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「……僕の話を聞いてくれる?」
膝の上に置かれた手首を捕まえられる。跳ね除けられない。
その手は冷たくて、いつものアルベールからは考えられないくらい、力が強かった。
いつもならもっと優しく、柔らかく触れる。
こどもにするかのように、宝物に触れるかのように。
「っ」
それに気付くと恥ずかしくなる。
エディーだけにじゃない、おれのことも優しく優しく触れていたのは、壊れてしまうからじゃない。
「本気だよ、冗談なんかであんなことしない」
「……」
「本当に、イヴが嫌ならもう止める、出て行くから。その前に話、聞いてくれないかな」
「出てっ……」
出て行けなんて言ってない。いや、レオンのとこに行くならいいけど。
でも今の言い方って、そういうものじゃなかった。
「……最初にこの家に来た時のこと、覚えてる?」
ぽつりとアルベールが口を開く。
確かイヴが七歳の時だったと思う。アルベールが丁度十を数えた時。
兄が出来ると聞いたイヴは、わくわくしてその日を指折り待っていた。
レオンは優しかった、一緒に図鑑を見たり、読めない文字を教えてくれたり、庭を案内してくれたり、ジャンにいじわるをされても、イヴのことを守ってくれた。まるで兄のように。
だから、本当のお兄さまが出来ると知って、それからその日が来るのを楽しみにしていたのだ。
ジャンとレオンのように半分血が繋がっている訳ではない。イヴとアルベールは全くの他人なのだから、本当のお兄さまなんかではないのだけれど、うちに来て兄になるのは、イヴとレオンのように離れて暮らしてる訳ではないのだから、同じおうちなのだから、本当の兄なのだ、と当時は勝手に解釈していただけ。
でもその素直な兄への憧れや好意が、不安だったアルベールには嬉しかったのだろう。
アルベールだよ、と紹介されて、ある……あるにーさま!あるにいさま!と何度も呼ぶ練習をするイヴに、初めてアルベールが笑顔を見せたと両親は思い出話を何回もしていたっけ。
「訳のわからない能力が出て、急に家族が出来るなんて……正直、悪い想像しかしてなくて。それでも孤児よりまともな暮らしが出来るなら、そう思っても……それまで碌なことがなかったから、期待はしないでおこうと思ったのに」
新しい両親は優しそうで、でもだからといってまだ信用は出来ない、おとなは隠すのが上手いから。そう警戒してたのに、幼いイヴがあまりにも嬉しそうで、毒気が抜かれてしまった、と零す。
張り切って屋敷を案内した覚えもある。レオンにされて嬉しかったから、イヴも庭まで案内した。
当時いちばんだいじだった図鑑まで見せた。自分の全部を知ってもらいたかった。だって兄だから。
だからアルベールのすきなものも、きらいなものも、なんだって、全部知りたかった。
当時はわからない、と困惑するように返されることが多かった気がする。
だから自分のすきなもの、美味しいとおもったもの、きらいなもの、なんでも教えて、それに一々、僕もこれすき、きらい、これ美味しいね、と返ってくると、返答はどうであれ嬉しかった。
同じものをすきじゃなくたって、兄のすきなものを知りたかったから。
アルベールがうちに来てから、イヴは現金なもので、本当の兄、に夢中だった。
レオンに構ってもらうのは嬉しかったし、大きな書物庫にしかない図鑑や本も魅力的だったけれど、それは優しい兄に勝てるものではなかった。
思い返すと、アルベールは本当に大変だったと思う。
孤児から貴族へ。
それは色々な価値観の違いもあっただろう。
生活もがらりと変わって、戸惑うことばかりだっただろう。
イヴの記憶のアルベールは、いつも勉強していた。知らないことが多過ぎた。
語学や歴史の勉強や、マナーやダンス、開花した能力について。
アルベールは真面目だったから。元々優秀だった訳じゃない、頑張った結果だ。
イヴはそんなアルベールの邪魔ばかりだったと思うけれど、……まあそれも息抜きにはなっていたのかな。
それからマリアを育てることになって、それを近くで見ていたアルベールが、竜騎士になりたい、と初めて将来のことを口にした。
両親は最初それを止めていた。危ない仕事なのはイヴでもわかっていた。命を落とす者が多い職業だと。
でもアルベールは譲らなかった、それが初めてのアルベールの我儘、我を通した出来事だったかもしれない。
今となってはアルベールは竜騎士団にいなければならない存在で、イヴの能力もあって、死亡率は騎士団よりも低い。
その結果までは予知出来てない筈だけれど。
決めてからは勉強に加え、体力作りや剣術に、更にはイヴにくっついて竜とも交流をしていた。
良く出来た長男である。その分両親はいつも心配していた、いつか心が折れたりしないかと。
本人がやりたいということをやらせてあげたい、勉強も、剣術等を習いたいならそれも。
でもそれが義務感や、「そうしないといけない」と思ってるのなら、そんなことの為に引き取った訳じゃないのだと。
「両親はとても優しくて、弟たちもすごくかわいくて、頑張ろうって、この場所に居ていいと、必要だと思われたいと思っていたのは事実だよ」
「……そんなの、気にしなくたって」
いいのに。
多分皆そう言う。本人がそう割り切れないとわかっていても。
