【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
33 / 192
4

32

しおりを挟む
「……僕の話を聞いてくれる?」

 膝の上に置かれた手首を捕まえられる。跳ね除けられない。
 その手は冷たくて、いつものアルベールからは考えられないくらい、力が強かった。
 いつもならもっと優しく、柔らかく触れる。
 こどもにするかのように、宝物に触れるかのように。

「っ」

 それに気付くと恥ずかしくなる。
 エディーだけにじゃない、おれのことも優しく優しく触れていたのは、壊れてしまうからじゃない。

「本気だよ、冗談なんかであんなことしない」
「……」
「本当に、イヴが嫌ならもう止める、出て行くから。その前に話、聞いてくれないかな」
「出てっ……」

 出て行けなんて言ってない。いや、レオンのとこに行くならいいけど。
 でも今の言い方って、そういうものじゃなかった。

「……最初にこの家に来た時のこと、覚えてる?」

 ぽつりとアルベールが口を開く。
 確かイヴが七歳の時だったと思う。アルベールが丁度十を数えた時。
 兄が出来ると聞いたイヴは、わくわくしてその日を指折り待っていた。
 レオンは優しかった、一緒に図鑑を見たり、読めない文字を教えてくれたり、庭を案内してくれたり、ジャンにいじわるをされても、イヴのことを守ってくれた。まるで兄のように。
 だから、本当のお兄さまが出来ると知って、それからその日が来るのを楽しみにしていたのだ。
 ジャンとレオンのように半分血が繋がっている訳ではない。イヴとアルベールは全くの他人なのだから、本当のお兄さまなんかではないのだけれど、うちに来て兄になるのは、イヴとレオンのように離れて暮らしてる訳ではないのだから、同じおうちなのだから、本当の兄なのだ、と当時は勝手に解釈していただけ。

 でもその素直な兄への憧れや好意が、不安だったアルベールには嬉しかったのだろう。
 アルベールだよ、と紹介されて、ある……あるにーさま!あるにいさま!と何度も呼ぶ練習をするイヴに、初めてアルベールが笑顔を見せたと両親は思い出話を何回もしていたっけ。

「訳のわからない能力が出て、急に家族が出来るなんて……正直、悪い想像しかしてなくて。それでも孤児よりまともな暮らしが出来るなら、そう思っても……それまで碌なことがなかったから、期待はしないでおこうと思ったのに」

 新しい両親は優しそうで、でもだからといってまだ信用は出来ない、おとなは隠すのが上手いから。そう警戒してたのに、幼いイヴがあまりにも嬉しそうで、毒気が抜かれてしまった、と零す。

 張り切って屋敷を案内した覚えもある。レオンにされて嬉しかったから、イヴも庭まで案内した。
 当時いちばんだいじだった図鑑まで見せた。自分の全部を知ってもらいたかった。だって兄だから。
 だからアルベールのすきなものも、きらいなものも、なんだって、全部知りたかった。
 当時はわからない、と困惑するように返されることが多かった気がする。
 だから自分のすきなもの、美味しいとおもったもの、きらいなもの、なんでも教えて、それに一々、僕もこれすき、きらい、これ美味しいね、と返ってくると、返答はどうであれ嬉しかった。
 同じものをすきじゃなくたって、兄のすきなものを知りたかったから。

 アルベールがうちに来てから、イヴは現金なもので、本当の兄、に夢中だった。
 レオンに構ってもらうのは嬉しかったし、大きな書物庫にしかない図鑑や本も魅力的だったけれど、それは優しい兄に勝てるものではなかった。

 思い返すと、アルベールは本当に大変だったと思う。
 孤児から貴族へ。
 それは色々な価値観の違いもあっただろう。
 生活もがらりと変わって、戸惑うことばかりだっただろう。
 イヴの記憶のアルベールは、いつも勉強していた。知らないことが多過ぎた。
 語学や歴史の勉強や、マナーやダンス、開花した能力について。
 アルベールは真面目だったから。元々優秀だった訳じゃない、頑張った結果だ。
 イヴはそんなアルベールの邪魔ばかりだったと思うけれど、……まあそれも息抜きにはなっていたのかな。

 それからマリアを育てることになって、それを近くで見ていたアルベールが、竜騎士になりたい、と初めて将来のことを口にした。
 両親は最初それを止めていた。危ない仕事なのはイヴでもわかっていた。命を落とす者が多い職業だと。
 でもアルベールは譲らなかった、それが初めてのアルベールの我儘、我を通した出来事だったかもしれない。
 今となってはアルベールは竜騎士団にいなければならない存在で、イヴの能力もあって、死亡率は騎士団よりも低い。
 その結果までは予知出来てない筈だけれど。

 決めてからは勉強に加え、体力作りや剣術に、更にはイヴにくっついて竜とも交流をしていた。
 良く出来た長男である。その分両親はいつも心配していた、いつか心が折れたりしないかと。
 本人がやりたいということをやらせてあげたい、勉強も、剣術等を習いたいならそれも。
 でもそれが義務感や、「そうしないといけない」と思ってるのなら、そんなことの為に引き取った訳じゃないのだと。

「両親はとても優しくて、弟たちもすごくかわいくて、頑張ろうって、この場所に居ていいと、必要だと思われたいと思っていたのは事実だよ」
「……そんなの、気にしなくたって」

 いいのに。
 多分皆そう言う。本人がそう割り切れないとわかっていても。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...