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第二章 誇り高きルディラント
第十二話 誇り高き名を④
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荒ぶる嵐は、その風の向こうに凶悪な化け物の姿を示した。海の水と風で創られた、八つの刃のような腕を持つ、ウミヘビにもドラゴンにも見える謎めいた獣。八つの刃を翼のように広げ、荒ぶる嵐をまき散らしながら、アウラティスの原初の魔法“レヴィアトール”が総司へと迫る。
「さあ、また選択肢がこれしかなくなったな!」
吹き荒れる水の混じった突風の中で、ランセムが叫ぶ。
「“苛烈な挑戦をはねのける”以外に選択肢がなくなったぞ! これまでもこれからも、お前さんにはそうすることしか出来ないか!」
レヴィアトールが吼えた。それは歌声にも似た神秘の音色。甲高く、それでいて決して不愉快ではない、美しさと恐ろしさを感じる旋律。
その旋律を聞きながら、リシアは必死で考えを巡らせた。
わずかなヒントを手繰り寄せて、ランセムが何を伝えようとしているのかを考えた。
前提が違うと言った。リスティリアのため、女神を救うため、本来であればその責任もなかったのに、決意を固めて女神救済の旅路に挑む総司を助けなければならない――――それが間違いだと。前提が違うというからには、助けてはならない、協力してはならないという意味ではないはずだ。ランセムの語る「前提」の意味、それは――――
順序だてて考えれば驚くほど簡単に、そして鮮やかに、リシアは答えに辿り着いた。
「……王ランセム……」
リシアがぽつりと、呟いた。
「あなたは……何と……」
レヴィアトールが八つの刃と共にその体をぐっと前に押し出して、総司へと突進した。蒼銀の魔力を纏い、総司はそれを正面から迎え撃つ。
眩い光が彼の周囲を包む。躊躇いも遠慮も捨てた、全身全霊の一撃。
「何と、偉大な……」
「“シルヴェリア・リスティリオス”!!」
巨大な化け物に突撃する蒼銀の閃光。炸裂する魔力の奔流。流星の如き究極の一撃が、レヴィアトールと真正面から衝突した。水しぶきが舞い、レヴィアトールが再び吼える。
蒼銀の閃光は、嵐を前にとどまることはなく。
八つの刃を魔力の爆裂によって薙ぎ払い、レヴィアトールの眼前へと迫る。
「これが、ソウシの――――!」
サリアが目を見張り、驚き、そして微笑む。
「……美しい」
ランセムはリシアを見ていた。リシアの表情を見れば、彼女がランセムの真意に至ったということが十分にわかった。
「……それならば」
レヴィアトールの体が、蒼銀の閃光によって鮮やかに貫かれた。光が炸裂し、その体が瓦解し、滝のように広場へと流れ落ちる。
「この戦いにも――――千年悪あがきしたわしの無様な在り方にも、意味があったというものだ」
水しぶきと霧を切り裂いて、総司がサリアへ迫る。
サリアはヒュン、と槍を回し。
総司を迎え撃つ――――フリをした。
サリアへ向けて突き出されたリバース・オーダーが、寸前で止まる。
総司は見てしまった―――――刃がまさにサリアの胸を貫かんとするその刹那。
サリアの口元に浮かぶ微笑みを。
だが、止めたはずの刃はサリアの体を貫いた。サリアが自ら、総司が繰り出す剣に向かって、その体を投げ出したからだ。
サリアの体を貫くと同時に、総司の意識は、ここではないどこかへとさらわれた。
破壊の光景を見た。
眩い光の炸裂と共に、美しかったはずの街並みが崩れ落ち、人々が逃げ惑う姿が見えた。白と金の装束を纏う、神官のようないで立ちの魔法使いたちが、群れを成してルディラントへ、ルベルの街へと侵攻している。
