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第一章 眩きレブレーベント
第六話 王女の力はその決意から⑥
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圧倒的な力を前にして、リシアが何とか自分を保てているのは、握りしめているレヴァンクロスの、女神の加護のおかげかもしれない。
それほどに、リシアは目の前の存在を畏怖した。
その巨体もさることながら、何よりも、叩き付けてくるような存在感が半端なものではない。ともすれば邪悪にも見える見た目は、その存在感で以て神秘的なものに思えた。
この力は、凄すぎる。
アレイン・レブレーベントは、一国の王女、一国の王に収まる器ではないのかもしれない。彼女が力強く語ったように、彼女には「世界」を背負えるだけの器がある。
女神レヴァンチェスカは私が助ける――――その言葉の重みがわかる。彼女には力と覚悟があるのだ。
ゾルゾディアが吼えた。
木々が揺れ、大地が震え、天空に立ち込める暗雲が雷轟を唸らせる。びりびりと、全身に衝撃が走るのを感じ、リシアは思わず身を竦ませる。
この圧倒的な化け物を前にすれば、昨日相対したブライディルガがどれほど可愛らしかったか身に染みるというものだ。
「……すげえな」
総司が感嘆して呟いた。リシアは慌てて総司を見た。
「そ、そんな、のんきに感心している場合か!? こんなもの、戦いにすらならんぞ!」
「そう言われても、凄いもんは凄いし……そんなこと言ってる場合でもない」
「え……」
「戦うしかないだろ、アイツを止めたきゃ。俺はもう迷わない。逃げるつもりもない。あの化け物ぶった斬ってアレインを止める。他に選択肢なんかねえよ」
極めて冷静で、淡々としていた。
アレインの命を削る切り札を前にして、尊敬と感嘆の念を隠すこともなく、しかし一切臆せずに、総司は剣を構えていた。
「手はある。俺も、コイツと素人剣術だけで女神を救えるなんて思っちゃいないし、レヴァンチェスカも同意見だった。だから俺に力を与えたんだ」
「……隠し玉があるんだな?」
「だが、アレインがあそこにいる状態じゃ撃てない」
総司の目を見て、リシアはすぐに理解した。
「至難の業だな」
「アレインを切り捨てる選択肢もないからな」
「言われるまでもない。わかっているとも――――私も行く。お前が持つべき剣だが、使わせてもらうぞ」
レヴァンクロスを、アレインに渡さないよう護るべき神器としてでなく、己の武器として、リシアがすらりと構えた。
「良く似合ってるよ」
「馬鹿言え、荷が重いにも程がある。が……恐らく、これなしではまともに立っていることもできん」
「正直だなぁ。まあ、いいや、とりあえず――――行くぞ!」
総司がまずは飛び出した。
アレインのいる場所は遥か高みにある。しかも相対するのは、ブライディルガの三倍はあろうかという巨体だ。
そもそもどうすればゾルゾディアを「倒せる」のか、普通ならわからないところだが――――
この巨体を消し飛ばす手段を、総司は持っている。
レヴァンクロスに初めて触れた時、久しぶりに邂逅した女神がその封印を解いた、第一の切り札。
長い時の中で与えられた女神の騎士の「必殺技」。直感的にわかるのだ。あの力ならば、強大な力を持つゾルゾディアにすら届き得ると。
「……見事なものね。流石にちょっと、見くびっていたのかしら……」
アレインは、静かに呟いた。
心のどこかで、総司の異常性を認めていた。
彼は確かに、自分の命を、何か理不尽な事故で、現象で捨ててしまいたいという、唾棄すべき願望を抱いていた。
だが、それ以上に――――女神と過ごした厳しい修行の日々で、どこか壊れれてしまったのだろう。
タガが外れてしまっている。恐怖を使命感で克服しようとしているリシアとは違う。一ノ瀬総司は、ゾルゾディアを前に、これほど強大な力を前に、全く恐れを抱いていない。
