【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 ◇◇◇

 その後ひと通り広い竜舎を回り、最後にマリアにまた挨拶をして、待たせていた馬車に乗り込んだ。
 はしゃいでいたエディーはうとうとと船を漕ぎ、少しすると膝の上で寝てしまった。確かに疲れた躰にこの振動は眠くなるかもしれない。
 夕方はまだ少し肌寒い。
 上着を掛けてやり、ふわふわとした髪を撫でるとむにゃむにゃ言いながら口元を緩ませるエディーがかわいらしかった。

 結局、アルベールが迎えてくれたものだから、騎士団長としてのアルベールを見ることが出来なかった。
 物腰が柔らかくて、一見中性的なアルベールの格好良いところが見てみたかったけれど、まあそれは今度でいいか。
 何せおれは今やることがない。毎日暇を持て余している。また竜舎に行きがてら覗くことくらいは出来るだろう。

 ……というか本当に暇だ。屋敷で母さまとエディーとお茶をするか本を読むかごろごろするかしかしていない。
 自分のすべきことがわからない。ゲームではそんなこと描かれてなかった。
 父さまの手伝い?家のこと?
 いや本来なら結婚して王太子の嫁だか婿だかになってた筈で、その仕事といったら……子作り?
 いやいやいや、流石にBLゲームで男同士の婚約結婚がある世界だとしても妊娠までは描かれてない。
 魔法のある世界だし、可能なのかもしれないけれど、え、そしたらおれ、ジャンとそういうことしてたかもしれないってこと?

「……」

 いやないないないないない、無理無理無理。
 そんな自分を想像したら気持ちが悪い、どうぞアンリと宜しくやっていてほしい。
 それ以外にもおれが求められていたことは主に竜のことだろう。そうだ。うん。そっちの方が重要だと思う。そう自分を納得させた。

 竜の大半は竜騎士団が管理している。
 勿論野良……野良といっていいかわからないけれど、管理されてない竜もいる。
 その全ての面倒なんて到底みれやしないけれど、竜騎士団が管理してる分くらいはおれも様子をみたり出来る筈だ。
 毎日は鬱陶しいかもしれないけれど、今日会えなかった竜もいる。
 おれしか伝えられないこともある。
 少しずつ、竜とひととの距離を縮めるのもありじゃないだろうか。
 アルベールもいるし丁度良い。

 ゲームクリア後のイヴの予定なんてわからないから、そうやって自分で作っていくしかない。
 このまま甘やかされて母さまとエディーの傍にいるのもいいけど、いやそっちの方が魅力的だけど、アルベールが命をかけて竜騎士団長をしてるのだと思うとやっぱりニートなんてしてられない。他のひとも仕事をしているのだ。

 おれにしか出来ないことがあるんだ。それがわかってるだけで上等じゃないか。
 前の世界では何も出来なかった。学生でこどもで、妹を碌に守ることも出来なくて、逆に守られていたようなものだった。

 おれはこの世界ではアルベールを、エディーを、母さまも父さまも、竜たちも守ることが出来るんだ。その力を持ってるのだ。
 国を守りたいと思う、でもそれ以上に、おれはこの家族がだいじだ。
 こうやって身を預けて安心して寝る子を守りたい。
 あの優しい手を、眼差しを失いたくない。
 折角この世界で知らなかった温もりを、蕩けるような日々を手に入れた。
 だからおれも何かをしたいんだ、皆の為に、……自分の為に。


 ◇◇◇

 とはいえおれが出来るのは竜たちと話をするだけだ。勝手なことも出来やしない。
 たっぷり寝て、アルベールに竜舎に通う許可を得ようと思っていたらもう既に出てしまっていた。
 平和な国になったとはいえ、騎士団が油断をする訳にはいかない。普段から訓練だとか鍛錬だとか、他にも色々忙しいんだろう、とは思うけど、いくら何でも朝早過ぎないか、昨夜も遅かったようなのに。

 ふかふかのパンや黄身まで硬く焼かれた卵、焦げ目が食欲をそそるベーコンの朝食を平らげると、今日はひとりで出掛けると母さまに告げる。
 ……わざわざ報告なんていらないとも思うけど、急にいなくなるのも心配すると思って。
 母さまは一瞬驚いたかおをして、視線を逸らし、でも行先が竜舎だとわかるとすぐに安堵したように気をつけてね、と微笑んだ。
 多分まだ母さまにとってはおれはまだ心配しないといけない境遇で、竜舎やアルベールの近くは安心出来る場所なのだろう。
 それならエディーが起きる前に出た方がいいわよ、と少し悪戯っぽく笑う母さまにおれも歯を見せて、そうします、と返した。

 用意してもらった馬車に揺られて、まさか二日連続で来るとはアルベールも思わないだろうな、と想像して口元が緩む。予知持ちのアルベールを驚かせるのは楽しそうだ。
 硝子に映る自分が、伊吹ではなくなっていくみたいだ、と思った。
 生前のことを忘れる訳ではない。多分ずっと、愛莉のことは忘れない。
 でもどんどんイヴになるのが上手になる、イヴになっていく、そうなりたいと思っている。
 この場所を誰にも渡したくない。
 だから早く、イヴにならなきゃいけないんだ。

 着きましたよ、と馬車を降りたところは、昨日アルベールが迎えに来てくれたところより奥の方、演習場の入口だった。
 アルベールはいない。どうやら予知をされずにすんだみたいだ。
 勝った、と誰ともしてない勝負に勝手に浮かれて、中の方を覗き込む。
 門の外から既に熱を感じてはいたし、竜が飛んでるのだって見えたけれど、近くで見るとまたその熱量は違う。
 ……おれももう少し鍛えた方が母さまも心配しないかな、と腕を見比べていると、背後から声を掛けられた。
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