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「あああアル兄さま、やっぱり怪我っ……」
「いや、ちが」
「血っ……ち、血?出てない?もう塞がってる?これいつの怪我?」
「いッ……」
「レオンさまこれ治せないのっ」
「落ち着いてイヴ」
「だって!怪我って!れ、レオンさま治せるのに!」
包帯には血は滲んでいない。
慌ててその包帯を解くと、傷跡は残っているけれど、塞がってはいるようで、でもその範囲は広くて痛々しい。
こんな傷跡なら、結構な大怪我だったのではないか、とぞっとした。
「治療中だよ」
「でも、傷……」
「大丈夫、その内綺麗に治るから」
「でも……」
「イヴ、あまりおおごとにしたくないんだ」
悪い予感が当たって慌てるおれに、話を聞いてと取り上げた包帯を別にもういらないんだけど、と呟きながら巻き直し、アルベールが言う。
落ち着いてないのはおれだけだ。
怪我の原因はつい先日、演習中に竜から部下を守ったことだという。出血の割には酷いものではないからと、レオンの元に行き治癒をお願いした、とのことだった。
竜にも部下にも気遣って大したことないと伝えているが、結構な傷だったぞとレオンは口を挟んだ。そりゃそうだ、あの傷跡を見たって浅いものではないとわかるもの。
よくレオンの元までそんな大したことない振りが出来たものだ。そんな我慢強さ、いらないと思うのだけど。
それから数日経ってまだ治療中なのは魔力が関係するという。
死に繋がる怪我は治癒出来ないと聞いた覚えがある。ゲーム内でも重い病気は治せないとジャンが言っていて、万能ではないんだなあと思った記憶がある。
それはレオンやジャンの力が弱いということではなく、治癒を受ける側の問題だった。王族の強い魔力に耐えられないのだ。
アルベールの魔力量は高い方だった。だから大怪我の治癒に耐えることは出来るけど、一気に完治まで、という訳にはいかなかったと。
こうやって数日掛けて、段階的に治してるのだと。
……もしかして最近の帰りが遅いのはそれが原因だったのか。
「婚約してるのだし、泊まっていけと言っても帰ると煩いんだ」
「……家族を心配させてしまうので」
「婚約者のところにいると言えば納得するだろうに」
「イヴとエディーの教育に悪いです」
……もう十八なんだけど。母さまもアルベールも、そうまできっぱり言い切るだなんてこども扱いが酷いのではないか。それが心地好いとも思うのだけれど。
でも事実キスシーンを見ただけであれ程動揺してしまったし、心配もしてしまったし……いや、
「でもその、な、仲良くしてたのは、やっぱりおれ、邪魔でした、よね……?」
何で蒸し返した?と自分でも思った。言い終わってから口を塞いだって遅いんだけど。
レオンはまたわはは、と豪快に笑うと、お前はすぐに口に出すな、とおれの頬を掴んだ。
「手っ取り早いんだ、口から体内に注ぎ込んだ方が」
「ふぁ……」
「皮膚の上からなぞるより、内臓が傷付いてるんだ、内側から治した方がいいだろう?」
「……レオンさま、それではイヴが話せません」
「小さな顎だなあ」
「んむ」
お前が怪我をした時も治してやるから俺を呼べよ、と頬から手を離し、にっと笑う。粗暴な手つきと口調だが、その笑顔だけで大分雰囲気は柔らかく感じた。
入れ替わりにアルベールがおれの頬を撫で、痛くなかったかと訊いてくる。
……アルベールのその腹に比べたらこれくらい、全然。
「……今日の治癒は終わったのですか、おれ、外に出ていた方が……」
「いや、止めておこう、昨晩もしているし、魔力の与え過ぎはよくない」
「じゃあ帰ろ」
「え」
逃げられると困ると思い、アルベールの腰に手を回そう……として、傷を思い出して背中に回した。
殆ど治っているとはいっても見た目は痛そうだった。内臓も傷付いてたって?治ったとはいえ、普通は横になっているべきでは?
