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第三章 清廉なるティタニエラ

プロローグ 王女の手紙④

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 柔らかな日差しが鉄格子の窓から降り注ぎ、アレイン・レブレーベントはふと目を覚ました。時刻は早朝。鳥のさえずりが耳に心地よく、今日も平和な朝が訪れていることを実感する。
 魔法を無力化する性質を持つ特殊な結晶の上で横になっている内に、知れず寝入ってしまっていたようだ。牢獄の扉は既に開かれ、彼女は本来ここに留まる必要はない。救世主との戦いに敗れてから数日の幽閉を経て、アレインは女王により釈放され、基本的には騎士団の指揮を執り、活性化した魔獣の被害を食い止める役割を担っている。
 それでも彼女がここに来るのは、単にこの場所が気に入ったのもあるが、自らへの戒めのため。自身の野望のために負けてはならぬ戦いに負け、みっともなくレブレーベントに留まる己のふがいなさを忘れないためだ。
「ここにおったか。気に入ったかい?」
 不意に声を掛けられて、アレインはゆっくりと振り返る。
 母である女王エイレーンが牢獄の中に入ってきていた。
「私に何か用?」
「リシアから手紙が届いた。お前も興味があるかと思ってな」
 アレインの目がわずかに鋭くなった。
「そろそろカイオディウムの連中を口説き落とせた頃かしらね。歴史に残る偉業だけど」
「ふふっ、ことはそう簡単には進んでおらんらしいな。私も、あの二人からの手紙でなければたちの悪いいたずらかと破り捨てるところだ」
「……見せて」
「お? 見たいか?」
 娘としてはとても気に入らない母親の笑顔を見て、アレインが露骨にいやそうな顔をした。女王は楽しげに声を上げて笑った。
「冗談だ、ほら」
 女王がピン、と魔法で飛ばしてきた便箋を受け取り、アレインはさっと目を通す。
 そこには、総司とリシアがレブレーベントを出てから、どんな道のりを歩んでいたかが書き記されていた。
 伝説の国、千年前に滅んだルディラントに入り、二つ目のオリジンを手に入れたこと。これよりカイオディウムに入り、最悪の場合はオリジンを盗み出すことになること。ゆえに、レブレーベント王家・騎士団には迷惑をかける可能性があるため――――この手紙が届いた時を以て、総司とリシアの両名を騎士団から除籍してほしいと願い出ていること。
 アレインは手紙の内容をよく読み、理解し、そして苦笑した。
「まるでおとぎ話ね」
「しかし事実だろうな」
「まあ、嘘をつく意味もないし――――っていうか母上、ルディラントのこと、アイツに言ってなかったの? もう滅んでる国だって」
「いやぁ、リシアがいればカイオディウムをまっすぐ目指すとばかり思っとってな」
「全く……まあ、結果的にはそれが功を奏したようだけど」
 母と娘の関係性も、総司との邂逅を経て変わった。
 女王としての母は王女としての娘を信頼し、よく頼るようになり、表には見せないものの、娘もその信頼を受け入れた。アレインは確かに個人として圧倒的な力を持っているため、有事の際にも単独で動くことが出来るが、アレインの過去の反逆を思い返せば、本来手放しで単独行動させるのは躊躇われるはずだ。それでも大して手綱を握ろうとしないのは、アレインのことを信頼しているからに他ならない。
 強者であればこそ、敗北したからには下手な真似はしない。彼女のプライドがそれを許さないだろうと、女王もわかっているのだ。
「カイオディウムねぇ……」
「お前に相談したくてな」
 どっこいしょ、とまた年寄りじみたことを言って、粗雑な木の椅子に腰かける女王。アレインは怪訝そうな顔で母の顔を見つめた。
「相談?」
「ルディラントのことは興味深いが、まあそれは二人が帰ってきたときにゆっくり聞かせてもらうとしてだ……カイオディウムで、あの二人は恐らく事を起こすだろう」
「でしょうね。死にはしないでしょうけど」
「ソウシはともかくリシアの身分は知られているはずだ……リシアが書いている通り、オリジンを盗み出すとなればこれは国同士の問題に発展する。形だけでも除籍しておくべきかどうか、私も判断に迷っていてな」
「はあ?」
 アレインは何をバカなことを、とでも言いたげに、少しキツい返事をした。女王が少々面喰って、
「何か間違ったことを言ったか?」
「除籍したところで何か意味ある? 元騎士団員なのは間違いないけど今は関係ありません、だから知ったことじゃありません。そんな話が通じる相手なら、そもそもあの二人が盗賊の真似事する必要ないでしょ」
「む……確かに」
「オリジンはもともと女神のもの。女神の騎士が必要としているのだから返すのは自然の流れ。大人しく渡さなかったそちらが悪い。これね」
「ん~~~~。詭弁だなぁ……」
「国交の場で詭弁以外が飛び交うことなんてないじゃないの」
「盗みは犯罪だ。渡さなかったから盗んだ、というのはな……いくら理由があるとはいえ正当化は出来まい」
「じゃあもしそれを不服として、ガタガタうるさいことを言ってくるようなら」
 アレインが何気なしに――――まるで、この後一緒に食事でも摂りませんか、と誘うかのように。
 軽やかに、言った。
「潰してレブレーベントの傘下に置きましょうか。そうすれば犯罪ではなくなるわ。レブレーベントの属国であるカイオディウムが救世主に協力しただけだもの」
「……他の全ての国を敵に回すかもしれんぞ」
「良いじゃない。向かってくるのならば順番に潰しましょう。そのための私よ」
「……アレイン」
「なに?」
「お前、それなりにソウシに肩入れしているんだな」
 アレインは目を見張って、それからすうっと目を細めた。
「……アイツもリシアも私の騎士よ。当然でしょう。二人の選択は善悪の悪に該当するでしょうけど、だからどうしたって話。別に仲良しこよしの国同士でもないんだし、ウチは二人を支持している。もともと品行方正なつもりもないわ」
「ま、そうならぬように努力はするがね」
 女王はすっと立ち上がり、いたずらっぽい笑顔で言った。
「二人が盗み以外の手段を見つけてくれると祈りたいが、もしそれがままならぬならば仕方ない。これも世界のためだ」
「そのつもりだったくせに」
「なに、優秀な部下の意見も聞いておかんとな」
 盗みは立派な犯罪であって、何か理由があったからといって行っていいものではない。だが綺麗な正義を語るばかりでは、まかり通らないことがあるのも事実だ。
 世界は善悪の二つにハッキリと分かれるわけではない。カイオディウムにとっての悪であることに間違いはなく、倫理観としても間違っているのは明白でも、二人の行いが世界を救うために必要なのだとすれば――――
 後は上に立つ者の仕事である。
「返事を書いておくわ」
 手元にある手紙を女王に返すことなく、アレインがそっけなく言った。
「おや、そうかい?」
「余計な気を回すなと私が書けば、リシアも多少は踏ん切りがつくんじゃない?」
「……そうだな。任せる」
 にこりともしない娘の横顔を見て、女王は微笑を浮かべて頷いた。
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