【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 レオンにばれてしまったらもう逃げる訳にいかない。アルベールも同じようなことを言っていた。
 屋敷まで追いかけられても困る。
 こうなると逆に落ち着いてしまうものだな。本人が目の前にいないからだけど。

 オレンジについた土を払って、皮を剥く。
 つんつん膝下を啄む三つ子にそれを与えると、おいしいおいしいと喜んだ。おれに持ってきてくれたんじゃなかったのか。
 果物の皮も種も関係なく、丸ごと飲み込むことの多い竜だけど、それは躰が、口が大きいからだ。
 三つ子程の大きさとなると、食べられるは食べられるが、皮がない方が嬉しいらしい。まあ苦いもんね、皮。それくらいには繊細な舌があるようだ。
 ひと房だけ口に入れると、ずるい、と言われてしまった。君たちの方が食べてるんだけどね。

「これ美味しいね、甘い」
『もっとたべるー』
『ちょーだい!』
「でも一個しかなかったし……ほらもう落ちたのも片付けられてる、終わり」
『たべたいー』
『たべるう』
『いゔがたべたあ』
「えー、おれのせい……ひとくちしか食べてないよ」
『いゔのがおっきかった!』
『ずるいー』
「うーん、後ででいい?今向こうひと多くて……」
『いゔうそつく』
「うっ」

 嘘吐くって。約束破ったの一回だけじゃん。
 でもそんなのはこどもには通用しない。その一回が重いのだ。
 どうしようかな、あまりひとが多いとこには行きたくないんだけど。
 しかもレオンの使用人や騎士団員とかイヴの話を知ってそうだし。
 ううん、と悩んでいると、ふわふわとオレンジがふたつ、手元に飛んできた。
 この無駄な魔法は、とかおを上げると、案の定レオンが戻ってきていた。
 向こうまで鳴き声が聞こえた、と笑う。

「ありがとうございます……でもレオンさま、このこたちの言葉わからないのに」
「想像はつく、俺も小さいのを相手にしてたことはあるしな」
「……それもしかしておれのこと言ってます?」

 じいと見る視線がそうだ、と返したようで、イヴはそんな我儘じゃなかったでしょ、おとなしかった筈だけど、と少し納得いかなかった。
 そんな悪い方に思い出補正されるのは不服だ。

「足りるか、それで」
「この子たちはそんなに食べないので……」
「これもやる」
「うわ」

 目の前で丸い林檎が綺麗に八等分になり、慌てて出した手のひらに乗る。
 器用だな、と感心してしまう。この手の魔法は簡単そうに見えて、繊細なコントロールが必要だから難しいのだ。

「六つだったらちょうど良かったな……」

 林檎を彼女たちの目の前に置きながら、嫌味のつもりではなく、ついそう漏らしてしまった。
 六つだったらふたつずつ、喧嘩もせずに丸く収められたな、と。

「イヴが食べたら丁度良いだろう」
「や、おれは」
「すきだったろう、小さな頃喜んでいたじゃないか」

 ……それはまあ果物だったから。野菜より美味しかっただけ。林檎が特にすきだった訳ではない。
 でもそんなことレオンに言えやしない。
 純粋な好意であって、そしてレオンは昔のことしか知らないだけだ。イヴの好みのアップデートを出来る機会がなかった。
 きらいになった訳でもないけれど。
 手のひらに残ったふた切れの林檎を見つめていると、レオンはひとつ取り上げ、それをおれの口に押し込んだ。実力行使。

 しゃくしゃくした林檎に、うわ、この林檎も美味しいな、と感動した。
 竜にあげるものだからか、竜にあげるものなのに、か、先日も思ったけれど一々上等なものばかりが贈られるなあと。
 それにしても、林檎とかオレンジとか、よくよく良く考えたらあまり食べたことなかったな、伊吹としては。
 果物を家で食べることなんてなかった、給食とか、弁当に入ってるのくらいで。こっちの世界で食べる美味しいものに、慣れてる筈なのに衝撃を受けることも多い。

「美味いか」
「……はい」

 咀嚼して飲み込むと、すぐに残りのもうひとつが口に放り込まれた。
 レオンにもどうぞと勧める間もなく。
 まあそんなこと、気にしなくたってきっと普段から良いもの食べてるんだろうけれど。

 そういえば、レオンはよくこうやって幼いイヴに食べさせていた。
 いっぱい食べないと大きくなれないぞ、と、五つ下のイヴにそう言っていたのを思い出す。
 それが嬉しかったから、アルベールにもよく半分こ、としていた。
 エディーが生まれてからは三等分、という訳ではなく、エディーがほしがるままに与えてしまって注意をされたこともある。

 レオンも同じような気持ちなのだろうか。
 好意の種類は違うけれど、美味しいと喜ぶかおが見たいとか、その表情でこちらも満たされるのだとか。

 恋愛をする気はない。絆されてやる気もない。
 けれど胸は痛くなる。
 誰かに愛されるということへの羨望とか、諦め、嫌悪、汚い気持ち。それとは逆に、だいじにされてることがわかる擽ったさ、優越感、ふわふわとした気持ち。
 それは自分に向けられる好意で、でも自分へのものではない。
 おれは伊吹で、イヴじゃなくて、でもやっぱりイヴである。
 おれが受け取っていい気持ちではなくて、でも自分に向けられてることも嘘ではなくて。
 頭が痛くなる。
 本物のイヴはいるのか。いや、おれが本物のイヴだ。だって記憶もあるし、その時の感情だって覚えてる。
 これは偽物でもない。
 もしかして、伊吹の方が、そう考えて首を振る。
 嘘であってほしい人生ではあったけれど、愛莉だけは嘘にしたくなかった。
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