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第一章 眩きレブレーベント
第四話 王女の力はその怒りから②
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食事を終え、店を出て、大通りの雑踏を歩きながら、総司は思考を巡らせていた。
既にカトレアの気配はなく、誰かに見られている感覚は消えている。考えていたのはアレインのことだ。
大通りを外れ、人気のない小道に入り、急激に静かになった街並みをぼんやりと眺めながら、総司はこれまでのアレインとの会話、邂逅の光景を反芻した。
あの瞳の輝きは見間違えるはずもない。リスティリアなのかどうかも定かではない、焼け落ちた城の残骸の中で、総司が完膚なきまでに敗北した、紫電の騎士の眼光と同じ。
だが、紫電の騎士ほどの敵意はアレインにはない。
彼女の言葉には含みがある。総司の知らない何かを知っていて、明らかに秘密を抱えている。しかし、それでも。
彼女が「敵」だと断じれるだけの確信が、どうしても持てない――――
「動くな」
「なめんな」
背後から声を掛けられた瞬間、総司は反応していた。容易く無防備な姿をさらけ出すほど、もう平和ボケしていなかった。
素早く背後の相手を組み伏せる。相手は「ぐえっ」と間抜けな声を上げて降参の意志を示した。総司はぎょっと目玉が飛び出んばかりに驚いて、
「陛下ァァァ!?」
叫び声をあげて、慌てて背後からの襲撃者を助け起こした。
「も、申し訳ありません、陛下とは知らず……!」
すぐさま土下座の態勢をとり、ぺこぺこと頭を下げる総司だが、女王は気にも留めていなかった。
「はっはっは! よいよい、私の悪ふざけが原因だ。しかし見事なものよ、この私が反応できんとは。女神の騎士め、伊達ではないな」
女王エイレーンが楽しそうに笑いながら、ぱんぱんと服についた埃を払った。
見たところ護衛の騎士もいないし、女王は随分と軽装だった。
「陛下、まさかおひとりですか……?」
「ん? ああ、まあな。なに、案ずるな。お前もアレインのことは聞いたと思うが、私はあれの母親だ」
腕に覚えあり、ということだろうか。女王はにこやかに笑って、総司に向かってくいっと顎で促した。
「付いてまいれ。よいものを見せてやろう」
時は夕暮れを越え、夜の帳が降りようとしていた。女王の後に従いながら、総司が尋ねた。
「陛下は何故城の外に、おひとりで?」
短い階段をとんとんと下りながら、女王が答えた。
「野暮用というやつだ。大した用事ではない。お前こそ、一人で何をしておった? リシアはどうした」
「レヴァンクロスを確保しまして、その後は休暇ということで」
「ほう!」
総司の報告を聞いて、女王は嬉しそうに声を上げた。
「仕事が早いな! そうかそうか、やり遂げたか」
「特に何事もありませんでした。リシアも拍子抜けしていたと思います」
「それはお前達二人だったからこそだろうよ。しかし良い知らせだ。おっ」
小道を抜けると、円形の広々とした公園に出た。石畳の公園に人気は少なく、魔法の火による明かりも最小限に思えた。
「うむ、良い頃合いだ。間に合ったようだな」
「……いったい何のことです?」
「なに、すぐにわかる」
女王が微笑んですぐに、公園の中心から、『水の宴』が始まった。
石畳みから噴水が沸き上がり、暗かった公園に七色の光が宿る。噴き上がった水はキラキラと光を反射しながら、公園の中を縦横無尽に駆け回った。
「おぉ……! 凄い……!」
「老いぼれと見るには勿体ない光景だがね」
総司の常識にない力、魔法の力は、リスティリアでは当たり前のように、普通に暮らす人々と共にあるものだ。
総司の身体能力も、女神が総司に「返した」という力も戦いのためにあるが、きっとそれだけではない。魔法とはリスティリアの民の生活を豊かにし、手助けする、夢のような力。
「よい仲の女が出来たら見に来るといい。それとももうリシアには手を出したか?」
「いえ、そのようなことは!」
「何だ、根性のない……」
つまらなさそうに顔をしかめる女王の顔が、ふわりと彼女に重なって見えた。
似ていて当然だ。彼女と女王は紛れもなく親子なのだから――――
「……陛下」