憐れな人形。女神の思惑通りにただ、舞台の上で滑稽な踊りをさせられているだけの、「英雄」の入れ物に過ぎない存在。役割を全うするだけの、リスティリアの理から外れた装置。
「その悲劇を終わらせてあげる――――あなたは、“ここ”へ来るべきではなかった」
ゾルゾディアの体が輝きを放つ。獣の体躯から迸る稲妻が、意志を持つ生き物のように、うねりながら総司へ向かった。
一つ一つが、“レヴァジーア”を超える威力。まさしく魔法兵器であるゾルゾディアは、手遊びのように破壊を行う。
その雷光を見切る。神速に達する総司の体が蒼銀の閃光と化し、一気にゾルゾディアとの距離を詰めた。
だが、そう甘くはない。
木々を蹴り、空中に躍り出た総司とアレインが、ばちっと視線を交錯させる。一瞬でアレインが鎮座する高みまで駆け上ってきた総司を見ても、アレインの表情は変わらない。
ただ冷静に、冷酷に。自分の体と化したゾルゾディアを操り、女神の騎士を迎撃する。
「小手調べね」
アレインから繋がる魔力のラインを通じ、ゾルゾディアに力が送り込まれる。ゾルゾディアが巨大な腕を振り上げ、総司を迎え撃った。
その腕に、“ランズ・ゼファルス”の一撃が決まる。
当然破壊するには至らないが、ゾルゾディアの狙いがぶれた。
「リシア……」
自分へ突撃してくる総司から簡単に視線を外し、アレインがリシアを見る。
女王がそうであったように、ビスティークやカルザスがそうであったように、リシアもまたアレインのことは警戒していた――――はずだった。
だが、彼女はもう知っている。ここに来るまでに、アレインが黒幕でないという確信を持ち、シルヴェリア神殿の中でアレインの真実に至り。
今、アレインを止めようと、無謀とも思える戦いに、恐れを抱きながらも臨んでいる。
アレインほどではないにせよ、リシアもまた、時代を代表する傑出した人物。総司とアレインよりも凡人の領域に近いからこそ、彼女の在り方は、恐怖しなおも立ち向かう姿は、より勇ましくもある。
レブレーベントが誇る騎士の一人――――アレインにとっては、殺したくない相手だ。
ゾルゾディアの体から、稲妻を伴う莫大な魔力の奔流が発散され、総司を容易く吹き飛ばす。全身から吹き上がる強大な魔力が、あと一歩を許さない。
「“ゾル・ジゼリア・クロノクス”」
ゾルゾディアの腕が薙ぎ払われた。
巨大な雷の弾丸、いや砲弾が、5発・6発と放たれる。総司は剣を盾にしてその砲弾を受けた。
巨大な砲弾は森の木々を消し飛ばし、大地を削り、地形を変えるほどの威力となってシルヴェリア神殿の周囲を蹂躙する。
国を滅ぼせる力。世界を相手取れる力。ゾルゾディアは恐らく本来は――――ゾルゾディアに並ぶほどに巨大で強大な存在を前に振るうはずの力だ。
その力を十全に発揮するだけの脅威。女神の騎士はまだ倒れない。
砲弾の一発が、遥か彼方から“弾き返されて”、ゾルゾディアの体に直撃した。ぐらつくことすらないが、それはつまり、女神の騎士には砲弾による攻撃が通じなかったことを意味していた。
続いて襲い掛かる蒼銀の巨大な刃。魔力の刃はゾルゾディアに対し、畳みかけるように乱射される。ゾルゾディアは無数の雷の鞭で、その刃を迎撃し、相殺する。
「“ゾル・レヴァジーア・クロノクス”」
ゾルゾディアが口を開いた。アレインの目は、遥か彼方から一直線に向かってくる蒼い閃光を捉えている。
放たれる雷の咆哮。龍が炎のブレスを放つように、雷のブレスが空を覆う。
きらりと、金色の雷の海から、蒼い光が漏れ出した。
「全く――――嫌になる」
アレインが悪態をつく。
「まだまだァァァ!」
今の一撃で、普通の人間であれば何千人、何万人の命を奪えることか。その一撃を、まるで意にも介さず、無敵にも近い耐久性で突き抜けて、総司は一気にアレインに迫った。
鍛え抜いた魔法、辿り着いた極致。その全てが、女神の加護というたった一つの要素だけで、簡単に――――
「うおっ!」
無数の雷が、蛇のように鎌首をもたげて総司の体を捕まえた。驚異的な跳躍を見せる総司も、決して空を飛べるわけではなかった。
