リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第二章 誇り高きルディラント

プロローグ ヒトが織り成す悪の最たるものは③

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「……空でなくなれば勝てるっていう意味で受け取って良いのか?」
「浅慮」
「手厳しい」
「でも」
 再び音が鳴る。静寂を破る傀儡の音が。
「その前向きさは悪くない」
「……ヒントをくれないか。俺はどうすればいいか」
「己を得る。生命は皆己を得ることで意味を持つ。キミにはない」
「……どこぞのお姫様と同じようなことを言う」
「アレイン。苛烈にして善。並び立たぬはずの在り様。強靭過ぎる鋼の器」
 アレインのことも良く知るらしいマキナが奏でた今度のカタカタという音は、どこか愉快そうで、からかっているように聞こえた。
「キミには無理」
「何だとこのおもちゃやろう!」
「賢者に向かってなんてこと言うんだ!」
「絶対ツッコミ待ちだったわコイツ! 楽しんでやがる! 今のはお前もわかったろ!」
「た、確かにちょっといつもと違った気もするが……!」
「模倣は不要。憧れも不要。キミには唯一無二。キミの器がある」
「……俺の器」
「器は悪くない。空なだけ」
 マキナは少しだけ間を置いて、
「何で満ちるかはキミ次第」
 と、相変わらず抑揚のない声で言った。
「誇り高きルディラント。キミは行く。答えはある」
「お待ちください」
 リシアが慌てて口を挟んだ。
「オリジンが失われていないことはわかりました。が、今仰ったのは……まるでルディラントも“まだ在る”かのような――――」
「正しくまだ在る。かつての場所に、かつてのままで」
 想定外の返事だった。総司が途端に目を輝かせ、リシアが雷に打たれたように顔をこわばらせる。マキナは言葉を続けた。
「ヒトは願うもの。キミにないもの。そこにある」
「ルディラントは滅んでいます。千年も前に」
「自分で確かめる」
 これ以上、ルディラントについて話すつもりもないようで、マキナはばっさりと切り捨てて押し黙った。
 リシアはどうすればいいか少し悩んだ末に、総司に視線を送った。だが、総司はリシアを見ていない。マキナを見つめ、何事か考え込んでいる。
「……マキナ、ではもう一つだけ」
 カタカタと音が鳴る。
「俺達の敵は一体なんだ? 女神を脅かしているのは?」
 マキナの電球の瞳が、一瞬だけぎらりと輝いたように見えた。リシアがハッとして、総司とマキナを交互に見る。
 総司の旅路の核心に迫る問いだ。何でも知っているらしいマキナにそれを聞くことで答えが得られるなら御の字というところだが――――
「女神を脅かす。世界を脅かす。似て非なる」
「……では、俺達の敵はどっちだ?」
「執着。妄執。時果てぬ無垢。故にこそ悪。問おう。ヒトが織り成す悪の最たるものを」
「最たる……俺は、ヒトを殺すことだと思う」
「否」
「同族や家族を殺すこと」
「否。殺戮とは結果。最たるは在り方」
「……わからん」
「我欲」
 マキナは即座にそう言った。
「欲とは原動力。欲とは願い。しかし」
 マキナの体がふわりと浮き上がる。二人が止める間もなく、マキナは自分の住処へと引き上げていった。
 意味深でどこか不気味な言葉を残して。
「忘れるな。欲して齎される結果が望まれないのなら。それは即ち悪である」
 

