【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 翌日には王の使いが屋敷に訪れた。
 使いの内容は勿論王太子とイヴの婚約破棄についてだ。後日にしてくれってあの場から逃げ出してしまったものだから……
 おれは会ってないのだが、両親が怒り狂って追い返したらしい。それはちょっと見たかったかもしれない。自分の為に怒ってくれることってその、ほら、今までなかったし。
 それから更に三日が経つが、おれはというと、ジャンのことよりイヴの家族に夢中だったもので、なんなら婚約破棄ありがとう、この家を出なくてすんだ、アンリとおしあわせに、でも何もあの場で婚約破棄しなくて良かったのでは?ま、ゲームだから仕方ないけど!というメンタルでいられる程には元気になった。

 両親とアルベールとエディーからの愛はあの場だけのものではなく、戸惑ってしまう程十分に感じられたし、時代や国の設定も練られず適当に作られたゲームだったのだろう、食事も変に凝った外国の料理ではなく、日本人の舌にあうくらい美味しい。問題といえばちょっと量が多いくらいか。
 屋敷は広く、生活魔法もあるお陰で快適で過ごしやすく、個室は寮だって驚く程広かったが屋敷の部屋は更に広い。ベッドはふかふか、シーツも毛布も気持ちがいい。
 イヴとしてのこの国の知識もあるので、生活に困ることはない。
 文字も読み書き出来るし、本だって読める。
 アルベールと父親はそれなりに忙しそうだが、べったりとくっつくエディーと寄り添う母さまのお陰でさみしさを感じる暇もない。
 ……正直めちゃくちゃ過ごしやすい。
 変に作り込まれなかったゲームの世界に感謝したい程だ。

 たったひとつ、欲というか未練があるのは愛莉のことだけだった。
 おればっかりこんなにしあわせで悪いな、愛莉も一緒にこの世界に来れたらよかったのに。
 いや、愛莉は愛莉であの世界で上手く生きてるのかもしれないけれど。それでも、一緒にしあわせになりたかった、とも思う。

 本当は、高校を卒業して働いて、ある程度余裕が出来たら愛莉にこっそり会いに行こうと思っていた。
 お兄ちゃん無事にやってるよという報告と、愛莉の生活を確かめに。
 母親は男遊びが酷い女性だった。
 あの日愛莉を連れて逃げた先の男とまだ一緒にいるのかすらわからない。
 連れ子の娘の性被害や放置がないか心配だった。おれとは違いまだ幼い女の子だ、あの母親が娘への被害を許す筈がないとも思ったが、父親似の愛莉の立場が変わらない保証もなかった。
 だから、最悪愛莉を連れて逃げる想像もしていた。
 ……本当に、愛莉のことだけが心残りだ。

 屈託なく笑うエディーを見る度に、そのエディーを見て微笑む母さまを見る度に、胸がぎゅうとなるのだ。

「イヴさま、お荷物が届きました」
「……荷物?」

 庭でお茶をしていたところ使用人に呼ばれて首を傾げていると、エディーに手を引かれてしまった。
 こっちこっちと急ぐ小さな足について行く。
 学園で頼んだ荷物はもう部屋に運ばれている。
 他に何かを頼んだ覚えなんてないのだけれど、と考えながら着いた先には、沢山の木箱が並んでいた。

「……なにこれ」
「マリアさまたちのおやつにと頼んでいらしたでしょう」
「マリアたちの……」

 木箱に近付いてすんと鼻を鳴らすと、甘酸っぱいにおいがした。
 成程、竜たちのおやつ、果物ってことか。
 ひとつ箱を開けてみる。珍しいものはない。林檎やバナナや西瓜、オレンジや葡萄。
 魔法の存在や竜が生息してる以外は本当に前の世界と変わらない。お陰で幾らイヴの記憶もあるとはいえ、おれもぼろを出さずにやってこれている。

「あるにーさまのとこいく?」
「……騎士団に?」
「うん、おやつどーぞ!って」
「そうだねえ……エディーは竜、こわくない?」

 学園でのマリアへの視線を思い出す。
 いやあれはマリアもアルベールも威嚇していたのだから周りが怯えるのも仕方がない。そうしていたのだ。
 けれどエディーのような小さな子が大きな竜に怯えるのも仕方ないとは思う。

「いゔにーさまいっしょだからこわくない~」

 えへへ、と信頼を寄せる笑顔が堪らなかった。
 小さな手がまたぎゅうと握り返されて、もう一度、アル兄さまのところに行く?と小首を傾げられる。
 そんな風にされたら信頼を裏切る訳にはいかないと、うん、と頷いてみせた。

「かーさまもいく?」
「いいえ、今日はこの後来客があるの」
「あ、それなら明日に」
「いいのよ、あれからマリアには会ってないのでしょう?さみしがってるわ、あの子。気にせずいってらっしゃい、気をつけてね」

 遅れてやって来た母さまはおれとエディーに笑顔を見せると、エディーを宜しくね、と優しく声を掛けた。
 エディーよりもずっとお兄さんだというのに、その声に蕩けてしまいそうになってしまう。
 家族って、……母親ってすごい。こどもに、こんなに柔らかくてあたたかい声、出せるものなんだ。

「アルベールにも今日は早く帰ってらっしゃいと伝えてね、昨日も遅かったようだから。ちゃんと休まないと怪我をしてしまうでしょう」
「はい」
「エディー、イヴ兄さまから離れては駄目よ」
「りゅーはいゔにーさまのおともだちでしょ」
「そうね、でもこわいのは竜ではないのよ、迷子になったらどうするの、こわいひとに拐われてしまったらお母さま心配してしまうわ」

 優しく諭す母さまに、唇をきゅっと結んで、わかった、と頷くエディーがかわいらしい。
 このあたたかいふたりに挟まれるような位置にいるのが酷く心地良かった。

 暫く待つと使用人が呼んだ馬車が来て、おれとエディーを乗せると大量の荷物と共に走り出す。
 そういえば竜舎にはよく行っていたが、仕事中のアルベールの元へは行ったことがないな、と気付いた。
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