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それなら、アルベールだけを愛してほしい。
「アル兄さまをしあわせにするのが婚約じゃないんですか……」
「ジャンはお前をしあわせにしたか?」
「……」
「婚約にも色々な思惑があるのはイヴもわかってるだろう」
「……じゃあいいです!婚約!解消すればいいじゃないですか!アル兄さまは他のひとにしあわせにしてもらえばいいんでしょう!レオンさまにその気がないんだったら……っ、あ、」
大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。外の従者に聞かれたかもしれないと。
ついむかっとしてしまった。
誰よりも愛してるって言ったくせに。
おれに委ねようとしたり、アルベールとの婚約に愛がないような、そんな言い方をするだなんて。
アルベールのことすきだって言ったじゃないか、結婚だってする気もあったじゃないか。
……レオンがそんなに平然としてられるのは、アルベールもレオンのこと、そこまですきじゃなかったりする?
おとなって、すきでもないひとと、あんなに普通にキスとか出来るもんなの?
治癒だから仕方ないって、割り切れるものなの?
悔しかった。レオンがそんな反応すると思わなかったから。
ちゃんと仲良くしてると思ったのに。
腹が立って、でも何も出来ない自分も嫌だ。
こんな時だって、身分のことを考えてしまう。
「お前は自分のことはすぐに引く癖に、アルベールのことになると先走るな」
「……は」
大きな溜息と、呆れたような苦笑。
あいつはもうお前に心配されるようなか弱い少年ではないぞ、とおれの髪を撫で、お前の方がよっぽどだ、と呟く。
「アルベールは自分で選べるよ、言っただろう、この状況が有難いと思ってるのはアルベールも同じだ」
「……濁されると、難しい話だと、わからないです」
「アルベールは俺がしあわせに、なんて考えなくたって自分で考えて行動出来る奴だってことだよ」
「……?」
「自分の欲に正直になったからお前のことがすきだと言ったんだよ、俺もアルベールも」
それが婚約継続に繋がる意味がわからなかった。
怪訝そうにレオンを見上げると、彼はふっと笑う。
笑うと、少しきつそうに見える紫の瞳が柔らかく見えるのがすきだ。ほっとする。酷いことを言っているのはわかるけど、勝手なことに、嫌われたくもないと思うのだ。
「いいか、逃げるんじゃないぞ、話は最後まで聞け、途中で遮るな」
「う……は、はい……」
どちらも前科があるだけに頷くしかなかった。
話を聞きたい訳ではない。丸め込まれそうで。
でもおれがその気がないと伝えないといけないと思ったように、レオンも伝えることを伝えなければおれがまた逃げたって追ってくるだろう。
要はおれが気を強く持てばいいだけの話なのだ。
「俺もアルベールも昔からお前をかわいいと思ってる、それはわかるな?」
「……はい」
「お前がジャンと婚約をして、その後俺とアルベールも婚約となったが、まあそれはあいつの能力を手放さない為もあるし、元より俺も気に入ってはいたんだ、どうせなら仲良くできる相手の方が良いだろう?」
「……そう、ですね」
「お前もジャンも逃げていたけど、あいつは真面目だからな、婚約者として式典も会議も何だって参加した。もう俺の婚約者はアルベールなんだ、周りからしても、俺から見ても」
「はい」
「何度も言ったが俺はあいつのことも好いているよ、少なくとも、お前がこんな状態になるまでは上手くやっていたし、お互い妥協がない訳でもないと思うが、このまま婚姻していただろう」
でもお前が婚約破棄となると、我慢なんてする必要がなくなってしまった。わかるな?と覗き込む。
わかりたくはないけど。
「俺もアルベールもお前がいちばんなんだ、お互いはその次」
「……いちばんにしないで欲しい」
「そんなこと言ったって仕方ないだろう、そこを変えることは出来ない」
「だっておれ、本当にふたりのことを、いや、ふたりじゃなくたって……」
兄でも、兄じゃなくっても。
誰かをすきになるのはこわい。裏切られるのは、棄てられるのはこわい。
それはきっと、ジャンに棄てられたことだとふたりは取るだろうけれど、違う。それもひとつの理由ではあるけど、そこよりもっとおれの恐怖心は根深い。
家族に要らないと思われることは、そう扱われることは、婚約破棄なんかよりずっと、自分の存在を否定したくなってしまう。
家族にさえ愛されないおれが、誰かに愛される訳がない。
だけど、ここなら、イヴの家族なら。
両親も弟もおれを愛してくれる。
だから兄も。
アルベールもレオンも、兄のようなものだから、だから愛してくれたっておかしくないんだ、当然なんだ、普通なんだって思わせてほしい。
ふたりが婚約したって、結婚したって、弟だからおれとの関係を絶たないでほしい。
消えない愛がほしい。安心出来るような愛がほしい。
恋なんて不確かで偽物もあって、作ることも出来るようなものじゃなくて、ただ存在するだけで許される、消えない愛がほしい。
離れたって愛莉はかわいい妹で、心配で、心の底からしあわせを願える。それになりたい。
アルベールもレオンも特別なんだ、血が繋がらなくたって、すきだって、愛してるよって、そういう兄でいてくれたらずっと安心出来るから。
だから嫌なんだよ、
「いいか、お前が俺たちを嫌にならない限り、他のやつと結ばれない限り、俺たちは諦めない、人間の感情は変わる、変えることが出来るんだ」
それが嫌なんだ、
「……イヴ、アルベールも。俺はふたりとも愛してるよ」
何度目かのその言葉は、おれには嬉しいものではなかった。
「アル兄さまをしあわせにするのが婚約じゃないんですか……」
「ジャンはお前をしあわせにしたか?」
「……」
「婚約にも色々な思惑があるのはイヴもわかってるだろう」
「……じゃあいいです!婚約!解消すればいいじゃないですか!アル兄さまは他のひとにしあわせにしてもらえばいいんでしょう!レオンさまにその気がないんだったら……っ、あ、」
大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。外の従者に聞かれたかもしれないと。
ついむかっとしてしまった。
誰よりも愛してるって言ったくせに。
おれに委ねようとしたり、アルベールとの婚約に愛がないような、そんな言い方をするだなんて。
アルベールのことすきだって言ったじゃないか、結婚だってする気もあったじゃないか。
……レオンがそんなに平然としてられるのは、アルベールもレオンのこと、そこまですきじゃなかったりする?
