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「イヴ、朝だよ、ほら、今日から一緒に竜舎に行くんでしょう、置いてくよ」
「んゔ……」
「……起きないと、」
「んー……」
煩い、と思った。
漸く寝れたのに。まだそんなに遅くない筈なのに。
大体、おれを起こしに来るひとなんて。
……誰かいたっけ。
「う」
おでこに柔らかいものを感じて、そこで漸く瞳を開けた。
ぼやけた視界に黒いものが入る。
段々輪郭がはっきりしてきて、それが笑顔のアルベールだとわかるまで、少しかかった。……近くない?整ったかおが、もうすぐそこにある。
ていうか、今のおでこのやつって。
「……!」
「おはよう」
にっこりと笑うアルベールが朝日に負けないくらい眩しい。
……額にキスなんてのは、外国人のよくする挨拶じゃないか。
母さまがエディーにしているし、父さまだって。
イヴが小さい頃にもよくしていたし……でも最近はそんなの、久し振りで。
そうなるとやっぱり思い出すのは昨日の、つい昨夜のことで。
言葉に詰まって黙り込んだおれに、準備をしないと置いていくよ、とアルベールが頬を撫でた。
その指先がひんやりとする。
アルベールはくすりと笑って、マリアが待ってる、と窓を見た。
「マリアが……」
「昨日イヴがあんなことを言うから。張り切って迎えに来たみたい」
「……えー……」
「だからほら、準備しようか。手伝いはいる?」
「ひっ、ひとりで出来るっ」
そんなこども扱いしなくたって。
頬をあつくしながら、おれの胸元に手を伸ばしたアルベールを押して、部屋から追い出した。
……昨夜のことは夢じゃない。
今完全に頭は覚めたけど、昨日のは寝惚けてた訳じゃない。
アルベールは、おれのことが……
「……っ」
慌てて首を振って、ぱちんと水を出す。
そこにかおを突っ込んで、頭を早く起こせ、と自分に命じた。
それは知らない振りをするんだ。気付かなかった振りをするんだ。
おれはアルベールがすき、アルベールもおれがすき。
だってきょうだいだもの、優しい兄なんだもの、ただ仲が良いというだけだ。
自分で頬をぺちぺち叩いて気合いを入れる。
よし、大丈夫。
朝の準備を終わらせて、ひとつ息を深く吐いて、吸って。
いつもの弟のかおで、アルベールの所へ行く。
朝食は軽く用意されていた。
アルベールの向かいに座り、それを口にして、あれ、そういえば、と思った。
「……今日、アル兄さま遅くないですか?」
いつもならとっくに屋敷を出ている筈では。
単純な疑問に、朝食を済ませたアルベールは手にしていたカップを置いて、一緒に行くって約束したでしょう、と微笑んだ。
それだけでおれが起きるまで待ってたの?いや起こしに来たけど。
別におれの場合、仕事とかじゃないし、勝手に竜舎に行って勝手に帰ればいいんだけど。一緒に行くと嬉しそうだったのはアルベールだけで……本当に一緒に行って一緒に帰るつもりだったの?
にこにこしているアルベールに、そんなことは言えなくて、ただ、うん、と頷いた。
そんな風に嬉しそうにされたら、今更放っておいてなんて勝手なことは言えない。
どうにか朝食を流し込んで席を立つ。
使用人に見送られて屋敷を出ると、そこにはもうご機嫌なマリアが、遅かったわね、と口先だけは文句を言いながら座り込んでいた。
くるくる喉を鳴らす彼女に、まあおれは許してしまうしかない。
だってかわいいんだもの。
おはよう、と挨拶をして、当然のようにアルベールがおれを抱えてその背に乗せる。
一度空を飛んでしまえば、少し残っていた眠気も吹き飛んでしまう。
朝の空は澄んでいて気持ちがいい。
朝に強い訳ではないが、弱くもない。いい朝だな、と素直に思った。
「イヴ、もうちょっとこっちに」
「う、」
「そう……あんまり離れないで」
それはバランスが悪いからとか、落ちてしまうからとか、そういうことだ。
腰を引いて寄せるのも、いつものアルベールの仕草だ。
アルベールの、いつも通りの。
おれが勝手に意識してるだけだ。
……だってこれ、クリア後とはいえ、まだ恋愛ゲームの世界なんだもの。
いつもならアンリがされているようなことを、おれがされている。
◇◇◇
また後でね、とアルベールはおれを竜舎に置いて、マリアと演習場へ行ってしまった。
あれ、これ帰るのも一緒なんだろうか。
……でもそれなら夜遅くに帰ってくるなんてことはなくて、母さまも安心させることが出来るかな、と今日もがらがらの竜舎を歩きながら考える。
ううん、もしかしておれが行くべき場所って竜舎より演習場だったりする?