アレインの元に辿り着くためには、空中に躍り出なければならない。だが、空中では直線的な動きしか出来ない。自由に進路を変えることが出来ないのでは、アレインの攻撃をかわせない。雷の砲弾も、大火力のブレスも、総司は回避が出来ないから正面から突破するしかなかったのだ。
「あなたには確かに女神の加護がついている」
アレインの声が響く。総司はアレインの姿を見て、目を見張った。
漆黒の魔力が彼女の体を浸食している。気味の悪い血管のように、“悪しき者”の魔力が、アレインの綺麗な顔をビキビキと侵していた。
アレインの表情に苦痛はない。その力を制御できているからだ。今はまだ、という話だが。
本来の彼女も天才的には違いないが、今、アレインはその才能以上に、自分の力を高めている。
「けれど、それは決して女神の慈愛ではない。あなたもわかっていたじゃない。自分が駒に過ぎないことを」
リスティリアの民を救うため――――という、大義名分を言い訳に。
レブレーベントでの恩に報い、心に深く傷を残したシエルダの仇を討つために、総司は迷いを振り切った。
だが、その振り切り方は悲しいものだ。異世界の住人と言う唯一無二のパーソナリティは、ただリスティリアの民のためにのみ消費されるものであり、総司には“何も残らない”。
この世界を存続させるための装置としての価値しかないと、割り切ったからこそ迷いなく剣を振るえた。
一ノ瀬総司という、誰も知らない、この世界の誰かにとって価値ある存在ではない男一人を、辛く苦しい旅路に放り込むことで――――犠牲にすることで。
他の命が救われる。それは素晴らしく合理的な手段だ。リスティリアの生命でないもの、その自由と権利を奪い、命を切り捨てることで、リスティリアを保とうとする自己防衛作用。
結局のところ、アレインはそこにも怒っているわけだ。納得がいっていないわけだ。リスティリアの民を救うため、リスティリアの民の明日を護るために成し遂げなければならないことを、他ならぬこの世界の住人が血を流すことも、何も犠牲を払うこともなく達成する。そんなやり方では、「よりよい明日」が訪れないと。
真に王たる器。女神のやり方にすら疑念を抱き否定する、まさに強者。
「レブレーベントの国民になりなさい、ソウシ」
初めて、彼の名を呼ぶ。
鈴の鳴るような、優しく美しい声だった。凛とした彼女の声は、その姿と並んで美しく力強いものがあったが、優しい声色も驚くほど似合っていた。
「母上なら悪いようにはしないでしょう。あなたの旅路はほとんど始まってすらいない。引き返すほど歩んでもいない。それだけの力があれば、国の護り手としても申し分ないわ。元いた世界でのあなたの生活がどれほど良かったかは置いておくとして……悪くない生活が手に入る」
甘い誘惑――――というわけでもない。アレインは、総司を打倒するため、油断させるためにそんな話をしているわけではない。
女神の“慈愛”までは与えられなかった彼へ、一国の王女が与える慈悲と寵愛だ。
「……あぁ……」
リシアやバルドと一緒に、日々騎士団の仕事をこなして。
仕事終わりには王都の下町の居酒屋で一杯やって、程々に騒いで。
ビスティークに怒られながらこの世界の常識を学んで、たまには他の国へ足を運んでリスティリアを楽しんだり――――
「そんな未来も、悪くねえなぁ」
シエルダで心を抉られ、王都シルヴェンスで無力と無知を知り。
今目の前にいる王女には、覚悟の違いを見せつけられて。
そんな辛い役目を手放してしまえたら、もしかして物凄く楽になるんじゃないか。アレインの言葉に従ってしまえば、どんなに――――
「けど、ダメだ」
総司の腕に、足に、力が入る。
ゾルゾディアの力で抑え込まれているはずの彼の体が、ぎりぎりと動き始める。完璧に捉え、押さえつけているはずなのに、その動きを止めることが出来ない。
「どんなに楽しそうな未来でも、そこにお前がいないんじゃあ、俺は死ぬまで自分を許せなくなる」
雷の蛇を振り払い、総司の腕に力が宿った。
