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「という訳で本日は団長の弟君のイヴさまが様子を見に来て下さっている、邪魔はしないように!竜のことで相談がある者は先に俺か団長に話を通してから!以上!」
副団長の大きな声が、通る……というよりは空気が震える。その声に躰が小さくなってしまいそうだと思った。
よく良く考えれば、伊吹としても体育会系は苦手だった。統率された返事に、躰がびくりと跳ねて、その様子にアルベールはくすりと笑う。
こっそりと、おれも返事とかした方がいいのかなと訊くと、団員じゃないから構わない、と笑いを噛み殺し、柔らかな視線でおれを見下ろした。
竜騎士団として活動してくれる竜の数はそう多くない。そもそもが希少種で、更に人間の元にいることが珍しいのだから。
この竜にはこの騎士、と決められていることは少なかった。
でもだからといって、その時その時に空いてる竜に乗って出撃だ、という訳にはいかなかった。
相性や癖もある。
気難しい竜や、飛び方が下手くそな竜も、躰があついとか冷たいとか、注意をしないといけない竜もいる。
数人背に乗せられる竜も、ひとりが限界の竜も。
コミュニケーションだって必要だ、あいつの言うことはきけない、と竜の方からNGを出されることだってある。
難しいものだ。
演習場ですることは、基本的には体力作りとか剣術等の鍛錬、魔力の扱い方、そういった通常の騎士団とかわらないようなものに、大きく違うのは竜たちとのコミュニケーションだった。
右に行け、と命を出してその通りに飛ばない、ここで火を吹けと命じて吹かない、帰るぞと言っても帰らない、背に乗せないなどあっては竜騎士の意味がない。
彼等がどれくらい息のあった姿を見せてくれるか。お互い信用しているか。
竜騎士にとっていちばんだいじなことは、竜に信頼されるかどうかだ。
普段上手くやってると思っても、お互いの本音どころか言葉が通じないのだから不安になるのも当たり前だ。
アルベールや副団長を通して、次々に相談が舞い込んでくる。これは今日だけじゃ終わらなさそう。
この子はお腹のところに怪我をしている、レオンさまに依頼する程ではないけれど、数日飛ぶのを控えさせた方がいいかもしれない。お前も飛んだらだめだよ、おとなしく出来るね?
この子は強い言葉が苦手みたいです、捕まえる時の魔力による首輪が所謂トラウマで、話せばこちらの言葉もわかってくれるので首輪なしで優しく話してあげてもらっても良いですか?
あ、うん、えっと、桃がすきだからいっぱい食べたいらしいです、贅沢だねお前……え、それだけ?それ以外は不満ないらしいです。遊んで貰ってると思ってる……これは仕事だよ、遊びじゃない、怪我をしたりさせないようにね。
そんな話ばかりで意外と文句らしい文句はなかった。
おれがいなくても上手く回ったかもしれない。それでもおれがいることで助かったと言ってもらえると擽ったかった。
細いところまではわからない。そういうところに上手くおれを使ってくれたら。
正直、竜に関してはもうこわくなんてなかった。
マリアや三つ子が懐いてくれてることで、大きい躰も慣れたし、ぴいぴい騒ぐちょっとした我儘な性格にも慣れた。
ひとの元にいるくらいだ、基本的に良い子が多いし、無邪気だったり、悪意がない竜ばかりだから、言ってみれば大きな犬のようなもの。
竜よりもこわいのは、裏も表もある人間の方だった。
ここでのおれは竜と会話の出来る変な奴で、竜騎士団長の弟で、王太子の婚約者で、どこまで広がってるかはわからないがもしかしたら婚約破棄の件も知られているかどうか。
いけ好かない奴だとか、大したことないなとか、なんでこんな奴がだとか、そういう目で見られるのかなって。
アルベールの人徳なのか、副団長の視線があるからか。おれよりも歳上のひとたちだからか。
皆にこにこしながら話し掛けてくれて、学園での居心地の悪さに比べるとなんて過ごしやすい現場かと感動した。
そりゃあやっぱり内心まではわからないけど。
「団長が弟君を連れてくるとは思わなかったです」
「危ないってずっと言ってたもんなあ」
「副団長と三倍くらい違いません?もっとあるか」
「副団長とぶつかったら飛んでくよな、そりゃあ危ないわ」
「竜じゃないのかよ」
「団長がすっげえ機嫌良さそうで……あっいつも笑顔ですけど!」
わはは、と笑いながら話す団員に、仲がいいんだな、と思う。
良かった、アルベールの能力や家柄、婚約者のことで疎まれたりやっかまれたりしてないみたい。
……おれと同じ状況の筈なのに全然違うのは、やはり人間としての出来の違いかな。
自分から離れないようにと命じておきながら、副団長に呼ばれたアルベールはちょいちょい席を外す。
その間にこうやってアルベールの先輩たちが構ってくれることが多かった。
副団長同様、信頼出来る先輩もいるらしいとわかって安心した。
これから竜舎だけではなくこちらにもかおを出したい、迷惑にならないかと訊くと、俺たちにそんなことを訊いても。有難いだけですよ、と笑われた。
団長も副団長も機嫌がいいし、竜のことも聞けるしいいことしかないですよ、是非毎日来て下さい、と。
それは嘘では無いように見えて、ほっと胸をなでおろした。
邪魔だと言われてしまったらどうしようかと思ってたから。
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