竜たちは日中竜騎士と一緒にいることが多いから。
竜と話すことが出来るのはイヴだけだ。
竜騎士たちは普通の動物と関わるように、人間と関わるように、お互いがお互い、何となく、こう思ってるんだろうな、で行動している。
マリアにアルベールを守ってねとお願いをしたように、竜たちには竜騎士と上手くやるように、ひとを守るようにお願いをしている。
彼等は命令を聞いている訳ではない。
ただの好意で、彼等の考えで、おれのお願いを聞いてくれている。
だから不遜な態度の竜騎士に懐くことはないし、竜に対して高圧的な振る舞いをする竜騎士もいない。
竜騎士には通常の騎士以上のものを求められることが多かった。竜に嫌われるということは命にも関わることだ。
だからかな、アルベールが捻じ曲がらないのも、必死なのも。
「んゔ……」
「……起きないと、」
「んー……」
煩い、と思った。
漸く寝れたのに。まだそんなに遅くない筈なのに。
大体、おれを起こしに来るひとなんて。
……誰かいたっけ。
「う」
おでこに柔らかいものを感じて、そこで漸く瞳を開けた。
ぼやけた視界に黒いものが入る。
段々輪郭がはっきりしてきて、それが笑顔のアルベールだとわかるまで、少しかかった。……近くない?整ったかおが、もうすぐそこにある。
ていうか、今のおでこのやつって。
「……!」
「おはよう」
にっこりと笑うアルベールが朝日に負けないくらい眩しい。
……額にキスなんてのは、外国人のよくする挨拶じゃないか。
母さまがエディーにしているし、父さまだって。
イヴが小さい頃にもよくしていたし……でも最近はそんなの、久し振りで。
そうなるとやっぱり思い出すのは昨日の、つい昨夜のことで。
言葉に詰まって黙り込んだおれに、準備をしないと置いていくよ、とアルベールが頬を撫でた。
その指先がひんやりとする。
アルベールはくすりと笑って、マリアが待ってる、と窓を見た。
「マリアが……」
「昨日イヴがあんなことを言うから。張り切って迎えに来たみたい」
「……えー……」
「だからほら、準備しようか。手伝いはいる?」
「ひっ、ひとりで出来るっ」
そんなこども扱いしなくたって。
頬をあつくしながら、おれの胸元に手を伸ばしたアルベールを押して、部屋から追い出した。
……昨夜のことは夢じゃない。
今完全に頭は覚めたけど、昨日のは寝惚けてた訳じゃない。
アルベールは、おれのことが……
「……っ」
慌てて首を振って、ぱちんと水を出す。
そこにかおを突っ込んで、頭を早く起こせ、と自分に命じた。
それは知らない振りをするんだ。気付かなかった振りをするんだ。
おれはアルベールがすき、アルベールもおれがすき。
だってきょうだいだもの、優しい兄なんだもの、ただ仲が良いというだけだ。
自分で頬をぺちぺち叩いて気合いを入れる。
よし、大丈夫。
朝の準備を終わらせて、ひとつ息を深く吐いて、吸って。
いつもの弟のかおで、アルベールの所へ行く。
朝食は軽く用意されていた。
アルベールの向かいに座り、それを口にして、あれ、そういえば、と思った。
「……今日、アル兄さま遅くないですか?」
いつもならとっくに屋敷を出ている筈では。
単純な疑問に、朝食を済ませたアルベールは手にしていたカップを置いて、一緒に行くって約束したでしょう、と微笑んだ。
それだけでおれが起きるまで待ってたの?いや起こしに来たけど。
別におれの場合、仕事とかじゃないし、勝手に竜舎に行って勝手に帰ればいいんだけど。一緒に行くと嬉しそうだったのはアルベールだけで……本当に一緒に行って一緒に帰るつもりだったの?
にこにこしているアルベールに、そんなことは言えなくて、ただ、うん、と頷いた。
そんな風に嬉しそうにされたら、今更放っておいてなんて勝手なことは言えない。
どうにか朝食を流し込んで席を立つ。
使用人に見送られて屋敷を出ると、そこにはもうご機嫌なマリアが、遅かったわね、と口先だけは文句を言いながら座り込んでいた。
くるくる喉を鳴らす彼女に、まあおれは許してしまうしかない。
だってかわいいんだもの。
おはよう、と挨拶をして、当然のようにアルベールがおれを抱えてその背に乗せる。
一度空を飛んでしまえば、少し残っていた眠気も吹き飛んでしまう。
朝の空は澄んでいて気持ちがいい。
朝に強い訳ではないが、弱くもない。いい朝だな、と素直に思った。
「イヴ、もうちょっとこっちに」
「う、」
「そう……あんまり離れないで」
それはバランスが悪いからとか、落ちてしまうからとか、そういうことだ。
腰を引いて寄せるのも、いつものアルベールの仕草だ。
アルベールの、いつも通りの。
おれが勝手に意識してるだけだ。
……だってこれ、クリア後とはいえ、まだ恋愛ゲームの世界なんだもの。
いつもならアンリがされているようなことを、おれがされている。
◇◇◇
また後でね、とアルベールはおれを竜舎に置いて、マリアと演習場へ行ってしまった。
あれ、これ帰るのも一緒なんだろうか。
……でもそれなら夜遅くに帰ってくるなんてことはなくて、母さまも安心させることが出来るかな、と今日もがらがらの竜舎を歩きながら考える。
ううん、もしかしておれが行くべき場所って竜舎より演習場だったりする?
竜たちは日中竜騎士と一緒にいることが多いから。
竜と話すことが出来るのはイヴだけだ。
竜騎士たちは普通の動物と関わるように、人間と関わるように、お互いがお互い、何となく、こう思ってるんだろうな、で行動している。
マリアにアルベールを守ってねとお願いをしたように、竜たちには竜騎士と上手くやるように、ひとを守るようにお願いをしている。
彼等は命令を聞いている訳ではない。
ただの好意で、彼等の考えで、おれのお願いを聞いてくれている。
だから不遜な態度の竜騎士に懐くことはないし、竜に対して高圧的な振る舞いをする竜騎士もいない。
竜騎士には通常の騎士以上のものを求められることが多かった。竜に嫌われるということは命にも関わることだ。
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