膝の上に置かれた手首を捕まえられる。跳ね除けられない。
その手は冷たくて、いつものアルベールからは考えられないくらい、力が強かった。
いつもならもっと優しく、柔らかく触れる。
こどもにするかのように、宝物に触れるかのように。
「っ」
それに気付くと恥ずかしくなる。
エディーだけにじゃない、おれのことも優しく優しく触れていたのは、壊れてしまうからじゃない。
「本気だよ、冗談なんかであんなことしない」
「……」
「本当に、イヴが嫌ならもう止める、出て行くから。その前に話、聞いてくれないかな」
「出てっ……」
出て行けなんて言ってない。いや、レオンのとこに行くならいいけど。
でも今の言い方って、そういうものじゃなかった。
「……最初にこの家に来た時のこと、覚えてる?」
ぽつりとアルベールが口を開く。
確かイヴが七歳の時だったと思う。アルベールが丁度十を数えた時。
兄が出来ると聞いたイヴは、わくわくしてその日を指折り待っていた。
レオンは優しかった、一緒に図鑑を見たり、読めない文字を教えてくれたり、庭を案内してくれたり、ジャンにいじわるをされても、イヴのことを守ってくれた。まるで兄のように。
だから、本当のお兄さまが出来ると知って、それからその日が来るのを楽しみにしていたのだ。
ジャンとレオンのように半分血が繋がっている訳ではない。イヴとアルベールは全くの他人なのだから、本当のお兄さまなんかではないのだけれど、うちに来て兄になるのは、イヴとレオンのように離れて暮らしてる訳ではないのだから、同じおうちなのだから、本当の兄なのだ、と当時は勝手に解釈していただけ。
でもその素直な兄への憧れや好意が、不安だったアルベールには嬉しかったのだろう。
アルベールだよ、と紹介されて、ある……あるにーさま!あるにいさま!と何度も呼ぶ練習をするイヴに、初めてアルベールが笑顔を見せたと両親は思い出話を何回もしていたっけ。
「訳のわからない能力が出て、急に家族が出来るなんて……正直、悪い想像しかしてなくて。それでも孤児よりまともな暮らしが出来るなら、そう思っても……それまで碌なことがなかったから、期待はしないでおこうと思ったのに」
新しい両親は優しそうで、でもだからといってまだ信用は出来ない、おとなは隠すのが上手いから。そう警戒してたのに、幼いイヴがあまりにも嬉しそうで、毒気が抜かれてしまった、と零す。
張り切って屋敷を案内した覚えもある。レオンにされて嬉しかったから、イヴも庭まで案内した。
当時いちばんだいじだった図鑑まで見せた。自分の全部を知ってもらいたかった。だって兄だから。
だからアルベールのすきなものも、きらいなものも、なんだって、全部知りたかった。
当時はわからない、と困惑するように返されることが多かった気がする。
だから自分のすきなもの、美味しいとおもったもの、きらいなもの、なんでも教えて、それに一々、僕もこれすき、きらい、これ美味しいね、と返ってくると、返答はどうであれ嬉しかった。
同じものをすきじゃなくたって、兄のすきなものを知りたかったから。
アルベールがうちに来てから、イヴは現金なもので、本当の兄、に夢中だった。
レオンに構ってもらうのは嬉しかったし、大きな書物庫にしかない図鑑や本も魅力的だったけれど、それは優しい兄に勝てるものではなかった。
思い返すと、アルベールは本当に大変だったと思う。
孤児から貴族へ。
それは色々な価値観の違いもあっただろう。
生活もがらりと変わって、戸惑うことばかりだっただろう。
イヴの記憶のアルベールは、いつも勉強していた。知らないことが多過ぎた。
語学や歴史の勉強や、マナーやダンス、開花した能力について。
アルベールは真面目だったから。元々優秀だった訳じゃない、頑張った結果だ。
イヴはそんなアルベールの邪魔ばかりだったと思うけれど、……まあそれも息抜きにはなっていたのかな。
それからマリアを育てることになって、それを近くで見ていたアルベールが、竜騎士になりたい、と初めて将来のことを口にした。
両親は最初それを止めていた。危ない仕事なのはイヴでもわかっていた。命を落とす者が多い職業だと。
でもアルベールは譲らなかった、それが初めてのアルベールの我儘、我を通した出来事だったかもしれない。
今となってはアルベールは竜騎士団にいなければならない存在で、イヴの能力もあって、死亡率は騎士団よりも低い。
その結果までは予知出来てない筈だけれど。
決めてからは勉強に加え、体力作りや剣術に、更にはイヴにくっついて竜とも交流をしていた。
良く出来た長男である。その分両親はいつも心配していた、いつか心が折れたりしないかと。
本人がやりたいということをやらせてあげたい、勉強も、剣術等を習いたいならそれも。
でもそれが義務感や、「そうしないといけない」と思ってるのなら、そんなことの為に引き取った訳じゃないのだと。
「両親はとても優しくて、弟たちもすごくかわいくて、頑張ろうって、この場所に居ていいと、必要だと思われたいと思っていたのは事実だよ」
「……そんなの、気にしなくたって」
いいのに。
多分皆そう言う。本人がそう割り切れないとわかっていても。
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