その錯覚を見た時、総司は自然と聞いていた。恐らく、リシアやカルザスのような、根っから女王の臣下であるところの彼らには聞けないことを。
「アレインのことを、敵だと思ってはおられませんか?」
水がふわりと弾けて、石畳に落ち、隙間に吸い込まれていく。
虹の光は消えていた。
「……何故そう思う?」
「理由は二つあります。ひとつには、俺のことをアレインに教えていなかったという事実」
初めてアレインと出会った時の会話を思い出しながら、総司が言った。
「そしてもう一つ教えていなかった。レヴァンクロスに起きた変化のことも」
「いちいちあの子に教える必要のあることと思うか?」
「思います。アレインが、皆の話を聞く通りの、実力確かな魔女ならば」
女王の問いにも即答する。総司との問答を、女王は楽しんでいるように見えた。
「俺の目から見ても、彼女は相当な魔法の使い手です。それも恐らく、戦いに特化した……俺と同類の存在だ」
「ほう……よく見ている」
「陛下は俺の話を信じてくださった。そしてリシアという実力者を傍につけてくださってもいるし、俺にリスティリアのことを教えるのに、ビスティーク宰相という偉い方のお時間もくださった」
女王は総司のことを、一国民以上に相当贔屓している。女神の騎士という眉唾物の話を信じて、リスティリアのために、総司に対して出来る限りの施しをしている。が――――
「しかしアレインのことは、その枠組みの中に決して入れようとしない。多分彼女はリシアよりも更に数段強いし、俺達には得難い情報も持っているのに――――あなたは、俺とアレインを決して近づけようとしない。教えてください、陛下。あなたはアレインの何をそんなに警戒しているのですか? それは俺が彼女を警戒する理由と同じですか?」
女王は快活明朗で、総司に道を示してくれる、高潔で聡明な存在だった。総司はリスティリアに来てから、女王には頭が下がりっぱなしだ。
そんな女王が、寛容で寛大な指導者が、唯一“理にかなっていない”行動をする。娘に関することにのみ、女王の考えや行動は、示し続けてくれた正解の道を外れるのだ。
「……よく聞け、女神の騎士よ」
総司の強い目をしばらく見つめた後で、女王は口を開く。
「シエルダの悲劇は活性化した魔獣によって引き起こされた。ではもう一つ辿ってみよ。魔獣が活性化する原因とは何か」
「……わかりません。が、多分、女神が囚われていることと関係が――――」
「女神を脅かす者と、同じ『魔力』に当てられたとき、魔獣は活性化する、と仮説を立てたのだ」
女王が差し出したのは、深い紫色の水晶のような結晶だった。
その結晶を見た途端、悪寒が走った。
「これ……!」
「シエルダでも発見した。そしてシエルダと同様に襲われた街があってな。その街はバルドの到着が間に合って事なきを得たが……今日、もう一度探索に出かけ、同じものを見つけたのだ」
女王が単独で出歩いていたのは、この謎を探るためだったというわけだ。護衛を誰もつけていないのは、女神の危機そのものに直結するこの謎を女王が追っているということを、広く知られる事態を避けるため。
女王は結晶を差し出したまま、総司に聞いた。
「何か感じんか? この力」
総司の悪寒は、あの時と同じだ。覚えがある――――二回も、覚えがある。
一度目は、この世界に来た直後に。
二度目は、城の大書庫で。
「……お待ちください。陛下、俺には少し飛躍しているように思えます。俺達は、失礼ながら陛下もですが、自分の“感覚”でしか物事を測れていないような――――!」
「ふっ……」
総司が狼狽する様を見て、女王は悲しげに笑った。
「私一人ならば考えすぎの一言で済まされたかもしれんな」
総司の反応を見て、女王はむしろ確信を得てしまった。
女王はもう、総司の魔法や魔力に対する感覚が、常人のそれよりも格別に優れていることを知っている。だからこそ、女王は総司を使って「答え合わせ」をした。
「断じることは出来んが、疑いの目は持たざるを得ん。我が娘アレインは、魔獣の活性化に関わっている可能性がある」
総司が顔をしかめ、暗い顔でうつむいた。そうすることしか出来なかった。
女王の目は本気だ。疑いがある、と口では言っているものの、この気迫、この雰囲気、間違いなくアレインを糾弾しようとしている。
