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少し歩いた先に待機していた馬車内に下ろされる。
おお、流石王子の乗るもの、うちのやつより椅子もふかふかな気がする、とそんなことに感動をしていると、使用人に離れるよう手を振ったレオンも入り、扉を閉められる。
……立派な馬車だけど馬車は馬車、閉められるとやっぱり閉塞感があるし、狭い、そして何より近い。
向かいに座るのも距離が、と思うのに、この男、何故か横に座ってくる。
ふわ、と花のにおいがして、このかおりはレオンのものだったのか、と気付く。
「……今日は庭に居たんですか?」
「ん?ああ、今朝少し手入れをな」
「庭師もいるのに」
「趣味みたいなものだよ、今度切ったものを持ってこようか」
香水ではなく、自然な甘い香りに、少し果物のにおいも混じっている。
さっきまで扱っていたから移ったのかな。
オレンジのにおいだと、すんと香りを嗅ぐおれに、腹でも減ったかと訊いてくるから首を横に振った。
エディーに対する自分たちもそうだけど、歳上のひとは歳下の者への餌付けが当たり前なところあるよなあ、と思う。でも香りを嗅いだだけでそれは、まるでおれの普段の食い意地が張ってるみたいじゃないか。
今のレオンは知らないけれど、会ったばかりの頃のレオンは庭がすきだった。
周りの視線から逃げるのに丁度良かったのだと思う。こどもの身長だといい具合に隠れられた。
そこで本を読んだり、軽くお菓子を食べたり、こそこそと話をしたり、少しうつらうつらとしたり。
私よりレオンさまの方が庭に詳しいかもしれないですねえ、とリップサービスだろうが庭師も笑うくらいだった。
レオンがそんなひとだったから、イヴも真似してアルベールが兄になった時、自分の家の庭を案内した。
母さまに頼んで、一部に自分で花を植えさせてもらったり。
嬉しかったことは、誰かに同じようにしたくなってしまう。
「今だと結構咲いてますか?」
「見に来るか?」
「それはちょっと……」
「庭ならジャンも寄り付かないぞ」
「はは……」
ジャン以外も問題なんですけど。
本人を目の前にしてそんなことは言えやしない。
そんな雑談をしながら、レオンが切り出すのを待っていた。
逃げ出した自分から切り出す話題じゃあない。
最近は昼間はあたたかいが夜はまだ冷える、寒暖差が、体調が、なんて話をしながら、ふと沈黙が訪れた。
今までずっと喋っていたのに?とかおを上げると、すぐそこにレオンの整ったかおがある。思わずびく、と跳ねてしまった。
さっきまでの揶揄うようなものとは違う、そんな愛しそうなかおは不意打ちだ、狡い。
「……熱を出したって?」
「え、あっ……ああ、はい、えっと、少し、だけ……」
「もう下がったのか」
「はあ……そうですね、うん、ほら、おれ、三つ子たちとひなたぼっこしてたし、それが原因かもしれないですし」
あんたたちが悩ませるからだよ、とは流石に言えなかった。
知恵熱だなんてこどものようで。
レオンのあつい指先が額に触れて、確かにもう熱はないか、と呟く。
「ここに来れば会えるとは思っていたが、ちゃんと休んでるか?」
「休んでます、元気です」
心配してるのかな、これは。いや、そうか、こんなことで揶揄ったりはしないか。
顔色を覗き込むようにじい、と見つめるものだから、少し視線を逸らしてしまった。
「アルベールと違って気軽にかおを見に行けないからな」
「……はい」
そりゃまあ第一王子がおれなんかの見舞いに来たら大騒ぎだよ、たかが婚約者の弟に。
ちょっとした熱くらいでさあ。
おれとしてはそれくらいの気持ちだった。
けれど、レオンには先程までの余裕はなくなったように見える。
アルベールが羨ましいと思うよ、とぽつりと零す。
「お前はアルベールが来てからずっとアル兄さまアル兄さまだ」
「……だって、それは」
兄が出来て嬉しかった。それと同時に心配で、こわかった。
イヴは弟として大丈夫かなとか、嫌われないかなとか。
それ以上に、アルベールのことが心配だった。
優しくて頑張り屋な兄。
頭が良い分、自分の立ち位置をよくわかっていた。
消えてしまわないように、折れてしまわないように、その手を掴むのに必死だった。
こどもながらに、危ういと感じていたのだ。
だいすきだから、守りたかった。
今でこそ鍛えた躰ではあるけど、当時は線の細い少年だったから。
「俺には会いに来る回数も減って、気がついたらジャンの婚約者になんてなってたな」
「……だって」
「仕方ないもんな」
「そう、ですよ」
イヴが決められることではない。
最終的に頷くかどうかは本人ではあるけれど、こどものイヴに、ましてや王族との婚約に拒否は難しい。
そう、こどもだったから。
ジャンは少し偉そうだとかちょっと意地悪だとか、そういうことだって感じていたけれど、竜と話を出来るとかすごいと思う、と瞳を輝かせていたところはきらいじゃなかったし、レオンが兄になると思えば悪くないとこどものイヴは思ったんだ。
アルベールにレオンに。
その程度には、レオンだってイヴにとってはだいじなひとだった。
ただやはり、アルベールの方が身近になってしまった。アルベールで事足りてしまった。
兄の役割はひとりでよかったのだ。
アルベールに、レオンも兄のようなものと言ったけれど、あくまでもそのようなものであって、事実として兄になったのはアルベールだった。
レオンが悪かった訳でも、嫌いになった訳でも、不要な訳でもなかったけれど。