「この国の護り手は、お前以外にいないんだよ、アレイン」
「あぁもう――――ヒトの厚意を踏みにじるのが得意ね、あなたは!」
「さっき言ったろ……お前の想いを踏みにじってでも、負けられないんだよ!」
それほどに、リシアは目の前の存在を畏怖した。
その巨体もさることながら、何よりも、叩き付けてくるような存在感が半端なものではない。ともすれば邪悪にも見える見た目は、その存在感で以て神秘的なものに思えた。
この力は、凄すぎる。
アレイン・レブレーベントは、一国の王女、一国の王に収まる器ではないのかもしれない。彼女が力強く語ったように、彼女には「世界」を背負えるだけの器がある。
女神レヴァンチェスカは私が助ける――――その言葉の重みがわかる。彼女には力と覚悟があるのだ。
ゾルゾディアが吼えた。
木々が揺れ、大地が震え、天空に立ち込める暗雲が雷轟を唸らせる。びりびりと、全身に衝撃が走るのを感じ、リシアは思わず身を竦ませる。
この圧倒的な化け物を前にすれば、昨日相対したブライディルガがどれほど可愛らしかったか身に染みるというものだ。
「……すげえな」
総司が感嘆して呟いた。リシアは慌てて総司を見た。
「そ、そんな、のんきに感心している場合か!? こんなもの、戦いにすらならんぞ!」
「そう言われても、凄いもんは凄いし……そんなこと言ってる場合でもない」
「え……」
「戦うしかないだろ、アイツを止めたきゃ。俺はもう迷わない。逃げるつもりもない。あの化け物ぶった斬ってアレインを止める。他に選択肢なんかねえよ」
極めて冷静で、淡々としていた。
アレインの命を削る切り札を前にして、尊敬と感嘆の念を隠すこともなく、しかし一切臆せずに、総司は剣を構えていた。
「手はある。俺も、コイツと素人剣術だけで女神を救えるなんて思っちゃいないし、レヴァンチェスカも同意見だった。だから俺に力を与えたんだ」
「……隠し玉があるんだな?」
「だが、アレインがあそこにいる状態じゃ撃てない」
総司の目を見て、リシアはすぐに理解した。
「至難の業だな」
「アレインを切り捨てる選択肢もないからな」
「言われるまでもない。わかっているとも――――私も行く。お前が持つべき剣だが、使わせてもらうぞ」
レヴァンクロスを、アレインに渡さないよう護るべき神器としてでなく、己の武器として、リシアがすらりと構えた。
「良く似合ってるよ」
「馬鹿言え、荷が重いにも程がある。が……恐らく、これなしではまともに立っていることもできん」
「正直だなぁ。まあ、いいや、とりあえず――――行くぞ!」
総司がまずは飛び出した。
アレインのいる場所は遥か高みにある。しかも相対するのは、ブライディルガの三倍はあろうかという巨体だ。
そもそもどうすればゾルゾディアを「倒せる」のか、普通ならわからないところだが――――
この巨体を消し飛ばす手段を、総司は持っている。
レヴァンクロスに初めて触れた時、久しぶりに邂逅した女神がその封印を解いた、第一の切り札。
長い時の中で与えられた女神の騎士の「必殺技」。直感的にわかるのだ。あの力ならば、強大な力を持つゾルゾディアにすら届き得ると。
「……見事なものね。流石にちょっと、見くびっていたのかしら……」
アレインは、静かに呟いた。
心のどこかで、総司の異常性を認めていた。
彼は確かに、自分の命を、何か理不尽な事故で、現象で捨ててしまいたいという、唾棄すべき願望を抱いていた。
だが、それ以上に――――女神と過ごした厳しい修行の日々で、どこか壊れれてしまったのだろう。
タガが外れてしまっている。恐怖を使命感で克服しようとしているリシアとは違う。一ノ瀬総司は、ゾルゾディアを前に、これほど強大な力を前に、全く恐れを抱いていない。
憐れな人形。女神の思惑通りにただ、舞台の上で滑稽な踊りをさせられているだけの、「英雄」の入れ物に過ぎない存在。役割を全うするだけの、リスティリアの理から外れた装置。
「その悲劇を終わらせてあげる――――あなたは、“ここ”へ来るべきではなかった」