おとなって、すきでもないひとと、あんなに普通にキスとか出来るもんなの?
治癒だから仕方ないって、割り切れるものなの?
悔しかった。レオンがそんな反応すると思わなかったから。
ちゃんと仲良くしてると思ったのに。
腹が立って、でも何も出来ない自分も嫌だ。
こんな時だって、身分のことを考えてしまう。
「お前は自分のことはすぐに引く癖に、アルベールのことになると先走るな」
「……は」
大きな溜息と、呆れたような苦笑。
あいつはもうお前に心配されるようなか弱い少年ではないぞ、とおれの髪を撫で、お前の方がよっぽどだ、と呟く。
「アルベールは自分で選べるよ、言っただろう、この状況が有難いと思ってるのはアルベールも同じだ」
「……濁されると、難しい話だと、わからないです」
「アルベールは俺がしあわせに、なんて考えなくたって自分で考えて行動出来る奴だってことだよ」
「……?」
「自分の欲に正直になったからお前のことがすきだと言ったんだよ、俺もアルベールも」
それが婚約継続に繋がる意味がわからなかった。
怪訝そうにレオンを見上げると、彼はふっと笑う。
笑うと、少しきつそうに見える紫の瞳が柔らかく見えるのがすきだ。ほっとする。酷いことを言っているのはわかるけど、勝手なことに、嫌われたくもないと思うのだ。
「いいか、逃げるんじゃないぞ、話は最後まで聞け、途中で遮るな」
「う……は、はい……」
どちらも前科があるだけに頷くしかなかった。
話を聞きたい訳ではない。丸め込まれそうで。
でもおれがその気がないと伝えないといけないと思ったように、レオンも伝えることを伝えなければおれがまた逃げたって追ってくるだろう。
要はおれが気を強く持てばいいだけの話なのだ。
「俺もアルベールも昔からお前をかわいいと思ってる、それはわかるな?」
「……はい」
「お前がジャンと婚約をして、その後俺とアルベールも婚約となったが、まあそれはあいつの能力を手放さない為もあるし、元より俺も気に入ってはいたんだ、どうせなら仲良くできる相手の方が良いだろう?」
「……そう、ですね」
「お前もジャンも逃げていたけど、あいつは真面目だからな、婚約者として式典も会議も何だって参加した。もう俺の婚約者はアルベールなんだ、周りからしても、俺から見ても」
「はい」
「何度も言ったが俺はあいつのことも好いているよ、少なくとも、お前がこんな状態になるまでは上手くやっていたし、お互い妥協がない訳でもないと思うが、このまま婚姻していただろう」
でもお前が婚約破棄となると、我慢なんてする必要がなくなってしまった。わかるな?と覗き込む。
わかりたくはないけど。
「俺もアルベールもお前がいちばんなんだ、お互いはその次」
「……いちばんにしないで欲しい」
「そんなこと言ったって仕方ないだろう、そこを変えることは出来ない」
「だっておれ、本当にふたりのことを、いや、ふたりじゃなくたって……」
兄でも、兄じゃなくっても。
誰かをすきになるのはこわい。裏切られるのは、棄てられるのはこわい。
それはきっと、ジャンに棄てられたことだとふたりは取るだろうけれど、違う。それもひとつの理由ではあるけど、そこよりもっとおれの恐怖心は根深い。
家族に要らないと思われることは、そう扱われることは、婚約破棄なんかよりずっと、自分の存在を否定したくなってしまう。
家族にさえ愛されないおれが、誰かに愛される訳がない。
だけど、ここなら、イヴの家族なら。
両親も弟もおれを愛してくれる。
だから兄も。
アルベールもレオンも、兄のようなものだから、だから愛してくれたっておかしくないんだ、当然なんだ、普通なんだって思わせてほしい。
ふたりが婚約したって、結婚したって、弟だからおれとの関係を絶たないでほしい。
消えない愛がほしい。安心出来るような愛がほしい。
恋なんて不確かで偽物もあって、作ることも出来るようなものじゃなくて、ただ存在するだけで許される、消えない愛がほしい。
離れたって愛莉はかわいい妹で、心配で、心の底からしあわせを願える。それになりたい。
アルベールもレオンも特別なんだ、血が繋がらなくたって、すきだって、愛してるよって、そういう兄でいてくれたらずっと安心出来るから。
だから嫌なんだよ、
「いいか、お前が俺たちを嫌にならない限り、他のやつと結ばれない限り、俺たちは諦めない、人間の感情は変わる、変えることが出来るんだ」
それが嫌なんだ、
「……イヴ、アルベールも。俺はふたりとも愛してるよ」
何度目かのその言葉は、おれには嬉しいものではなかった。
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