止める術はないのか。親子が激突するような悲惨な事態を止める術は――――アレインの無実を証明する以外に、方法が――――
既にカトレアの気配はなく、誰かに見られている感覚は消えている。考えていたのはアレインのことだ。
大通りを外れ、人気のない小道に入り、急激に静かになった街並みをぼんやりと眺めながら、総司はこれまでのアレインとの会話、邂逅の光景を反芻した。
あの瞳の輝きは見間違えるはずもない。リスティリアなのかどうかも定かではない、焼け落ちた城の残骸の中で、総司が完膚なきまでに敗北した、紫電の騎士の眼光と同じ。
だが、紫電の騎士ほどの敵意はアレインにはない。
彼女の言葉には含みがある。総司の知らない何かを知っていて、明らかに秘密を抱えている。しかし、それでも。
彼女が「敵」だと断じれるだけの確信が、どうしても持てない――――
「動くな」
「なめんな」
背後から声を掛けられた瞬間、総司は反応していた。容易く無防備な姿をさらけ出すほど、もう平和ボケしていなかった。
素早く背後の相手を組み伏せる。相手は「ぐえっ」と間抜けな声を上げて降参の意志を示した。総司はぎょっと目玉が飛び出んばかりに驚いて、
「陛下ァァァ!?」
叫び声をあげて、慌てて背後からの襲撃者を助け起こした。
「も、申し訳ありません、陛下とは知らず……!」
すぐさま土下座の態勢をとり、ぺこぺこと頭を下げる総司だが、女王は気にも留めていなかった。
「はっはっは! よいよい、私の悪ふざけが原因だ。しかし見事なものよ、この私が反応できんとは。女神の騎士め、伊達ではないな」
女王エイレーンが楽しそうに笑いながら、ぱんぱんと服についた埃を払った。
見たところ護衛の騎士もいないし、女王は随分と軽装だった。
「陛下、まさかおひとりですか……?」
「ん? ああ、まあな。なに、案ずるな。お前もアレインのことは聞いたと思うが、私はあれの母親だ」
腕に覚えあり、ということだろうか。女王はにこやかに笑って、総司に向かってくいっと顎で促した。
「付いてまいれ。よいものを見せてやろう」
時は夕暮れを越え、夜の帳が降りようとしていた。女王の後に従いながら、総司が尋ねた。
「陛下は何故城の外に、おひとりで?」
短い階段をとんとんと下りながら、女王が答えた。
「野暮用というやつだ。大した用事ではない。お前こそ、一人で何をしておった? リシアはどうした」
「レヴァンクロスを確保しまして、その後は休暇ということで」
「ほう!」
総司の報告を聞いて、女王は嬉しそうに声を上げた。
「仕事が早いな! そうかそうか、やり遂げたか」
「特に何事もありませんでした。リシアも拍子抜けしていたと思います」
「それはお前達二人だったからこそだろうよ。しかし良い知らせだ。おっ」
小道を抜けると、円形の広々とした公園に出た。石畳の公園に人気は少なく、魔法の火による明かりも最小限に思えた。
「うむ、良い頃合いだ。間に合ったようだな」
「……いったい何のことです?」
「なに、すぐにわかる」
女王が微笑んですぐに、公園の中心から、『水の宴』が始まった。
石畳みから噴水が沸き上がり、暗かった公園に七色の光が宿る。噴き上がった水はキラキラと光を反射しながら、公園の中を縦横無尽に駆け回った。
「おぉ……! 凄い……!」
「老いぼれと見るには勿体ない光景だがね」
総司の常識にない力、魔法の力は、リスティリアでは当たり前のように、普通に暮らす人々と共にあるものだ。
総司の身体能力も、女神が総司に「返した」という力も戦いのためにあるが、きっとそれだけではない。魔法とはリスティリアの民の生活を豊かにし、手助けする、夢のような力。
「よい仲の女が出来たら見に来るといい。それとももうリシアには手を出したか?」
「いえ、そのようなことは!」
「何だ、根性のない……」
つまらなさそうに顔をしかめる女王の顔が、ふわりと彼女に重なって見えた。
似ていて当然だ。彼女と女王は紛れもなく親子なのだから――――
「……陛下」
その錯覚を見た時、総司は自然と聞いていた。恐らく、リシアやカルザスのような、根っから女王の臣下であるところの彼らには聞けないことを。
「アレインのことを、敵だと思ってはおられませんか?」
水がふわりと弾けて、石畳に落ち、隙間に吸い込まれていく。