ゾルゾディアの体が輝きを放つ。獣の体躯から迸る稲妻が、意志を持つ生き物のように、うねりながら総司へ向かった。
一つ一つが、“レヴァジーア”を超える威力。まさしく魔法兵器であるゾルゾディアは、手遊びのように破壊を行う。
その雷光を見切る。神速に達する総司の体が蒼銀の閃光と化し、一気にゾルゾディアとの距離を詰めた。
だが、そう甘くはない。
木々を蹴り、空中に躍り出た総司とアレインが、ばちっと視線を交錯させる。一瞬でアレインが鎮座する高みまで駆け上ってきた総司を見ても、アレインの表情は変わらない。
ただ冷静に、冷酷に。自分の体と化したゾルゾディアを操り、女神の騎士を迎撃する。
「小手調べね」
アレインから繋がる魔力のラインを通じ、ゾルゾディアに力が送り込まれる。ゾルゾディアが巨大な腕を振り上げ、総司を迎え撃った。
その腕に、“ランズ・ゼファルス”の一撃が決まる。
当然破壊するには至らないが、ゾルゾディアの狙いがぶれた。
「リシア……」
自分へ突撃してくる総司から簡単に視線を外し、アレインがリシアを見る。
女王がそうであったように、ビスティークやカルザスがそうであったように、リシアもまたアレインのことは警戒していた――――はずだった。
だが、彼女はもう知っている。ここに来るまでに、アレインが黒幕でないという確信を持ち、シルヴェリア神殿の中でアレインの真実に至り。
今、アレインを止めようと、無謀とも思える戦いに、恐れを抱きながらも臨んでいる。
アレインほどではないにせよ、リシアもまた、時代を代表する傑出した人物。総司とアレインよりも凡人の領域に近いからこそ、彼女の在り方は、恐怖しなおも立ち向かう姿は、より勇ましくもある。
レブレーベントが誇る騎士の一人――――アレインにとっては、殺したくない相手だ。
ゾルゾディアの体から、稲妻を伴う莫大な魔力の奔流が発散され、総司を容易く吹き飛ばす。全身から吹き上がる強大な魔力が、あと一歩を許さない。
「“ゾル・ジゼリア・クロノクス”」
ゾルゾディアの腕が薙ぎ払われた。
巨大な雷の弾丸、いや砲弾が、5発・6発と放たれる。総司は剣を盾にしてその砲弾を受けた。
巨大な砲弾は森の木々を消し飛ばし、大地を削り、地形を変えるほどの威力となってシルヴェリア神殿の周囲を蹂躙する。
国を滅ぼせる力。世界を相手取れる力。ゾルゾディアは恐らく本来は――――ゾルゾディアに並ぶほどに巨大で強大な存在を前に振るうはずの力だ。
その力を十全に発揮するだけの脅威。女神の騎士はまだ倒れない。
砲弾の一発が、遥か彼方から“弾き返されて”、ゾルゾディアの体に直撃した。ぐらつくことすらないが、それはつまり、女神の騎士には砲弾による攻撃が通じなかったことを意味していた。
続いて襲い掛かる蒼銀の巨大な刃。魔力の刃はゾルゾディアに対し、畳みかけるように乱射される。ゾルゾディアは無数の雷の鞭で、その刃を迎撃し、相殺する。
「“ゾル・レヴァジーア・クロノクス”」
ゾルゾディアが口を開いた。アレインの目は、遥か彼方から一直線に向かってくる蒼い閃光を捉えている。
放たれる雷の咆哮。龍が炎のブレスを放つように、雷のブレスが空を覆う。
きらりと、金色の雷の海から、蒼い光が漏れ出した。
「全く――――嫌になる」
アレインが悪態をつく。
「まだまだァァァ!」
今の一撃で、普通の人間であれば何千人、何万人の命を奪えることか。その一撃を、まるで意にも介さず、無敵にも近い耐久性で突き抜けて、総司は一気にアレインに迫った。
鍛え抜いた魔法、辿り着いた極致。その全てが、女神の加護というたった一つの要素だけで、簡単に――――
「うおっ!」
無数の雷が、蛇のように鎌首をもたげて総司の体を捕まえた。驚異的な跳躍を見せる総司も、決して空を飛べるわけではなかった。
アレインの元に辿り着くためには、空中に躍り出なければならない。だが、空中では直線的な動きしか出来ない。自由に進路を変えることが出来ないのでは、アレインの攻撃をかわせない。雷の砲弾も、大火力のブレスも、総司は回避が出来ないから正面から突破するしかなかったのだ。
