34 / 192
4
33
しおりを挟む
この真面目な子が、孤児として育った子が、居場所を守る為に、誰に何を言われてもそこを譲らないのは、きっと皆わかっていた。
だから嫌なんだ、おれが、近くで見てきた筈の家族が、それを奪ってしまうのが。
レオンでも、レオンでなくっても良かった。
アルベールがしあわせになれる場所なら。
でも愛してくれると言うから。それならイヴも知ってるレオンにしあわせにしてもらいたかった。
イヴのだいじな、だいすきな兄だから。
なのに、アルベールはまたじっと視線を逸らさず、おれを見る。
溶けてしまいそうなくらい、あつい瞳で。
「初めて会った時から。きらきらした瞳で見上げた時、名前を呼ばれた時、笑顔を見せてくれた時、手を繋いだ時。最初からだよ、ずっと、僕には眩しく見えてた」
「……そ、んなの、おれじゃなくたって……もし、エディーがいたら、同じこと、してたと……」
「そうだね」
「でしょ……」
「でもあの時からずっと居るのはイヴだから」
自分がされて嬉しかったことをしただけ。
アルベールのことが知りたかっただけ。
自分のことを知ってもらいたかっただけ。
アルベールが優しく笑うと嬉しくて、名前を呼んでくれたら嬉しくて、同じものを美味しいと言うと嬉しくて、イヴがいちばんだよと優先してもらえることが嬉しくて、この黒い瞳に、自分の明るい髪が映るのが嬉しかった。
同じようなことをレオンともしてきて、でも傍にいたのはアルベールだった。
それと同じこと。
同じことをしたって、それはそのひとだから特別だった。
アルベールはイヴにキスをしたくなるような愛で、おれはアルベールに兄を求めていた。
レオンに謝って、一緒にいてもらおうよ、ねえ、今ならまだ大丈夫だよ、おれもお願いするよ、ねえ、だってこれは、だめだよ、ぜんぶ。全部おかしくなっちゃうよ。
「でも言うつもりはなかった、言ったら駄目だとわかってた、ジャンと婚約して、イヴがこの国を守るんだから。だから僕はイヴを守れたら、その為にこの家に呼ばれた価値はあるって」
「価値って、そんな、それだけじゃ」
「わかってるよ、本当に、この家で良かった、父さまと母さまで良かったよ、すごく……贅沢なくらい、しあわせだ、それはちゃんと、イヴのことを抜きにしたって、感謝したって足りない、あのひとたちに返せる自分でいたかったけど」
でも無理だ、イヴを諦める理由がなくなってしまった。
そう呟くアルベールの冷たい指先が少し、震えた。
「レオンさまとの婚約は、お互い割り切っていたつもりだった」
「……」
「それは僕が伝えることではないから……レオンさまに聞いてほしいとしか言えないけど。昨日、聞いたでしょう、あのひとも同じだった、ジャンと結婚することがイヴにとってしあわせになるなら、僕たちはどうすることも、どうしたって、出来なかったんだよ」
泣きそうなくらいに沈んだ声に、アル兄さま、と呼んだつもりだった。
声は掠れて、多分アルベールには届かなかった。
「イヴにかなしいとかさみしいとか、傷付いてほしかったんじゃない、ジャンがしあわせにしないのなら、イヴを傷付けるなら、そうわかっていたら最初から、例えジャンを殺したって渡したくなかった、初めて自分の能力が役立ずだと思ったよ……イヴのことは見えなくても、ジャンのことすら数年後は見えないだなんて」
……ジャンを殺していたら、アルベールも無事ではなかっただろう。そんなことをしないでよかった。
声が本気に聞こえて、少しこわいと思う。
そんなに簡単に、自分のこと、軽く扱うようにしないでほしい。
でもちゃんとわかる、アルベールが言いたいのは、それくらいイヴをだいじにしてたと言うこと。
イヴがしあわせになるのならとレオンと揃って身を引いていた、でも婚約破棄となったのなら、イヴが傷付くなら自分たちが、ということなんだろうけど。
「おれ、アル兄さまのこと、そういうすきじゃない……」
「うん」
「すきだよ、アル兄さまのこと。でも違う、違うんだよ、違うの、アル兄さまがおれにしあわせになってほしいって思ったように、おれもアル兄さまは、レオンさまと……他のひとであっても、しあわせになってほしいんだ」
「……それがイヴなのだけれど」
「おれは無理だよ、だってアル兄さまはおれにとって、だいじな兄さまなんだよ」
アルベールは少し考えて、そっとおれの頬を撫でた。
レオンさまならいいってこと、と確認する声。それは嫉妬なのだろうか。
「……レオンさまももうひとりの兄さまみたいなものだよ」
「本当に?」
「おれ、アル兄さまもレオンさまもすきだよ、父さまも母さまもエディーもマリアも。同じじゃない、アル兄さまとレオンさまと違うの、違う気持ちなんだよ、だから、ふたりの気持ちを聞いたら困るの、おれにはどうしようも出来ないから」
また少し沈黙が続いて、それを破ったのはアルベールのふう、という溜息だった。
逃げた時点で、イヴがそう言うのはわかっていた、と漏らす。
「……これはレオンさまの伝言で、僕も同じ気持ちなのだけれど」
「うん……?」
「それをわかった上で、僕とレオンさまはイヴを諦めないし、もう隠す気もないよ」
イヴが他の誰かを選ぶまで。
アルベールはおれの頬に唇を落とすと、おやすみ、と残して部屋を出て行ってしまった。
……諦めないって、隠さないって、おれが他の誰かを選ぶまでって。
そんなまさか、ふたりしてなんて諦めの悪いことを。
……なんでおれが攻略される側になってるんだ?
