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昼過ぎくらいに、流石に何か食べましょうか、と母さまがスープや果物を運んできた。
扉の外ではエディーが騒いでる声も聞こえる。
アルベールの様子もああだったから、何か感じるところもあるのだろう。
流石に長兄まで婚約破棄の危機だとは思ってないだろうけれど。
そんなに熱はないわね、と頬に触れて、張り切り過ぎたかしらね、と母さまは苦笑した。
走り回ってる訳でも、仕事や勉強をしてた訳でもない。
おれがしてたことなんて、遊んでたのと同じと言われたらそうだと頷くしかないのだけれど、実際頭も躰もついていけてないのだと思う。
イヴとしてのここまで生きてきた情報と、伊吹として生きてきた情報がごちゃごちゃになってしまって、自分がわからなくなってしまう。
ここはゲームの中の世界で、それならば正しいのは伊吹としての情報だと思うのだけれど、事実として今自分はイヴとして生きている。
ゲームでは描写のなかったことまで、イヴとして経験してた筈のことは覚えている。
どちらも同じ自分で、でも同じではないような、そんな不思議な感覚で、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
伊吹は死んだ。これは夢の延長のようなもの。
訳のわからないことは考えないようにしよう、そう思うのだけど、その思考をまるきり捨てることは出来ない。
「気にしているの?」
「え」
「婚約のことなら……」
アルベールとレオンが何かしたのか、と思った。
すぐに違う、自分とジャンとのことだ、と思い直す。
おれとしては、最早それくらいのレベルではあるのだけど、そうだ、婚約、政略結婚となると自分たちだけの問題ではないからな、特に王族との婚約破棄となると家族に迷惑をかけてしまうのか。
「……お父さまもおっしゃってたでしょう、イヴは気にしなくていいのよ」
「でもなにか、その、不利益とか」
「うちにはないわよお」
くすくす笑って、だから貴方は何も気にしなくていいの、そんなことに気を遣うならもっといいひとをみつけてくれたらいいわ、と髪を撫でる。
「貴方とアルベールに投げてる訳じゃないのよ、相手が誰だっていいの、貴方たちをだいじにしてくれて、想ってくれて、貴方たちが愛しているのなら、誰でも。私たちはそれを後押しするだけ」
「でも……その、王族、だしやっぱり何かあったり、とか……」
「大丈夫よ」
多分、その言葉通り、どうにかなる、大丈夫だと思う。
イヴの能力もアルベールの能力も、国にとっては無視出来ない力で、でもアンリの能力だって上手く使えば強い能力だ。
イヴじゃないといけない理由も、アンリじゃだめな理由も、婚約破棄されたらもうどうでもいいと捨てられる能力でもない。
両親に迷惑を掛けたくない、嫌われたら、捨てられたら困る。せめて家を出るまでは。
そう思っていたけれど、こうやってしあわせな家庭を知ってしまい、包まれると、少しでもここに長くいたいと思ってしまう。
おとなになりたかった筈なのに、こどもでいたいと思ってしまう。
こどもなら、余計なことを考えないで済むのに。
◇◇◇
こどもなら、余計なことを考えないで済むのに。
本当に。
でも十八はおとなとは言い切れなくても、何もしなくていいこどもという訳にもいかない。
体調はどう?と隣に座るアルベールに、癇癪を起こしたこどものように出ていって!話したくない!聞きたくない!と言える程甘えられなかった。同じようなことは散々しているだけに、流石に。
「母さまから熱は下がったようだと聞いているけど……エディーも心配していたよ、早くイヴ兄さまと遊びたいって」
「はい……」
「……」
自室のベッドの上で話すのは気まずくて、でも共有スペースに行って誰かに聞かれたら困る。
消去法で選んだ自室のソファはそう大きなものではない。
並んで座るとベッドの上より近くなってしまう。俯いても、すぐに触れられてしまうくらい。
暫くお互い無言になってしまって……それはおれが口を噤んだからなのだけれど、アルベールも言葉を探しているようだった。
きし、と小さくソファの軋む音と、落ち着けるようにと淹れられたミルクティーの入ったカップの音がする。
後はお互いの息を呑む音くらい。
気まずい。
ただの兄弟喧嘩ならよかった。
でも喧嘩じゃないし、おれのことすきにさせちゃってごめんね!なんて馬鹿みたいなこと言える訳もない。
おれから口を開くと碌なことにならない。
言いたいことも、言わないでほしいこともたくさんあるけれど。
「……話したいこと、わかるよね?」
「はいっおれ何もする気ないです!」
「えっ」
やっと本題を話そうとしたアルベールに、食い気味で被せてしまう。
何もする気ない、はなんだかおかしかったな、と自分でもわかった。
とりあえず自分の気持ちを伝えておきたいという思いが先走った。
「えっと……アル兄さまとレオンさまは婚約……結婚、するでしょう?」
「それは」
「おれはそれでいいの、アル兄さまとレオンさまが仲良くしてくれてたら」
そこにおれを混ぜないでいい。
そう続けたかったのに、ついと顎を上げさせられ、熱っぽい視線が真っ直ぐにおれに降るものだから、言葉が詰まった。
「悪いけれど、もう止まれないんだよ、僕もレオンさまも」
「……っ、」
「言ったでしょう、……昔からずっと、かわいいんだよ、イヴのことが」
それはこどもだからかわいかったんだよ、とは言わせて貰えない空気だった。
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