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第一話
しおりを挟む深夜1時、住宅街の灯りはほとんどが消え、皆が寝静まった頃。
とある一軒家の玄関扉がゆっくりと開き、中から1人の女性が姿を現した。
おどおどと扉から顔だけを覗かせ、人通りがないか周囲を確認している彼女の姿は捕食者に怯える獲物のそれであった。
さらに彼女の容貌がその印象をより強いものさせている。
柔らかく垂れた瞳に困ったように下がった眉毛、ぽってりとした小ぶりな唇、すぐに火照ってしまう頬も、常に浮かべている悩ましげな表情も、その全てが男の加虐心を擽る代物なのだ。
身に纏った野暮ったいゆったりとしたワンピースに隠されて分かり難いが、彼女の肢体は豊かな肉付きをしているのに腰はきゅっとくびれ、もちもちの尻は大きくいわゆる安産体型。
まったく、男の夢のような女である。
この夢の女は名前を隅森 雪菜(すみもり ゆきな)といい、夫と二人暮らしの専業主婦であった。
今年26歳になったばかりの彼女はたったひとつの問題点を除いて、ほぼ完璧に幸せな人生を暮らしている。
お金に困っているわけでもなく、見合い結婚の夫は常に彼女に思いやりをもって接してくれ、日々の家事だって元々得意で苦に思ったこともない。
満たされている彼女がたったひとつ持った悩みが、これからの人生を狂わせることになるだなんて。
人気のない静まり返った街を急足で歩いていく雪菜は、そんなことは露とも知らない。
誰にも知られてはいけない深夜の外出、そこで何を得て、何を失うことになるのだろうか。
そのまま歩き続けて10分程経った頃、雪菜はようやく歩みをゆるやかなものに変えた。
彼女が向かっている先には低い石垣が並んでおり、その向こうに『〇山第一公園』と刻まれた石碑が設置されていているのが見える。
そこは雪菜が歩いていける中で、自宅から一番遠いところにある公園だった。
普段は子供たちや家族連れで賑わっているそこも、夜更けの今は虫の音しか聞こえない。
公園内に足を踏み入れた彼女は、目的地である建物へとまっすぐに歩みを進めていく。
辿り着いた入口をくぐると個室のドアへと近付き、居もしない誰かの視線から逃れようと扉の内側に身を滑り込ませ、即座に後ろ手で鍵をかけた。
そう、公園で個室の扉がある建物といえば一つしかない。
雪菜がわざわざ真夜中に家を抜け出してまで訪れた場所とは、なんとトイレだったのだ。
完全に身を隠せたことで少し安堵できたのだろう、足の力が抜けた様子の雪菜は蓋が閉まったままの便座に座り込むと、同時にようやっと言葉を発した。
「ああ、どうしよう。本当に来ちゃったわ」
微かに震えた声はか細く、床に吸い込まれて消えてしまいそうなものだった。
やっぱりこのまま家に帰ってしまおうかしら、雪菜はそう思った。
けれどすでに準備は済ませてしまっている。バッグの中にも、ワンピースの下にも。
あとは実践するだけ。
雪菜は勇気を出そうと、小さな声で自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫、周りに人は居なかったし。こんな夜更けに誰も来ないわ。
それに早く終わらせて家に帰った方がよっぽど安心よね。ええ、そうよ、きっとそうだわ」
半ば暗示をかけている勢いではあったが、それで踏ん切りはついたようだ。
雪菜はひとつ深呼吸をして、それから手に持ったままだったスマホのロックを指紋認証で外した。
すると薄暗いトイレの天井にまで画面から眩い光が溢れ、彼女は突然の明るさに驚き瞳を瞬かせる。
いつの間にか暗闇に目が順応してしまっていたのだ。
間を置いて画面の明るさに慣れたところで、彼女はほっそりとした指先で操作をしていく。
ロックを解除されたスマホの画面に映されていたのは、どこかのウェブサイトのトップページであった。
黒い背景に浮かぶピンクのネオンサイン、クラブの看板のようなバナーにはサイトの名前が書かれていた。
『秘密の遊戯』
その名前と怪しげな雰囲気から察する通り、そこはいわゆるポルノサイトである。
具体的にいうと個人撮影のプレイ動画や自撮りを投稿する、変態達が集まる掲示板サイトだ。
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