おお、流石王子の乗るもの、うちのやつより椅子もふかふかな気がする、とそんなことに感動をしていると、使用人に離れるよう手を振ったレオンも入り、扉を閉められる。
……立派な馬車だけど馬車は馬車、閉められるとやっぱり閉塞感があるし、狭い、そして何より近い。
向かいに座るのも距離が、と思うのに、この男、何故か横に座ってくる。
ふわ、と花のにおいがして、このかおりはレオンのものだったのか、と気付く。
「……今日は庭に居たんですか?」
「ん?ああ、今朝少し手入れをな」
「庭師もいるのに」
「趣味みたいなものだよ、今度切ったものを持ってこようか」
香水ではなく、自然な甘い香りに、少し果物のにおいも混じっている。
さっきまで扱っていたから移ったのかな。
オレンジのにおいだと、すんと香りを嗅ぐおれに、腹でも減ったかと訊いてくるから首を横に振った。
エディーに対する自分たちもそうだけど、歳上のひとは歳下の者への餌付けが当たり前なところあるよなあ、と思う。でも香りを嗅いだだけでそれは、まるでおれの普段の食い意地が張ってるみたいじゃないか。
今のレオンは知らないけれど、会ったばかりの頃のレオンは庭がすきだった。
周りの視線から逃げるのに丁度良かったのだと思う。こどもの身長だといい具合に隠れられた。
そこで本を読んだり、軽くお菓子を食べたり、こそこそと話をしたり、少しうつらうつらとしたり。
私よりレオンさまの方が庭に詳しいかもしれないですねえ、とリップサービスだろうが庭師も笑うくらいだった。
レオンがそんなひとだったから、イヴも真似してアルベールが兄になった時、自分の家の庭を案内した。
母さまに頼んで、一部に自分で花を植えさせてもらったり。
嬉しかったことは、誰かに同じようにしたくなってしまう。
「今だと結構咲いてますか?」
「見に来るか?」
「それはちょっと……」
「庭ならジャンも寄り付かないぞ」
「はは……」
ジャン以外も問題なんですけど。
本人を目の前にしてそんなことは言えやしない。
そんな雑談をしながら、レオンが切り出すのを待っていた。
逃げ出した自分から切り出す話題じゃあない。
最近は昼間はあたたかいが夜はまだ冷える、寒暖差が、体調が、なんて話をしながら、ふと沈黙が訪れた。
今までずっと喋っていたのに?とかおを上げると、すぐそこにレオンの整ったかおがある。思わずびく、と跳ねてしまった。
さっきまでの揶揄うようなものとは違う、そんな愛しそうなかおは不意打ちだ、狡い。
「……熱を出したって?」
「え、あっ……ああ、はい、えっと、少し、だけ……」
「もう下がったのか」
「はあ……そうですね、うん、ほら、おれ、三つ子たちとひなたぼっこしてたし、それが原因かもしれないですし」
あんたたちが悩ませるからだよ、とは流石に言えなかった。
知恵熱だなんてこどものようで。
レオンのあつい指先が額に触れて、確かにもう熱はないか、と呟く。
「ここに来れば会えるとは思っていたが、ちゃんと休んでるか?」
「休んでます、元気です」
心配してるのかな、これは。いや、そうか、こんなことで揶揄ったりはしないか。
顔色を覗き込むようにじい、と見つめるものだから、少し視線を逸らしてしまった。
「アルベールと違って気軽にかおを見に行けないからな」
「……はい」
そりゃまあ第一王子がおれなんかの見舞いに来たら大騒ぎだよ、たかが婚約者の弟に。
ちょっとした熱くらいでさあ。
おれとしてはそれくらいの気持ちだった。
けれど、レオンには先程までの余裕はなくなったように見える。
アルベールが羨ましいと思うよ、とぽつりと零す。
「お前はアルベールが来てからずっとアル兄さまアル兄さまだ」
「……だって、それは」
兄が出来て嬉しかった。それと同時に心配で、こわかった。
イヴは弟として大丈夫かなとか、嫌われないかなとか。
それ以上に、アルベールのことが心配だった。
優しくて頑張り屋な兄。
頭が良い分、自分の立ち位置をよくわかっていた。
消えてしまわないように、折れてしまわないように、その手を掴むのに必死だった。
こどもながらに、危ういと感じていたのだ。
だいすきだから、守りたかった。
今でこそ鍛えた躰ではあるけど、当時は線の細い少年だったから。
「俺には会いに来る回数も減って、気がついたらジャンの婚約者になんてなってたな」
「……だって」
「仕方ないもんな」
「そう、ですよ」
イヴが決められることではない。
最終的に頷くかどうかは本人ではあるけれど、こどものイヴに、ましてや王族との婚約に拒否は難しい。
そう、こどもだったから。
ジャンは少し偉そうだとかちょっと意地悪だとか、そういうことだって感じていたけれど、竜と話を出来るとかすごいと思う、と瞳を輝かせていたところはきらいじゃなかったし、レオンが兄になると思えば悪くないとこどものイヴは思ったんだ。
アルベールにレオンに。
その程度には、レオンだってイヴにとってはだいじなひとだった。
ただやはり、アルベールの方が身近になってしまった。アルベールで事足りてしまった。
兄の役割はひとりでよかったのだ。
アルベールに、レオンも兄のようなものと言ったけれど、あくまでもそのようなものであって、事実として兄になったのはアルベールだった。
レオンが悪かった訳でも、嫌いになった訳でも、不要な訳でもなかったけれど。
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