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「アル兄さま、もしかして誰かの予知を見た?」
「……エディーの泣く予知を見て、それから両親のを確認してしまった」
「もう、折角の能力をこんなことに使わないでいいのに」
「こんなこと、じゃないだろう!」
荒らげた声に、おれもマリアもびっくりした。
おろおろするマリアの背を撫でながら、繊細な子なのだからと咎めると、アルベールは素直にすまないと頭を下げる。
アルベールの特殊能力は少し先を予知するものだ。
その力は数秒後のものから数日くらいと少し幅があるし、絶対に見れるという訳ではないらしいが、その能力のお陰でこの国の騎士団の戦死者は少ない。たったのみっつしか離れてないというのに竜騎士団長として人望の高い兄はイヴの自慢でもある。
エディーは末の弟であり、まだ四歳。そのエディーがおれの婚約破棄の話でも聞いてかわいそうと泣いたのだろう。まだ甘えん坊の、すぐ泣く子なのだ。
そんな予知を見たから、従者の馬車ではなく、竜騎士団長自ら愛竜で文字通り飛んで迎えに来た、と。
贅沢な使い方である。
「ジャンは馬鹿なのか?お前と婚約破棄だなんて、この国を潰す気か?」
「はは……そこまで考えてないんじゃないかな」
「お前と婚約破棄するということはこの国を考えてなんていないだろう、イヴがいないとこの国はとっくに潰されているというのに」
「いやあ……そこまでは」
ある、とは思う。伊吹として言わせてもらえば、ジャンは本当にとんでもないことをした、と。
それと同時に、結婚なんてしないですんだんだから良かったじゃないか、とも。
「あいつらは本当に馬鹿だな、イヴを遠ざけるだなんて……そもそもイヴを婚約者に選んだのはあいつじゃないか」
心なんて読めたとしてどうなる、疚しいことでも考えているのか、とアルベールが呟く。
いやあ、普通は嫌だよ、心の中が読まれるなんて、とその呟きにそう考えてしまう。疚しいことをひとつも考えないひとなんてそういないし、悪いことを考えてなくても恥ずかしいとか不快だとか、そういう思いは誰でも持ってしまう。
……但しおれは皆が思ってるような、そんな能力は持っていない。それはアルベールもわかった上での愚痴だった。
イヴが持っているのは『生き物と話せる』能力である。
あくまでも『話せる』だけであり、心や頭を覗くことなど出来ない。
「わたしはあなたを好意的に見ています」と口に出しても、心の中では嘘だ嫌いだと思っていれば、それはおれには伝わらない。
心を隠したり嘘の吐けるような対人間には何の意味もない能力なのだ。
虫のように小さいものとは話は出来ない、だって彼等の声なんて聞いたことないでしょう?
犬や猫、羊や馬といった鳴く生き物と話が出来るだけだ。
何処が痛い?何が食べたい?そんなことを教えてもらうだけ。
足が痛い、林檎が食べたい、そう返ってくればいいが、躰の中の何処が痛いかわからない、と曖昧な返事しかなければおれにはどうしようもない、獣医にもなれやしない。それくらいの、下らないといえばそれまでの能力。
そんな、普通なら外れの特殊能力だった。
それがこの国に必要だと言われる理由は竜にある。
ハディス国は竜の国と言われる程竜が生息する。この国の気候や魔力量、それに加えて緑の多い土地柄、竜の好む果物が多く、生息しやすい国だったのだ。
食糧も資材も豊富で竜を多く所有する国はそれは周りの国から狙われた。
竜という生き物は馬よりも戦争の道具に適している。
種族差はあるが、弓矢も効かない程の硬い皮膚や鱗、自在に空を舞う翼、火を吹き洪水を起こし、地を揺らし一帯を凍らせる、そんな力を持っているのだ、使いこなせればそりゃあ敵なしである。
使いこなせれば。
竜相手に普通は無理な話である。
けれどイヴにはそれが出来た。使役させる能力はない、ただ彼等と話をするだけ。
それだけだが、竜たちには十分だったようだ。
自分のすきなものきらいなこと、してほしいこといやなこと、そんな話をするだけで、彼等はイヴを好んでくれた。
本音を言うと竜といえど仲良くなった者たちに戦争になど行ってほしくはないが、仕方のないこともある。
ハディス国は竜を従えていると周りの国々に伝われば、無闇に戦争を仕掛けてくる国も少なくなった。
こちらの国としても他国から奪わないといけない程領地や食糧には困っていない、つまりこちらから馬鹿な戦争を仕掛けなければ竜に守られる平和な国になった訳だ。
そう、平和になった。
竜騎士団長のアルベールが他国に行かず、学園を卒業する弟を迎えに来ることが出来る程度には。
だからジャンもおれの利用価値はもうないと思ったのかもしれない。
本当に馬鹿だな、おれが竜を使って国を滅ぼすことだって出来るというのに。
……出来ない、しないとわかっているのだ。
良くも悪くも、婚約者として付き合ってきたのだから。
イヴは悪役として描かれている筈なのに、悪役になんてなれない。我儘すら言わない子だった。
ゲームにはそう描かれなくても、イヴのことをわかっていた。ジャンも、他の攻略者も。
その上でアンリを選んだ。
それだけのことだ。
悪役にも婚約者にもなれない。
イヴの存在意義はこの世界にもうない。
それならどうするのか?