だから嫌なんだ、おれが、近くで見てきた筈の家族が、それを奪ってしまうのが。
レオンでも、レオンでなくっても良かった。
アルベールがしあわせになれる場所なら。
でも愛してくれると言うから。それならイヴも知ってるレオンにしあわせにしてもらいたかった。
イヴのだいじな、だいすきな兄だから。
なのに、アルベールはまたじっと視線を逸らさず、おれを見る。
溶けてしまいそうなくらい、あつい瞳で。
「初めて会った時から。きらきらした瞳で見上げた時、名前を呼ばれた時、笑顔を見せてくれた時、手を繋いだ時。最初からだよ、ずっと、僕には眩しく見えてた」
「……そ、んなの、おれじゃなくたって……もし、エディーがいたら、同じこと、してたと……」
「そうだね」
「でしょ……」
「でもあの時からずっと居るのはイヴだから」
自分がされて嬉しかったことをしただけ。
アルベールのことが知りたかっただけ。
自分のことを知ってもらいたかっただけ。
アルベールが優しく笑うと嬉しくて、名前を呼んでくれたら嬉しくて、同じものを美味しいと言うと嬉しくて、イヴがいちばんだよと優先してもらえることが嬉しくて、この黒い瞳に、自分の明るい髪が映るのが嬉しかった。
同じようなことをレオンともしてきて、でも傍にいたのはアルベールだった。
それと同じこと。
同じことをしたって、それはそのひとだから特別だった。
アルベールはイヴにキスをしたくなるような愛で、おれはアルベールに兄を求めていた。
レオンに謝って、一緒にいてもらおうよ、ねえ、今ならまだ大丈夫だよ、おれもお願いするよ、ねえ、だってこれは、だめだよ、ぜんぶ。全部おかしくなっちゃうよ。
「でも言うつもりはなかった、言ったら駄目だとわかってた、ジャンと婚約して、イヴがこの国を守るんだから。だから僕はイヴを守れたら、その為にこの家に呼ばれた価値はあるって」
「価値って、そんな、それだけじゃ」
「わかってるよ、本当に、この家で良かった、父さまと母さまで良かったよ、すごく……贅沢なくらい、しあわせだ、それはちゃんと、イヴのことを抜きにしたって、感謝したって足りない、あのひとたちに返せる自分でいたかったけど」
でも無理だ、イヴを諦める理由がなくなってしまった。
そう呟くアルベールの冷たい指先が少し、震えた。
「レオンさまとの婚約は、お互い割り切っていたつもりだった」
「……」
「それは僕が伝えることではないから……レオンさまに聞いてほしいとしか言えないけど。昨日、聞いたでしょう、あのひとも同じだった、ジャンと結婚することがイヴにとってしあわせになるなら、僕たちはどうすることも、どうしたって、出来なかったんだよ」
泣きそうなくらいに沈んだ声に、アル兄さま、と呼んだつもりだった。
声は掠れて、多分アルベールには届かなかった。
「イヴにかなしいとかさみしいとか、傷付いてほしかったんじゃない、ジャンがしあわせにしないのなら、イヴを傷付けるなら、そうわかっていたら最初から、例えジャンを殺したって渡したくなかった、初めて自分の能力が役立ずだと思ったよ……イヴのことは見えなくても、ジャンのことすら数年後は見えないだなんて」
……ジャンを殺していたら、アルベールも無事ではなかっただろう。そんなことをしないでよかった。
声が本気に聞こえて、少しこわいと思う。
そんなに簡単に、自分のこと、軽く扱うようにしないでほしい。
でもちゃんとわかる、アルベールが言いたいのは、それくらいイヴをだいじにしてたと言うこと。
イヴがしあわせになるのならとレオンと揃って身を引いていた、でも婚約破棄となったのなら、イヴが傷付くなら自分たちが、ということなんだろうけど。
「おれ、アル兄さまのこと、そういうすきじゃない……」
「うん」
「すきだよ、アル兄さまのこと。でも違う、違うんだよ、違うの、アル兄さまがおれにしあわせになってほしいって思ったように、おれもアル兄さまは、レオンさまと……他のひとであっても、しあわせになってほしいんだ」
「……それがイヴなのだけれど」
「おれは無理だよ、だってアル兄さまはおれにとって、だいじな兄さまなんだよ」
アルベールは少し考えて、そっとおれの頬を撫でた。
レオンさまならいいってこと、と確認する声。それは嫉妬なのだろうか。
「……レオンさまももうひとりの兄さまみたいなものだよ」
「本当に?」
「おれ、アル兄さまもレオンさまもすきだよ、父さまも母さまもエディーもマリアも。同じじゃない、アル兄さまとレオンさまと違うの、違う気持ちなんだよ、だから、ふたりの気持ちを聞いたら困るの、おれにはどうしようも出来ないから」
また少し沈黙が続いて、それを破ったのはアルベールのふう、という溜息だった。
逃げた時点で、イヴがそう言うのはわかっていた、と漏らす。
「……これはレオンさまの伝言で、僕も同じ気持ちなのだけれど」
「うん……?」
「それをわかった上で、僕とレオンさまはイヴを諦めないし、もう隠す気もないよ」
イヴが他の誰かを選ぶまで。
アルベールはおれの頬に唇を落とすと、おやすみ、と残して部屋を出て行ってしまった。
……諦めないって、隠さないって、おれが他の誰かを選ぶまでって。
そんなまさか、ふたりしてなんて諦めの悪いことを。
……なんでおれが攻略される側になってるんだ?
291
お気に入りに追加
3,778
あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中
きよひ
BL
ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。
カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。
家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。
そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。
この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。
※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳)
※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。
※同性婚が認められている世界観です。

ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる