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 恐る恐る竜舎から頭を出すと、幾つもの馬車が停まっていた。ざわざわと騒がしいくらいの人数。
 あっおやつ!と飛び出す三つ子を止めることが出来なかった。
 どうやら先程の大きな音は荷物がひっくり返った音のようだ。

 三つ子を追い掛けられなかったのは、そこに居るのが誰かともうわかっているからだ。
 第一王子ってそんなに暇なの?そう愚痴のひとつも零したくなる。
 恋愛ゲームの王子の仕事は恋愛することなのだ、対象がおかしいけれど、恋愛フラグを立てなければならない。対象がおかしいけれど!

「……帰んないかな」

 こっそりと見ながら呟いてしまう。
 あの大量の荷物は三つ子の言う通り、おやつ、多分果物。ひっくり返った荷物の中身が潰れたのだろう、オレンジの香りがする。
 あれをどこに持ってくのか、奥の倉庫かな。
 結構量ある?竜舎の規模を考えるとそりゃ量あるか。
 ずっと隠れてたらばれるかなあ……レオンの声、近くでするんだよなあ。

 奥の倉庫等と違って、雨風を凌ぐだけの竜舎には扉がない。
 しゃがみ込んで隠れていたって、誰かがこっちに来ればすぐに見つかる。
 でもだからといって自分からおはようございます~、なんて出て行く気にはなれはかった。

 たくさんの足音とひとの声、混じるような竜の鳴き声と甘いにおい。
 柑橘系のにおいに、微かな花のにおいもする。
 竜に怯える馬もいるから、竜舎の奥の方まで馬車で荷物を運ぶことはそうない。暴れたら面倒だから。
 そこからは人力、手動だ。少し時間が掛かりそう。
 小さく溜息を吐くと、足元にオレンジが転がってきた。

 あげる!もってきた!きれいなの!とぴいぴい三つ子が鳴く。おれの為に散らばったオレンジの中から綺麗なものを選んで持ってきたらしい。
 かわいらしい光景に感激している場合ではない。
 静かに!……そんなかわいい目立つことをしたらおれのこと、ばれてしまう。

「まさかとは思ったけど、兄弟揃って真面目な奴だな」
「……!」

 頭上から降る声に、そら見ろ、と思ってしまった。
 おはよう、と眩しい太陽を背負って瞳を細めるのは本日も大変綺麗なかおをしたレオンである。予想通り過ぎて感動すら覚える。
 使用人や騎士団員ではなくて、上手いこと本人に見つかるんだもんなあ。

「こいつらがこんなことするの、イヴくらいだろう?」

 つん、と三つ子の頭頂部を突く。
 眉間の辺りを撫でられると、大抵の生き物は気持ち良さそうにする。それは竜も同じようで、三つ子は撫でられるのを順番に待っていた。

「……」
「イヴに会えるまで通うかと思っていたけれど、初日で終わったな」
「ごめんなさい……」

 助けてアルベール。

 ふたり揃うと厄介かもと思ってた。でもひとりで対峙すると流石のオーラに勝てないとわかってしまう。
 圧が強い。
 こわい、とは思わないのだけれど、どうにも……言い負かされてしまう気しかしない。

「何を謝る?」
「お、一昨日、逃げた、こと、です」
「わかってるならいいよ」
「え」
「アルベールも言っていたからな」

 膝を着くようにおれの前にしゃがみ込んだレオンは苦笑して、オレンジを掴んだままの手に触れた。
 びく、と肩が揺れたのを見て、また息を漏らしたけれど、その手を離さない。

「ジャンとはしていないんだって?」
「!」

 何を、と思ったあとで、アル兄さまめ、と恨んだ。話したな、結局。
 ぎゅうと躰を小さくすると、こんなとこでは何もしない、とレオンが眉を下げた。
 先日こんなところで抱き締めたりキスをしたひとが何を言う、と睨んでしまったけれど、こんなところでアルベールと同じことをしたらそれどころじゃない。

「周りにいっぱいいるんだから口にしないで下さい……こんなの、誰かに聞かれたらどうするんですか」
「別に構わないが」
「……アル兄さまと婚約してるんですから、騒動になりますよ」
「構わん」
「おれが困ります」
「ここじゃなければいいのか」
「……」

 王子じゃなかったら引っ叩いてた。
 ジャンにしてもレオンにしても勝手過ぎる。そりゃアルベールもだけど、でももうちょっとおれのことも考えてくれていいんじゃないか、すきだというのなら、おれの都合とか、考えとか、もうちょっと気にしてくれてもいいんじゃないの。

 レオンがよくたって、おれの婚約破棄が成立してたって、このタイミングでこんなの、叩かれるのはおれじゃんか。
 ジャンに棄てられて、義兄の婚約者に粉をかけてるなんて思われてしまったら。
 評判より家族の方がだいじだとは思ったけれど、嫌われたい訳じゃない。
 ただでさえ気持ち悪いと避けられることも多いというのに。
 流石に嫌われてるのがわかって平然としてられる程精神は強くない。

「……直ぐに片付けさせる、ここで待っててくれないか」
「帰ったら?」
「屋敷に伺わせて頂こうか」
「……待ってますから」

 良い子だ、と……額にキスをしようとして止める。かわりに頭を撫で、レオンは立ち上がった。
 すぐにあれはあっち、これはそっち、それはそこでいいといった指示が飛び、その声に忙しそうに返事も足音も行き交う。
 さっきまで比較的ゆったりしていた仕事を急かさせて申し訳ないけれど、でも少し、何だろう、レオンはそんなにおれと早く話がしたいのかな、逃げられたら困るのかなと思うと、不思議な気分になったのだ。
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