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「ほら」
「いや流石にそれは大丈夫です」
「イヴが言い出したんじゃないか」
「抱っこしてとまでは……いや、手を離して下さいって」
「昔はよくしてただろう?」
「……こどもの時は」
「大して変わらない」
「……」

 腕を揺らしながらレオンが呼ぶ。
 そっちからじゃなくておれから来いって?色んな意味で無理に決まってるじゃないか。
 だからといって王子の言葉を嫌です、なんてぶった斬ることも出来ない。
 アンリなら言うんだろうな。ジャンさまからぎゅってして下さいって。そう言えるひとが愛されるのかもしれない。

 おれは一々考えてしまう。
 その言葉に甘えて飛び込んだら、嫌ですって言ったら、こいつ本当に来たぞって呆れられてしまうんじゃないかとか、思ってたのと何か違うなとか、生意気なやつだなとか。
 イヴは家族には出来る筈だったんだけどな。昨日までならアルベールにだって飛び込んでた。
 でもおれは今は伊吹の感覚もあって、どうにもあんなことがあったら、アルベールにも、勿論他のひとにも躊躇ってしまう。
 ちゃんとイヴでいなきゃ怪しまれてしまうかもしれないのに。

 じわじわと嫌われてるんじゃないかと感じるのは嫌だった。
 もしかして、あれ、おれのこと鬱陶しいと思ってるかな、本当はちょっと嫌だったかな、もしかして嫌われてるのかな、近くにいない方がいいかな、他のひとと居る方が楽しそうだな、

 そうやって少しずつ自信がなくなっていって、近付けない間にもっと他のひとと仲良くなって、気付いたら元々小さかった自分の居場所なんてなくなっていて、自分だって苦痛になって、頑張れなくなる。

 無償の愛をくれる筈のひとから貰えなかった。
 すぐ近くでそれを与えられるひとを見ていたのに。
 それは伊吹がよく知っていて、でも確かに幼少期まではそれを求めていた。
 イヴは幼少期までは愛されることを知っていた。
 両親に、新しい兄に、周りのひとに。
 大きくなる毎に段々と避けられていって、気味が悪いと言われることも増えて、塞ぎがちになって、笑顔も少なくなっていって、味方はほんのひと握りだけになったと思っていた。
 そこにレオンがいるのか、本当はわからない。
 散々皆に言われてきた、避けられてきた、心の読める気持ちの悪いやつと。
 本当に読めてしまえば、ひとの好意にも気付けるかもしれないのに。
 その前に壊れてしまうと思うけど。

「レオンさま、おれのこと、エディーと同じくらいだと思ってませんか」
「うちに来ていた時はもう少し大きくなかったか」
「そうですよ」
「かわいらしいままだ」
「えっ」
「それはかわってない」

 漸く離れたと思った手が頬に触れる。
 指の背で撫でて、驚いたままのおれに笑い、軽く抓った。

「……ジャンには会いたくないか」
「それは」
「俺しか聞いてない」
「……」

 そりゃそうだけど。
 本人への愚痴を兄に言う訳には……今更だけれど。
 まるで猫にするかのように喉を擽るレオンの手を止めると、それの何が楽しかったのだろう、レオンの方が瞳を細め、口元はまだ笑っている。

「会いたくないと言ってくれたらどうにかする」
「どうにかって……」
「イヴが傷付くことをもうさせたくないだけだ」
「もう……」

 本人がいなくても正式に婚約破棄なんて出来るものなんだろうか。
 ……出来るか、王太子が結婚なんてしたくないと言えばそれで終わりだ
 おれがいなくたって、ジャンとその周りでどうにか処理は終わる筈。だってこっちは破棄について口を挟む気はないから。

「今まで何もしてやれなかった、これくらいは」
「でも、レオンさま、ジャンさまと」

 仲良くなかったですよね、と言いかけて、慌てて口を噤んだ。
 そりゃ良いわけない、ふたりが仲良くしてるのをそう見たこともなかったし、立場が立場だ。
 きっとおれたちにはわからない確執もある。ゲームでは匂わせていた程度だったけれど。

「あいつの我儘でイヴをかなしませたし、振り回した」
「……」
「俺がもっと力を持っていたら、ジャンにやらなかったのに」
「へあ」
「アルベールも言っていたよ、何年も先のことが見えればお前をジャンにやらなかったって」
「それ、は……」

 雲行きが怪しくなってきた。
 いや、もっと早くから怪しかったのだけれど、油断していた。
 揶揄ってるだけだと、そんなつもりはないと。アンリの能力のせいだと。ここを乗り越えれば、すぐにおれはただの婚約者の弟に戻れると。

 アンリの能力は好意を引き摺り出す。わかっていたのに、ついさっきまでは警戒していた筈なのに。
 レオンの瞳は昨夜のアルベールと同じくらいあつい。欲望が見えてしまうくらい。
 勘違いだと思いたいけれど、

 聞いたらだめだ。
 レオンはアルベールの、兄の婚約者だ。
 アンリの能力のせいであっても、それを聞いたらおれは巻き込まれてしまう。
 アルベールの過去も未来も奪いたくない、そう思っていたのに。
 レオンが口にしたらどうしようもなくなってしまう。

 お願いだから、ふたりの関係が壊れるようなことは口にしないでほしい。
 おれのことなんて気にしないでいい。弟でいい。弟がいい。
 頑張ってきたアルベールを認めてほしい。

 イヴにふたりを切り裂かせる役目を与えないでほしい。
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