虹の光は消えていた。
「……何故そう思う?」
「理由は二つあります。ひとつには、俺のことをアレインに教えていなかったという事実」
初めてアレインと出会った時の会話を思い出しながら、総司が言った。
「そしてもう一つ教えていなかった。レヴァンクロスに起きた変化のことも」
「いちいちあの子に教える必要のあることと思うか?」
「思います。アレインが、皆の話を聞く通りの、実力確かな魔女ならば」
女王の問いにも即答する。総司との問答を、女王は楽しんでいるように見えた。
「俺の目から見ても、彼女は相当な魔法の使い手です。それも恐らく、戦いに特化した……俺と同類の存在だ」
「ほう……よく見ている」
「陛下は俺の話を信じてくださった。そしてリシアという実力者を傍につけてくださってもいるし、俺にリスティリアのことを教えるのに、ビスティーク宰相という偉い方のお時間もくださった」
女王は総司のことを、一国民以上に相当贔屓している。女神の騎士という眉唾物の話を信じて、リスティリアのために、総司に対して出来る限りの施しをしている。が――――
「しかしアレインのことは、その枠組みの中に決して入れようとしない。多分彼女はリシアよりも更に数段強いし、俺達には得難い情報も持っているのに――――あなたは、俺とアレインを決して近づけようとしない。教えてください、陛下。あなたはアレインの何をそんなに警戒しているのですか? それは俺が彼女を警戒する理由と同じですか?」
女王は快活明朗で、総司に道を示してくれる、高潔で聡明な存在だった。総司はリスティリアに来てから、女王には頭が下がりっぱなしだ。
そんな女王が、寛容で寛大な指導者が、唯一“理にかなっていない”行動をする。娘に関することにのみ、女王の考えや行動は、示し続けてくれた正解の道を外れるのだ。
「……よく聞け、女神の騎士よ」
総司の強い目をしばらく見つめた後で、女王は口を開く。
「シエルダの悲劇は活性化した魔獣によって引き起こされた。ではもう一つ辿ってみよ。魔獣が活性化する原因とは何か」
「……わかりません。が、多分、女神が囚われていることと関係が――――」
「女神を脅かす者と、同じ『魔力』に当てられたとき、魔獣は活性化する、と仮説を立てたのだ」
女王が差し出したのは、深い紫色の水晶のような結晶だった。
その結晶を見た途端、悪寒が走った。
「これ……!」
「シエルダでも発見した。そしてシエルダと同様に襲われた街があってな。その街はバルドの到着が間に合って事なきを得たが……今日、もう一度探索に出かけ、同じものを見つけたのだ」
女王が単独で出歩いていたのは、この謎を探るためだったというわけだ。護衛を誰もつけていないのは、女神の危機そのものに直結するこの謎を女王が追っているということを、広く知られる事態を避けるため。
女王は結晶を差し出したまま、総司に聞いた。
「何か感じんか? この力」
総司の悪寒は、あの時と同じだ。覚えがある――――二回も、覚えがある。
一度目は、この世界に来た直後に。
二度目は、城の大書庫で。
「……お待ちください。陛下、俺には少し飛躍しているように思えます。俺達は、失礼ながら陛下もですが、自分の“感覚”でしか物事を測れていないような――――!」
「ふっ……」
総司が狼狽する様を見て、女王は悲しげに笑った。
「私一人ならば考えすぎの一言で済まされたかもしれんな」
総司の反応を見て、女王はむしろ確信を得てしまった。
女王はもう、総司の魔法や魔力に対する感覚が、常人のそれよりも格別に優れていることを知っている。だからこそ、女王は総司を使って「答え合わせ」をした。
「断じることは出来んが、疑いの目は持たざるを得ん。我が娘アレインは、魔獣の活性化に関わっている可能性がある」
総司が顔をしかめ、暗い顔でうつむいた。そうすることしか出来なかった。
女王の目は本気だ。疑いがある、と口では言っているものの、この気迫、この雰囲気、間違いなくアレインを糾弾しようとしている。
止める術はないのか。親子が激突するような悲惨な事態を止める術は――――アレインの無実を証明する以外に、方法が――――
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