 マキナとの会合が終わったからと言って、すぐにリズディウムを去ることは出来なかった。むしろ二人にとってはここからが本番とも言える。リズディウムのてっぺんから一目散に駆け下りた二人は、そのままルディラントに関する記述のある書物を大量に集め、一心不乱に情報を漁っていた。
 当初の目的としては、隣国カイオディウムを目指す道中で立ち寄っただけの場所だ。しかし、マキナの言葉を受けた今、このまま隣国へ入るという選択肢はなくなった。
「海辺の街であることには間違いないし、レブレーベントとカイオディウムの近くにあったことも間違いないが……なかなか辿り着けんな……正確な位置の記述に……」
「くっそ、場所ぐらい言っておけよアイツ……お、何だコレ」
 古めかしい布張りの本を見つけ、総司がおもむろに手に取った。背表紙にはリスティリアの文字で注意書きが小さく書かれている。
「“閲覧注意”……? それは逆に興味ある――――うおう!」
 一冊の本を開いた瞬間、音もなく凄まじい光が溢れ出し、総司が椅子から転げ落ちた。
「何をしているんだ!」
「いやおかしいだろぉ!? 何で“読む”ための本にこんな仕掛けがあるんだよ! あー目が、目がヤバい!」
「背表紙に書いていなかったか? 閲覧注意と」
「そう言う意味なの!?」
 まだ凄まじい光の余韻が残る目を何とか回復させ、続きを読み進める。
 二人でさばける量ではないかと諦めかけていたが、遂にリシアが見つけた。
「これはなかなか……」
 ルディラントの位置を示す地図がついた歴史本。本の内容の大半は、ルディラントのかつての在り様を考察するものだが、おまけのように付いている資料集の中に地図がある。
 リシアはぱらぱらと内容を流し読んで、小さく頷いた。
「物証を踏まえてよく練られている。夢見がちな研究者の願望本ではない。200年も前のものだが、他に比べても相当熱心な研究だ」
「……そう遠くない」
「メルズベルムから南へ半日といったところか。“サリア峠”を越えた海岸線……だが」
 リシアは眉根をひそめ、難しい顔をして、
「それでも相当広い……海岸にほど近い場所にあったとして、探すのも一苦労だ」
「というか、だ。そもそも海岸から見える位置にあって、今まで誰も見たことがないなんてあり得るか?」
 リシアから地図を取り、総司が素朴な疑問を口にした。
「これだけ熱心な研究者もいるってのに、千年もだぜ。マキナが言ったとはいえ、アイツの言葉を額面通りに受け取っていいもんかどうか……」
 そこまで言って、総司は苦笑した。
「ま、必要な情報は得たことだし。ここでグダグダ言ってもな。行ってみるか」
「そうだな。明日の朝一番でサリア峠を目指す。それまで出来る限り読んでおこう。情報が多いに越したことはない」
 日が暮れるまで魔法図書館に籠り、めぼしい本をいくつか読んで、メルズベルムの騎士駐屯所に戻る。
 夕食を摂り、リシアと別れて空き部屋で寝転がった総司は、まどろみの中でまだ見ぬ伝説の国へ想いを馳せた。
 思い起こされるのはマキナの言葉だ。総司の興味を惹いたのは、ルディラントがまだ存在している可能性の示唆だけではない。
 マキナは言った。総司が求める答え――――いや、「求めるべき」答えがそこにあると。マキナは総司のことを、本人以上に見抜いて理解している。未だ総司本人ですら、何を得るべきなのかもわかっていない答えがそこにあると、そう言ったのだ。
 空の器と称された理由は明白だ。眩いばかりの覚悟を背負うアレインとの戦いで、総司は自分自身の役目を理解した。女神の騎士とは、リスティリアを存続させるための装置である。総司の理解を捉えた表現であり、総司の本質を言葉にしたものだ。
 もとより女神の騎士の役目を安請け合いしてしまったのは、総司が死を望んでいたから。理不尽で回避不可能な死を、苛酷な任務の中に求めたからだ。リスティリアにやってくる少し前から、一ノ瀬総司という人間はまさしく空っぽだった。
 たとえ世界を跨いでも、総司は総司のままだ。能力が様変わりしたところで、人格と記憶には何の変化もないのだから、そう簡単には変わらない。
 その在り様を変えてくれるほどの何かが、ルディラントにはあるのだろうか。
 まだ見ぬ伝説へと想いを馳せ、物思いにふけったままで、総司は浅い眠りへと落ちていった。
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