その軍勢へ、見知った少女が突っ込んでいった。槍を携えたその少女は、槍を操り、水を操り、強大な力で神官の軍勢を次々と薙ぎ払っていく。彼女の力は凄まじく、遠く離れたところに浮かぶ空飛ぶ船へも容赦なく攻撃を仕掛けて、魔法の力で何隻も撃墜していった。
しかしそれでも止まらない。あまりにも多勢に無勢が過ぎた。群れを成し、まるで死を恐れていないかのように、軍勢は止まらない。
それでも少女はその絶大な魔法の力で、一人で防衛線を維持し続けた。必死の形相で神官の軍勢に立ち向かい、獅子奮迅の大活躍を見せ、ルディラントを護ろうと戦い続けた。
そんな彼女の前に、一人の男が立ちはだかる。
はげた頭の大男。凶悪な顔つきをして、他の神官とは違う気配を纏う、あまりにも強烈な魔力を携えた存在。
少女は怒りを露わに、男へ向かって駆けだした。男は素手で槍を受け、応戦する。強烈な攻撃の応酬をものともせず、少女の渾身の魔法を殴りつけて振り払い、そして――――
赤と黒が混じる閃光を伴った拳で、少女を思いきり殴りつけ、吹き飛ばした。少女の体が空を舞い、ルベルの街へ、家へ叩きつけられる。少女は血を吐き、その場にぐったりと倒れ込んだ。
男は少女の元へ飛び、彼女の髪を乱暴に掴んでギリギリと持ち上げると、再度拳に凶悪な赤と黒の閃光を宿した。そして――――
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
総司が叫んだと同時に、場面が切り替わった。
晴れ渡っていたはずの空は暗雲に閉ざされ、激しい雨が降っていた。
雨に打たれるルベルの道の上に、打ち捨てられた少女の体。心臓のあたりを貫かれ、血まみれとなったあまりにも無残な少女を、抱え込む人影があった。
緑色の外套を羽織り、片方が割れたサングラスを顔にかけた、天然パーマの男性。いつもおどけた表情を浮かべていたはずの彼の顔に怒りが刻まれている。
男の後ろに誰かが現れた。はげた頭の大男。少女を殺し、あらゆる目的を達成した後の“反逆者ロアダーク”が笑い、何事かを告げた。
よれた緑色のコートを羽織る青年の怒りが最高潮に達したのが、見てわかった。青年は、無残な姿で倒れ伏した少女の遺体をその場に離し、ロアダークに向かって駆けだす。拳を振りかざし、魔力を迸らせて襲い掛かる青年を、ロアダークは余裕の笑みで迎え撃った――――
再び場面が切り替わった。
蹂躙された後のルベルの街を訪れた騎士たちの一団がそこにいた。何か確信があるわけではなかったが、総司はそれが、レブレーベント――――当時のシルヴェリアの騎士団だと直感した。
なぜかぼやけて姿が認識できないが、女性が指揮を執っているらしかった。その女性を見ようとするときだけ、極端に目が悪くなったかのように、視界がぼやけてしまうのだ。女性が一団を率いてルベルの街を走り、破壊し尽くされた街を見て皆が嘆いていた。
そして一団は見つける。
激しい大雨の中で、壊れた道の端に倒れ伏す二人の姿を――――外套を羽織る青年と、雄々しく戦った守護者たる少女が、折り重なるように倒れているのを、見つけた。
姿がぼやけた騎士団の指揮者が、少女の体を抱き上げて懸命にその名を呼ぶ。倒せ伏す青年の肩に手を当てて体をゆすり、彼の名を呼ぶ。しかし最早全てが遅かった。反逆者ロアダークの侵略はここに完遂され―――――ルディラントは、滅びを迎えた――――
『認めんぞ、わしは……』
聞きなれた声がした。奇妙に反響するその声は、総司にとってはもはやなじみ深いと言っていい。
