【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
31 / 192
4

30

しおりを挟む
「今日は竜舎行かない……」
「そうだね、まだ寝ていた方がいい」
「……」
「ゆっくり休んで……夜戻ってきてもいい?」
「ここ、アル兄さまの家だし」
「……そうだね」

 早朝、様子を見に来たアルベールに刺々しく返してしまう。
 また夜にね、行ってくる、と向けた背に、さみしそう、という思いと、なんでおれなんかに、という疑問と、折角逃げたのに酷い、という八つ当たりとが湧いてしまって、頭からシーツを被った。

 昨日、アルベールとレオンの突然の……突然ではないか、あんな告白を受けて、碌に話も聞かないまま、結局おれは逃げてしまった。
 頑張ったと思う。
 無理矢理レオンの腕を剥がして、竜舎から飛び出して、マリアを呼んだ。
 演習場から来たアルベールを乗せてきたと踏んだのだが、それは正しかったようで、近くをふらふら飛んでいたマリアはすぐにおれの目の前に着地し、そこに飛び乗るようにして屋敷に帰ってきた。アルベールを置いて。

 こんなことで知恵熱を出してしまうとは情けない。
 でもそれくらい頭を悩ませていたのだ。
 結果また逃げてしまったけれど、ふたりの言葉はしっかり聞いてしまった。
 聞いてしまったけれど、受け入れるとは言ってない。
 頭が考えるのを拒否しているものだから、全然何にも考えられなくて、ベッドの上でうーうー唸っているだけで夜を明かしたのだった。

 エディーにはうつるから兄さまに近寄らないようにと話し、両親には大したことないけれど部屋で休みますとだけ伝えている。
 ……三つ子と外で昼寝なんてしてしまったから、それも原因かもしれないし。本当の風邪かもしれないし。
 戻ってきたアルベールはすぐに察してくれたようで、まあ当然ではあるが余計なことは家族に話してないようだ。

 夜中に差し入れの夜食を持ってきた時は寝ている振りをしたが、流石に朝はそれで誤魔化されてはくれなかった。
 ……あのさみしそうな背中を思い出して、また頭を抱えてしまう。
 アルベールの居場所を奪いたくないなんて思いながら、あんな、帰ってきづらそうな反応をしてしまうだなんて。
 どうしよう、帰って来なかったら。
 またレオンのところに行って、遅くなったら。帰って来なかったら。

 ふたりが仲良くするのは全然いい、寧ろそうであってほしい。
 けれど、その理由がおれにかおを見せづらいからとかだったら。
 この家に居づらいとかだったら。

 養子になって、兄としてこの家に来た時から、ここはアルベールの家でもあるのに。
 おれが帰って来るなと言ったって、両親が受け入れてる以上、アルベールはここに帰って来るのが当然なのに。

 レオンのところにいればまだいい、そこがアルベールの居場所になるのなら。
 でもあんなことがあって、レオンがあんなこと、言ったりなんかして。
 アルベールがレオンを避けたらどうしよう。
 どこにいるのかわかんなくなっちゃう。

 どうしよう。

 おれはアルベールを、レオンを受け入れられない。
 だって同じ気持ちではない。
 すきだけど、愛してるけど、恋ではない。
 抱き締められるのはあたたかくて気持ちよくて、どきどきして落ち着かなくて、でも幸福感を得られる。
 それはアルベールが家族だから、レオンを信用しているから。
 キスも、触れられたことも、生理的に無理とかじゃあないけれど、突然のこと過ぎて、心の準備もする暇もなんてなくて、それはもう事故のようなものだったから。防げなかっただけ。
 家族だから、レオンだから許せただけ。次からはだめだからねってそれでぎりぎり済ませられるだけ。

 恋愛をしたいと思わない。
 恋愛ゲームをしたって、しあわせそうなカップルを見たって、仲の良い家族を見たって。
 いいんだ、他のひとはそうであってくれたらいい。
 でもおれにはきっと向いてない。
 伊吹の両親のせいだけにする気はないけれど、碌でもない愛は存在するし、その結果、要らない不幸を背負わされる子もいるかもしれない。おれはそんな責任は持てない。
 アルベールにもレオンにもしあわせでいてほしいし、でもおれがしあわせにしてあげたい、だなんてことはとても思えない。出来ると思えない。

 レオンはすごいな、と思った。
 ふたりとも誰よりも愛してる、だなんて、余程でないと許されない台詞だ。自信がないと言えない言葉だ。
 嫌味とかではなく、純粋に、普通はあんなこと言えない。そんな自信は持てない。
 でもレオンにはちゃんとその覚悟があるんだろうな、それなら、……アルベールをしあわせにしてほしい。
 本物の家族を作ってほしい。

 おれたちが偽物の家族とは思わないし思いたくないけれど、アルベールの心のどこかではやっぱり遠慮したりとか、劣等感とか、そういうの、あるんでしょ。血が繋がっていても、考えてしまうもの。
 そういうのじゃなくて、周りの顔色を伺わないといけないんじゃなくて、普通に笑えるアルベールであってほしい。
 レオンはきっと守ってくれるから。おれはちゃんとそれを知っているから、だからレオンにアルベールをしあわせにしてほしい。
 おれはその手伝いが出来たら。それで十分。嬉しい。
 家族がしあわせでいてくれたら、それがわかれば、それで。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...