帰りも遅く、朝も早い。おまけに躰を使う仕事ときた。
早く帰って休むべきだと思う。
いっぱいご飯を食べて、ゆっくりたっぷり寝てほしい。
「イヴは心配してるんだ、帰ってやれ」
「でも……」
「騎士団には俺が伝える、マリアを呼んで帰れ、従者を呼ぶより早いだろう」
「……はい」
アルベールは大人しく頷いて、そのままおれの頭を撫でた。
それはエディーにしているかのようで、少し擽ったい。
三つ子の竜たちに夕方までいるから後で、なんて言っちゃったけど……でもやっぱり、あのお腹の傷を見てしまったら仕方がない。
あんなに綺麗な躰に傷を残すなんて。
「帰ろうか」
「うん」
アルベールの黒い瞳にはおれが映っていた。
その瞳を細めて、アルベールは微笑む。そのかおを見れるだけで嬉しい。怪我をしたのは嫌だし、そういう仕事なのもわかるし、心配だけど、でも良かった、レオンが婚約者で。
レオンがいたら、怪我の多い仕事でも大丈夫だ。
本当は痛い思いなんてしてほしくないけど、でも誰かがしないといけない仕事だし、アルベールが選んだ仕事だ、昔イヴが反対したってだめだった、撤回しなかった。
それなら少しでもアルベールが無事な未来であってほしい。
外に出たアルベールが笛を吹くと、少ししてマリアが飛んできた。
特殊な竜を呼ぶ笛だ。いくらおれが呼んだって声が届かなければ意味がない、こういう道具があると助かるなとその笛を見ながら思った。
「いや、ちが」
「血っ……ち、血?出てない?もう塞がってる?これいつの怪我?」
「いッ……」
「レオンさまこれ治せないのっ」
「落ち着いてイヴ」
「だって!怪我って!れ、レオンさま治せるのに!」
包帯には血は滲んでいない。
慌ててその包帯を解くと、傷跡は残っているけれど、塞がってはいるようで、でもその範囲は広くて痛々しい。
こんな傷跡なら、結構な大怪我だったのではないか、とぞっとした。
「治療中だよ」
「でも、傷……」
「大丈夫、その内綺麗に治るから」
「でも……」
「イヴ、あまりおおごとにしたくないんだ」
悪い予感が当たって慌てるおれに、話を聞いてと取り上げた包帯を別にもういらないんだけど、と呟きながら巻き直し、アルベールが言う。
落ち着いてないのはおれだけだ。
怪我の原因はつい先日、演習中に竜から部下を守ったことだという。出血の割には酷いものではないからと、レオンの元に行き治癒をお願いした、とのことだった。
竜にも部下にも気遣って大したことないと伝えているが、結構な傷だったぞとレオンは口を挟んだ。そりゃそうだ、あの傷跡を見たって浅いものではないとわかるもの。
よくレオンの元までそんな大したことない振りが出来たものだ。そんな我慢強さ、いらないと思うのだけど。
それから数日経ってまだ治療中なのは魔力が関係するという。
死に繋がる怪我は治癒出来ないと聞いた覚えがある。ゲーム内でも重い病気は治せないとジャンが言っていて、万能ではないんだなあと思った記憶がある。
それはレオンやジャンの力が弱いということではなく、治癒を受ける側の問題だった。王族の強い魔力に耐えられないのだ。
アルベールの魔力量は高い方だった。だから大怪我の治癒に耐えることは出来るけど、一気に完治まで、という訳にはいかなかったと。
こうやって数日掛けて、段階的に治してるのだと。
……もしかして最近の帰りが遅いのはそれが原因だったのか。
「婚約してるのだし、泊まっていけと言っても帰ると煩いんだ」
「……家族を心配させてしまうので」
「婚約者のところにいると言えば納得するだろうに」
「イヴとエディーの教育に悪いです」
……もう十八なんだけど。母さまもアルベールも、そうまできっぱり言い切るだなんてこども扱いが酷いのではないか。それが心地好いとも思うのだけれど。
でも事実キスシーンを見ただけであれ程動揺してしまったし、心配もしてしまったし……いや、
「でもその、な、仲良くしてたのは、やっぱりおれ、邪魔でした、よね……?」
何で蒸し返した?と自分でも思った。言い終わってから口を塞いだって遅いんだけど。
レオンはまたわはは、と豪快に笑うと、お前はすぐに口に出すな、とおれの頬を掴んだ。
「手っ取り早いんだ、口から体内に注ぎ込んだ方が」
「ふぁ……」
「皮膚の上からなぞるより、内臓が傷付いてるんだ、内側から治した方がいいだろう?」
「……レオンさま、それではイヴが話せません」
「小さな顎だなあ」
「んむ」
お前が怪我をした時も治してやるから俺を呼べよ、と頬から手を離し、にっと笑う。粗暴な手つきと口調だが、その笑顔だけで大分雰囲気は柔らかく感じた。
入れ替わりにアルベールがおれの頬を撫で、痛くなかったかと訊いてくる。
……アルベールのその腹に比べたらこれくらい、全然。
「……今日の治癒は終わったのですか、おれ、外に出ていた方が……」
「いや、止めておこう、昨晩もしているし、魔力の与え過ぎはよくない」
「じゃあ帰ろ」
「え」
逃げられると困ると思い、アルベールの腰に手を回そう……として、傷を思い出して背中に回した。
殆ど治っているとはいっても見た目は痛そうだった。内臓も傷付いてたって?治ったとはいえ、普通は横になっているべきでは?
帰りも遅く、朝も早い。おまけに躰を使う仕事ときた。
早く帰って休むべきだと思う。
いっぱいご飯を食べて、ゆっくりたっぷり寝てほしい。
「イヴは心配してるんだ、帰ってやれ」
「でも……」
「騎士団には俺が伝える、マリアを呼んで帰れ、従者を呼ぶより早いだろう」
「……はい」
アルベールは大人しく頷いて、そのままおれの頭を撫でた。
それはエディーにしているかのようで、少し擽ったい。
三つ子の竜たちに夕方までいるから後で、なんて言っちゃったけど……でもやっぱり、あのお腹の傷を見てしまったら仕方がない。
あんなに綺麗な躰に傷を残すなんて。
「帰ろうか」
「うん」
アルベールの黒い瞳にはおれが映っていた。
その瞳を細めて、アルベールは微笑む。そのかおを見れるだけで嬉しい。怪我をしたのは嫌だし、そういう仕事なのもわかるし、心配だけど、でも良かった、レオンが婚約者で。
レオンがいたら、怪我の多い仕事でも大丈夫だ。
本当は痛い思いなんてしてほしくないけど、でも誰かがしないといけない仕事だし、アルベールが選んだ仕事だ、昔イヴが反対したってだめだった、撤回しなかった。
それなら少しでもアルベールが無事な未来であってほしい。
外に出たアルベールが笛を吹くと、少ししてマリアが飛んできた。
特殊な竜を呼ぶ笛だ。いくらおれが呼んだって声が届かなければ意味がない、こういう道具があると助かるなとその笛を見ながら思った。
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