『たとえ貴様らが、女神が! 我がルディラントの滅亡を、運命だと切り捨てようとも! 誇り高きルディラントは、わしがここにいる限り、滅びることはない!!』
眩い光が視界を覆う。覚悟を決めた男の声が、力強く響き渡った。
『わしは絶対に、ここを動かんぞぉ!!』
「さあ、また選択肢がこれしかなくなったな!」
吹き荒れる水の混じった突風の中で、ランセムが叫ぶ。
「“苛烈な挑戦をはねのける”以外に選択肢がなくなったぞ! これまでもこれからも、お前さんにはそうすることしか出来ないか!」
レヴィアトールが吼えた。それは歌声にも似た神秘の音色。甲高く、それでいて決して不愉快ではない、美しさと恐ろしさを感じる旋律。
その旋律を聞きながら、リシアは必死で考えを巡らせた。
わずかなヒントを手繰り寄せて、ランセムが何を伝えようとしているのかを考えた。
前提が違うと言った。リスティリアのため、女神を救うため、本来であればその責任もなかったのに、決意を固めて女神救済の旅路に挑む総司を助けなければならない――――それが間違いだと。前提が違うというからには、助けてはならない、協力してはならないという意味ではないはずだ。ランセムの語る「前提」の意味、それは――――
順序だてて考えれば驚くほど簡単に、そして鮮やかに、リシアは答えに辿り着いた。
「……王ランセム……」
リシアがぽつりと、呟いた。
「あなたは……何と……」
レヴィアトールが八つの刃と共にその体をぐっと前に押し出して、総司へと突進した。蒼銀の魔力を纏い、総司はそれを正面から迎え撃つ。
眩い光が彼の周囲を包む。躊躇いも遠慮も捨てた、全身全霊の一撃。
「何と、偉大な……」
「“シルヴェリア・リスティリオス”!!」
巨大な化け物に突撃する蒼銀の閃光。炸裂する魔力の奔流。流星の如き究極の一撃が、レヴィアトールと真正面から衝突した。水しぶきが舞い、レヴィアトールが再び吼える。
蒼銀の閃光は、嵐を前にとどまることはなく。
八つの刃を魔力の爆裂によって薙ぎ払い、レヴィアトールの眼前へと迫る。
「これが、ソウシの――――!」
サリアが目を見張り、驚き、そして微笑む。
「……美しい」
ランセムはリシアを見ていた。リシアの表情を見れば、彼女がランセムの真意に至ったということが十分にわかった。
「……それならば」
レヴィアトールの体が、蒼銀の閃光によって鮮やかに貫かれた。光が炸裂し、その体が瓦解し、滝のように広場へと流れ落ちる。
「この戦いにも――――千年悪あがきしたわしの無様な在り方にも、意味があったというものだ」
水しぶきと霧を切り裂いて、総司がサリアへ迫る。
サリアはヒュン、と槍を回し。
総司を迎え撃つ――――フリをした。
サリアへ向けて突き出されたリバース・オーダーが、寸前で止まる。
総司は見てしまった―――――刃がまさにサリアの胸を貫かんとするその刹那。
サリアの口元に浮かぶ微笑みを。
だが、止めたはずの刃はサリアの体を貫いた。サリアが自ら、総司が繰り出す剣に向かって、その体を投げ出したからだ。
サリアの体を貫くと同時に、総司の意識は、ここではないどこかへとさらわれた。
破壊の光景を見た。
眩い光の炸裂と共に、美しかったはずの街並みが崩れ落ち、人々が逃げ惑う姿が見えた。白と金の装束を纏う、神官のようないで立ちの魔法使いたちが、群れを成してルディラントへ、ルベルの街へと侵攻している。
その軍勢へ、見知った少女が突っ込んでいった。槍を携えたその少女は、槍を操り、水を操り、強大な力で神官の軍勢を次々と薙ぎ払っていく。彼女の力は凄まじく、遠く離れたところに浮かぶ空飛ぶ船へも容赦なく攻撃を仕掛けて、魔法の力で何隻も撃墜していった。
