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災禍渦巻く宴

第68話

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「ベステル・ヘクセ殿、よく参られた。スヴェンを連れて来てくれたこと、礼を言う」
「仕方ないね、なんせわたくしの弟子は君の侍従だから。さ、スヴァンくん」
 改めて皇太子の誕生日の宴でこの態度が許されるのは、ルクレーシャスさんがそれほどに偉大な魔法使いだからだ。この人、ほんとお菓子を限界まで口に詰め込んでいなければ美形だしきりっとして見えるのに。ぼくは頭を下げ、胸へ手を当て左足を後ろへ引いた。
「偉大なる皇国の幼き獅子へ、お祝いを述べる栄誉をいただき恐悦至極にございます。ささやかですが、わたくしから殿下への贈り物でございます。お納めください」
 ラルクが捧げ持つのは勇者の剣を鍛えた刀匠の弟子、ドワーフの名工が打った剣である。持つべきものは勇者と共に戦った、偉大なる魔法使いの師匠である。
「うむ。ベステル・ヘクセ殿が頼んでくださったという、名工オルランドの剣だな! ありがとう、スヴェン。また遊びに行く」
「はい、お待ちしております。ジーク様」
 ジークフリードの「ぼくら、親しいです」アピールにぼくは全力で乗っかった。こうなったらもう、避けようがない。ぼくは腹を括ったのだ。
「スヴァンテちゃん、さっきスヴァンテちゃんの作ったケーキをね、ジークとちょこっといただいてしまったの。美味しかったわ! また作ってね?」
 手を打って微笑んだ皇后は、少しふっくらした気がする。そういえば、妊娠したかもしれないとジークフリードが言っていたもんな。これは懐妊確定なのかもしれない。
「はい、皇后陛下。ぜひ」
「……ふん。面白いものがあったら、真っ先に余へ見せよ。ジークではなく、余へ、だ! よいな、スヴァンテ」
「はい、皇王陛下」
「下がれ」
 手を振って追い払う仕草をした皇王へジークフリードがにやにやと笑みを浮かべて言い放つ。
「父上、スヴェンはオレの侍従です。いずれはオレの家臣になる。命じていいのは、オレだけですよ」
「ふん! 生意気になりおって。貴様が悪知恵を吹き込むからだぞ」
「え、えへへ……? それでは、御前を失礼させていただきます」
「アス。どうせベステル・ヘクセ殿の横に居るのだ。今、挨拶してくれ」
 ジークフリードが呼ばう。ハンスイェルクよりも、先にイェレミーアスへ挨拶をさせようというのだ。ホールが一瞬、ざわめいた。
「……それでは、お許しをいただきましたのでご挨拶させていただきます、皇太子殿下。未来の皇国を担う若獅子の、ますますのご健勝を願います」
 イェレミーアスへ付けた侍従が、贈り物を捧げ持つ。皇王の侍従が贈り物を受け取るのを見て、ジークフリードは頷いた。
「ラウシェンバッハ辺境伯のことは残念だ。だがこうしてベステル・ヘクセ殿の庇護下で皇都に暮らすことになったのも何かの縁だろう。今後もオレの剣の稽古に付き合ってくれ」
「は。身に余る光栄でございます。殿下のご高配に応えられますよう、一層精進いたします」
 これでぼくもイェレミーアスも、ジークフリードに目をかけてもらっている、と知らしめることができた。しばらくは攻撃的な動きを封じられるだろう。ハンスイェルクにとってはおもしろくないだろうが、他の有象無象まで相手にしている余裕がないのが正直なところだ。できるだけ使える威光に縋っておきたい。
 ここから先は、伯爵位まで直接の挨拶が許され、それ以下の爵位の者はジークフリードへの贈り物を皇宮の侍従へ預けることになる。だから、アンブロス子爵を捕まえるなら今だ。
「ルカ様、ぼくちょっとアンブロス子爵のところへ行って来ます。ルカ様はここで、イェレ様たちを守ってください」
「……一人で行っては、ダメだよスヴァンくん」
「大丈夫、フレートも一緒です」
