したり馬鹿にしたりなんかしないだろう、という安心感がある。
 アルベールが信頼している上司で、こんなに熊みたいに大きいのに、声だって大きくて、怒ったらこわいんだろうなと思うのに、でも先日初めてちゃんと会った時からおれにはにこにこしてくれてるからかな、びっくりはするけど恐怖心とかはない。
 良いひとなんだろうな、とわかるし、実際に安心する。
 父親のような、そんな包容力がある。
 愛妻家、おまけに子煩悩だという。父親のような包容力というのは間違ってなかった。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

処理中です...