しかしそれでも止まらない。あまりにも多勢に無勢が過ぎた。群れを成し、まるで死を恐れていないかのように、軍勢は止まらない。
それでも少女はその絶大な魔法の力で、一人で防衛線を維持し続けた。必死の形相で神官の軍勢に立ち向かい、獅子奮迅の大活躍を見せ、ルディラントを護ろうと戦い続けた。
そんな彼女の前に、一人の男が立ちはだかる。
はげた頭の大男。凶悪な顔つきをして、他の神官とは違う気配を纏う、あまりにも強烈な魔力を携えた存在。
少女は怒りを露わに、男へ向かって駆けだした。男は素手で槍を受け、応戦する。強烈な攻撃の応酬をものともせず、少女の渾身の魔法を殴りつけて振り払い、そして――――
赤と黒が混じる閃光を伴った拳で、少女を思いきり殴りつけ、吹き飛ばした。少女の体が空を舞い、ルベルの街へ、家へ叩きつけられる。少女は血を吐き、その場にぐったりと倒れ込んだ。
男は少女の元へ飛び、彼女の髪を乱暴に掴んでギリギリと持ち上げると、再度拳に凶悪な赤と黒の閃光を宿した。そして――――
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
総司が叫んだと同時に、場面が切り替わった。
晴れ渡っていたはずの空は暗雲に閉ざされ、激しい雨が降っていた。
雨に打たれるルベルの道の上に、打ち捨てられた少女の体。心臓のあたりを貫かれ、血まみれとなったあまりにも無残な少女を、抱え込む人影があった。
緑色の外套を羽織り、片方が割れたサングラスを顔にかけた、天然パーマの男性。いつもおどけた表情を浮かべていたはずの彼の顔に怒りが刻まれている。
男の後ろに誰かが現れた。はげた頭の大男。少女を殺し、あらゆる目的を達成した後の“反逆者ロアダーク”が笑い、何事かを告げた。
よれた緑色のコートを羽織る青年の怒りが最高潮に達したのが、見てわかった。青年は、無残な姿で倒れ伏した少女の遺体をその場に離し、ロアダークに向かって駆けだす。拳を振りかざし、魔力を迸らせて襲い掛かる青年を、ロアダークは余裕の笑みで迎え撃った――――
再び場面が切り替わった。
蹂躙された後のルベルの街を訪れた騎士たちの一団がそこにいた。何か確信があるわけではなかったが、総司はそれが、レブレーベント――――当時のシルヴェリアの騎士団だと直感した。
なぜかぼやけて姿が認識できないが、女性が指揮を執っているらしかった。その女性を見ようとするときだけ、極端に目が悪くなったかのように、視界がぼやけてしまうのだ。女性が一団を率いてルベルの街を走り、破壊し尽くされた街を見て皆が嘆いていた。
そして一団は見つける。
激しい大雨の中で、壊れた道の端に倒れ伏す二人の姿を――――外套を羽織る青年と、雄々しく戦った守護者たる少女が、折り重なるように倒れているのを、見つけた。
姿がぼやけた騎士団の指揮者が、少女の体を抱き上げて懸命にその名を呼ぶ。倒せ伏す青年の肩に手を当てて体をゆすり、彼の名を呼ぶ。しかし最早全てが遅かった。反逆者ロアダークの侵略はここに完遂され―――――ルディラントは、滅びを迎えた――――
『認めんぞ、わしは……』
聞きなれた声がした。奇妙に反響するその声は、総司にとってはもはやなじみ深いと言っていい。
『たとえ貴様らが、女神が! 我がルディラントの滅亡を、運命だと切り捨てようとも! 誇り高きルディラントは、わしがここにいる限り、滅びることはない!!』
眩い光が視界を覆う。覚悟を決めた男の声が、力強く響き渡った。
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