イヴはイヴとして、ゲームには関係なく生きていくしかないのである。
「……エディーの泣く予知を見て、それから両親のを確認してしまった」
「もう、折角の能力をこんなことに使わないでいいのに」
「こんなこと、じゃないだろう!」
荒らげた声に、おれもマリアもびっくりした。
おろおろするマリアの背を撫でながら、繊細な子なのだからと咎めると、アルベールは素直にすまないと頭を下げる。
アルベールの特殊能力は少し先を予知するものだ。
その力は数秒後のものから数日くらいと少し幅があるし、絶対に見れるという訳ではないらしいが、その能力のお陰でこの国の騎士団の戦死者は少ない。たったのみっつしか離れてないというのに竜騎士団長として人望の高い兄はイヴの自慢でもある。
エディーは末の弟であり、まだ四歳。そのエディーがおれの婚約破棄の話でも聞いてかわいそうと泣いたのだろう。まだ甘えん坊の、すぐ泣く子なのだ。
そんな予知を見たから、従者の馬車ではなく、竜騎士団長自ら愛竜で文字通り飛んで迎えに来た、と。
贅沢な使い方である。
「ジャンは馬鹿なのか?お前と婚約破棄だなんて、この国を潰す気か?」
「はは……そこまで考えてないんじゃないかな」
「お前と婚約破棄するということはこの国を考えてなんていないだろう、イヴがいないとこの国はとっくに潰されているというのに」
「いやあ……そこまでは」
ある、とは思う。伊吹として言わせてもらえば、ジャンは本当にとんでもないことをした、と。
それと同時に、結婚なんてしないですんだんだから良かったじゃないか、とも。
「あいつらは本当に馬鹿だな、イヴを遠ざけるだなんて……そもそもイヴを婚約者に選んだのはあいつじゃないか」
心なんて読めたとしてどうなる、疚しいことでも考えているのか、とアルベールが呟く。
いやあ、普通は嫌だよ、心の中が読まれるなんて、とその呟きにそう考えてしまう。疚しいことをひとつも考えないひとなんてそういないし、悪いことを考えてなくても恥ずかしいとか不快だとか、そういう思いは誰でも持ってしまう。
……但しおれは皆が思ってるような、そんな能力は持っていない。それはアルベールもわかった上での愚痴だった。
イヴが持っているのは『生き物と話せる』能力である。
あくまでも『話せる』だけであり、心や頭を覗くことなど出来ない。
「わたしはあなたを好意的に見ています」と口に出しても、心の中では嘘だ嫌いだと思っていれば、それはおれには伝わらない。
心を隠したり嘘の吐けるような対人間には何の意味もない能力なのだ。
虫のように小さいものとは話は出来ない、だって彼等の声なんて聞いたことないでしょう?
犬や猫、羊や馬といった鳴く生き物と話が出来るだけだ。
何処が痛い?何が食べたい?そんなことを教えてもらうだけ。
足が痛い、林檎が食べたい、そう返ってくればいいが、躰の中の何処が痛いかわからない、と曖昧な返事しかなければおれにはどうしようもない、獣医にもなれやしない。それくらいの、下らないといえばそれまでの能力。
そんな、普通なら外れの特殊能力だった。
それがこの国に必要だと言われる理由は竜にある。
ハディス国は竜の国と言われる程竜が生息する。この国の気候や魔力量、それに加えて緑の多い土地柄、竜の好む果物が多く、生息しやすい国だったのだ。
食糧も資材も豊富で竜を多く所有する国はそれは周りの国から狙われた。
竜という生き物は馬よりも戦争の道具に適している。
種族差はあるが、弓矢も効かない程の硬い皮膚や鱗、自在に空を舞う翼、火を吹き洪水を起こし、地を揺らし一帯を凍らせる、そんな力を持っているのだ、使いこなせればそりゃあ敵なしである。
使いこなせれば。
竜相手に普通は無理な話である。
けれどイヴにはそれが出来た。使役させる能力はない、ただ彼等と話をするだけ。
それだけだが、竜たちには十分だったようだ。
自分のすきなものきらいなこと、してほしいこといやなこと、そんな話をするだけで、彼等はイヴを好んでくれた。
本音を言うと竜といえど仲良くなった者たちに戦争になど行ってほしくはないが、仕方のないこともある。
ハディス国は竜を従えていると周りの国々に伝われば、無闇に戦争を仕掛けてくる国も少なくなった。
こちらの国としても他国から奪わないといけない程領地や食糧には困っていない、つまりこちらから馬鹿な戦争を仕掛けなければ竜に守られる平和な国になった訳だ。
そう、平和になった。
竜騎士団長のアルベールが他国に行かず、学園を卒業する弟を迎えに来ることが出来る程度には。
だからジャンもおれの利用価値はもうないと思ったのかもしれない。
本当に馬鹿だな、おれが竜を使って国を滅ぼすことだって出来るというのに。
……出来ない、しないとわかっているのだ。
良くも悪くも、婚約者として付き合ってきたのだから。
イヴは悪役として描かれている筈なのに、悪役になんてなれない。我儘すら言わない子だった。
ゲームにはそう描かれなくても、イヴのことをわかっていた。ジャンも、他の攻略者も。
その上でアンリを選んだ。
それだけのことだ。
悪役にも婚約者にもなれない。
イヴの存在意義はこの世界にもうない。
それならどうするのか?
イヴはイヴとして、ゲームには関係なく生きていくしかないのである。
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