「あなたには確かに女神の加護がついている」
アレインの声が響く。総司はアレインの姿を見て、目を見張った。
漆黒の魔力が彼女の体を浸食している。気味の悪い血管のように、“悪しき者”の魔力が、アレインの綺麗な顔をビキビキと侵していた。
アレインの表情に苦痛はない。その力を制御できているからだ。今はまだ、という話だが。
本来の彼女も天才的には違いないが、今、アレインはその才能以上に、自分の力を高めている。
「けれど、それは決して女神の慈愛ではない。あなたもわかっていたじゃない。自分が駒に過ぎないことを」
リスティリアの民を救うため――――という、大義名分を言い訳に。
レブレーベントでの恩に報い、心に深く傷を残したシエルダの仇を討つために、総司は迷いを振り切った。
だが、その振り切り方は悲しいものだ。異世界の住人と言う唯一無二のパーソナリティは、ただリスティリアの民のためにのみ消費されるものであり、総司には“何も残らない”。
この世界を存続させるための装置としての価値しかないと、割り切ったからこそ迷いなく剣を振るえた。
一ノ瀬総司という、誰も知らない、この世界の誰かにとって価値ある存在ではない男一人を、辛く苦しい旅路に放り込むことで――――犠牲にすることで。
他の命が救われる。それは素晴らしく合理的な手段だ。リスティリアの生命でないもの、その自由と権利を奪い、命を切り捨てることで、リスティリアを保とうとする自己防衛作用。
結局のところ、アレインはそこにも怒っているわけだ。納得がいっていないわけだ。リスティリアの民を救うため、リスティリアの民の明日を護るために成し遂げなければならないことを、他ならぬこの世界の住人が血を流すことも、何も犠牲を払うこともなく達成する。そんなやり方では、「よりよい明日」が訪れないと。
真に王たる器。女神のやり方にすら疑念を抱き否定する、まさに強者。
「レブレーベントの国民になりなさい、ソウシ」
初めて、彼の名を呼ぶ。
鈴の鳴るような、優しく美しい声だった。凛とした彼女の声は、その姿と並んで美しく力強いものがあったが、優しい声色も驚くほど似合っていた。
「母上なら悪いようにはしないでしょう。あなたの旅路はほとんど始まってすらいない。引き返すほど歩んでもいない。それだけの力があれば、国の護り手としても申し分ないわ。元いた世界でのあなたの生活がどれほど良かったかは置いておくとして……悪くない生活が手に入る」
甘い誘惑――――というわけでもない。アレインは、総司を打倒するため、油断させるためにそんな話をしているわけではない。
女神の“慈愛”までは与えられなかった彼へ、一国の王女が与える慈悲と寵愛だ。
「……あぁ……」
リシアやバルドと一緒に、日々騎士団の仕事をこなして。
仕事終わりには王都の下町の居酒屋で一杯やって、程々に騒いで。
ビスティークに怒られながらこの世界の常識を学んで、たまには他の国へ足を運んでリスティリアを楽しんだり――――
「そんな未来も、悪くねえなぁ」
シエルダで心を抉られ、王都シルヴェンスで無力と無知を知り。
今目の前にいる王女には、覚悟の違いを見せつけられて。
そんな辛い役目を手放してしまえたら、もしかして物凄く楽になるんじゃないか。アレインの言葉に従ってしまえば、どんなに――――
「けど、ダメだ」
総司の腕に、足に、力が入る。
ゾルゾディアの力で抑え込まれているはずの彼の体が、ぎりぎりと動き始める。完璧に捉え、押さえつけているはずなのに、その動きを止めることが出来ない。
「どんなに楽しそうな未来でも、そこにお前がいないんじゃあ、俺は死ぬまで自分を許せなくなる」
雷の蛇を振り払い、総司の腕に力が宿った。
「この国の護り手は、お前以外にいないんだよ、アレイン」
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