 フレートがただの執事ではない、と思っているのはぼくだけではないだろう。ルクレーシャスさんは金色の虹彩をきょろん、と上へ動かし頷いた。
「……まぁ、君には寵愛があるから大丈夫か……。いいかい、何かあったらすぐにわたくしを呼ぶんだ。離れていてもちゃんと聞こえるから、わたくしの名を呼ぶんだよ? いいね」
「はい。では、行って来ます」
 淡い藍色のベールが付いて来る。ルクレーシャスさんも、それを察したのだろう。目で頷いて視線でぼくを見送っている。ホールの入口付近に居るはずの、赤毛を探す。
「スヴァンテ様。あちらがアンブロス子爵にございます」
「ありがとう」
 赤毛で青みがかった緑の瞳の立派な体躯の二十代後半と思しき男性と、三歳くらいの子供を連れた金髪緑眼の美しい女性が並んでいる。子供は女性にそっくりの金髪と翡翠色の瞳をしていた。皇国のヴァイスカメーリエ白椿。間違いない、女性はヘンリエッタ・リヒテンベルク子爵令嬢だろう。
「少々よろしいですか、アンブロス子爵」
 声をかけると赤毛の男は怪訝な表情をした。女性の方は軽く首を傾げてぼくへ目を向ける。胸へ手を当て、左足を後ろへ引いて頭を下げて見せる。
「はじめまして。ぼくはスヴァンテ・フリュクレフと申します。お話がありますので、少々お時間いただけますでしょうか、アンブロス子爵」
「……っ、あの女の子か……!」
 子供の前で、子供に向かってなんて言い方だ。名乗った途端、女性は扇子で顔を隠してぼくを睨み付けた。だがそれは一瞬のことで、実に貴族らしい作り笑いを薄く浮かべたが目は笑っていない。どうやらリヒテンベルク子爵令嬢は、正しく貴族としての振る舞いが身に付いているらしい。彼女に時間を与えるのは得策じゃなさそうだ。
「部屋を準備してありますので、お付き合い願えますか」
「……貴様と話すことなど、何もない」
「ここで話しても構いませんよ。ぼくはアンブロス子爵の爵位や継承権を放棄します。そのための書類へ記入をお願いしたかったのですか、仕方ありませんね」
「……! リック、私たちが殿下へお祝いを述べるまで、時間があります。ご一緒してはどうかしら?」
「……ヘティー……分かった。案内しろ」
「ではこちらへ」
 なるほど、貴族としての知識も素養もないアンブロス子爵はヘンリエッタの言いなりか。そしておそらく、ヘンリエッタは父であるリヒテンベルク子爵の言いなりなのであろう。分かりやすくてありがたい。
「レニーを見ていてちょうだい」
 侍女へ子供を預け、フレートへ付いて行く二人の後を追う。母親と離れた途端、レニーと呼ばれた子供は泣き出した。
「あーしゃん、あーしゃん……!」
「あらあら、お坊ちゃま。母君はご用事があるのです、わたくしとお待ちしましょうね」
 亜麻色の髪に、人参色の瞳。そばかすがかわいい侍女が泣き出した子供をあやす。しかし子供はぷい、と顔を背けた。
「や! あーしゃん!」
 大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。ヘンリエッタが立ち止まり、振り返る。
「フレート、抱っこしてください」
「はい。かしこまりました」
 目線が同じ高さになったその子へ、手を広げて見せる。
「……?」
「見ていて?」
 その子の目の前で、手を握った。それからそうっと手を開く。そこには妖精が魔法で持って来た、鮮やかな赤色のダリアが載っている。
「!」
「まぁ! 不思議ですね、レニーお坊ちゃま」
 子供の大きな目が、さらに大きくまん丸になった。侍女も一緒になって声を上げる。乳母にしては随分と若いというか、幼い印象だ。
 ダリアの載った手を再び握り締め、拳へ息を吹きかける。ゆっくりと手を開くと、解けて消えて行くダリアと入れ替わりでブルーデイジーの花が一輪、手の中に残った。ブルーデイジーを子供へ差し出す。小さな手は、迷わず花を掴んだ。
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